製品をユーザーに浸透させていくために大切な要素の一つとして前刀禎明氏が挙げるのが「デザイン」だ。“ユーザーにとって価値あるデザイン”とは何か。アップル、ディズニー、AOLと海外メーカーでキャリアを積んだ前刀氏が語る。

 前回は米グーグルを中心に取り上げ、同社のスマートスピーカー「Google Home」と米アマゾン・ドットコムの「Amazon Echo」のデザイン(意匠)にも少し触れました(関連記事:元アップル本社副社長が見る グーグルは何がすごいか)。ここで一度、家電やデジタルガジェットの製品デザインについて僕なりに考えをまとめてみたいと思います。僕はデザイナーではないので、専門的なところに入り込まず、“ユーザーにとって価値あるデザイン”についてお話しします。

 前回、Google HomeのほうがAmazon Echoよりデザインが優れているという私見を述べましたが、それはロゴの掲出のしかたによるところが大きいです。知人にAmazon Echoを購入した人がいますが、「Amazon」のロゴが入った筐体正面を壁側に向けて使っていると言っていました(笑)。彼は購入者ですから、製品に肯定的な評価をしているはずですが、それでもあのロゴはいただけないというわけです。

Google Homeは製品の裏側に「G」と入っているだけ。色も薄く、あまり目立たない
Google Homeは製品の裏側に「G」と入っているだけ。色も薄く、あまり目立たない
Amazon Echoは製品の下部正面にしっかりとアマゾンのロゴが入っている
Amazon Echoは製品の下部正面にしっかりとアマゾンのロゴが入っている

 Amazon Echoに限らず、メーカーは一度、企業やブランドのロゴを製品に入れる必要があるのかをじっくりと考えるべきではないかと僕は思っています。そもそも、ロゴを入れる意味は何でしょうか。その製品がどのメーカー製であるか、ロゴによって伝わったとして、残念ながらそれがユーザーの心にプラスには働くケースは少ない気がします。デジタル製品に関していえば最近は、誰もが無条件に憧れて、ぜひ所有したいと思うような強いブランドがほぼ不在だからです。

 例えば、テレビやHDDレコーダーなんかは、筐体前面にロゴがあると僕はうるさく感じます。必ずしも同じメーカーの製品を組み合わせるわけではないから、テレビのロゴとレコーダーのロゴがバラバラだったりして、なんとなく気持ちが悪い。そんなことなら、「当社製品はロゴなしデザインなので、どのメーカーの製品と組み合わせても見た目に違和感が少ないです」としたほうが、ユーザーに歓迎されると思いませんか。メーカーは自己主張よりも、生活の場に溶け込むということを意識すべきだと思います。

アイデンティティーを示すのにロゴに頼りすぎるな

 メーカーとしての独自性やアイデンティティーを消せと言っているのではありません。自社やブランドのアイデンティティーを顕示するのは重要です。ただ、製品デザインそのもので名乗る(アイデンティティーを示す)ことができず、ロゴ頼みになってしまうことに不満を感じているのです。

 例えば、ポルシェの自動車やエルメスのバッグは、遠くから見ても一目でそれと分かります。大手ブランドのスニーカーも全般に、最近はロゴを入れずにマークのみにするデザインが増えた印象です。スターバックスコーヒーの店舗や看板デザインも、認知が進んだ分だけシンプルになり、また周囲の環境に柔軟に合わせて工夫するようになってきました。日本の企業でもマツダの自動車なんかは特徴が外観にも比較的表れているように思いますね。無印良品のさまざまな製品も、使う色などからブランドとしてのアイデンティティーを維持しています。

 ところがデジタル製品の分野では、こうしたデザインの進化例が少ない。他社製品と代わり映えのしないデザインをしておいて、最後にロゴを入れているだけのケースが多いのではないでしょうか。しかも、そのロゴも社内の内規で細かくサイズを決められており、デザインを壊してしまうことがあります。そろそろ思考停止はやめて、この製品に本当にこのロゴを入れるべきかどうか見直してもらいたいものです。

 ロゴを絶対に排除しろと言いたいのではないのです。デザインと一体化しているならいい。デザインやその使い勝手に引かれた人、どこの製品か知りたいと思った人が初めて気づく。逆に情報を求めていない人にうるさく主張しない――そんなロゴのあしらい方があるはずです。

奇抜なデザインに走るべからず

 ただし、ロゴに頼るなと言ったからといって、製品デザイン自体で奇をてらうのは、それはそれで考えものです。競合メーカーや競合製品との差異化のための差異化をしたデザインはすぐに見飽きてしまい、ブランドの代名詞といえるようなデザインにはなり得ません。

 芸術作品なら、訳もなく凹凸があってもいいし、意味不明なラインが入っていてもいい。しかし、工業製品はそういうわけにはいきません。ある程度、理に適ったデザイン、使いやすいデザインが求められます。米アップルの「iPhone」シリーズを例に取れば、「6s」のデザインは「6」に対して、“未来感”でいえば、あえて一歩後退しています。6のツルツル感から少し摩擦係数を上げたような素材を採用し、筐体の厚みもやや増して、ユーザーが手を滑らせて落下させてしまう確率を下げようとしたのだと思われます。

 コンセプトや訴求したい機能などに見合ったデザインにすることも大切です。最近販売が好調なシャープのスマートフォン「AQUOS R」「AQUOS R2」も一つの例と言えるかもしれません。親しみと先進性の両立を目指して「Warm&Technology」というコンセプトを掲げているそうですが、サムスン電子の「Galaxy S」シリーズやファーウェイの「Pシリーズ」などに比べると、デザイン面ではあまり先進的とは言えない。ただ、幅広いユーザーに使いやすいと感じてもらうために、あえてこういうデザインを採用するのなら、“ユーザーにとって価値あるデザイン”になり得ます。いつでもどこでも斬新なデザインが最良というわけではないんです。

製品パッケージはチラシじゃない

 製品デザインの周辺でいうと、パッケージも気になります。例えば、デジタル機器の外箱には、製品写真や機種名がでかでかと印刷されていて、まるで家電量販店のチラシのようだと思うことがよくあります。店頭で手にとって消費者が比較・検討するものならともかく、デジタルカメラなど箱ごと店頭に並べられるわけではない製品でも。在庫を管理しやすくするためという話もありますが、あそこまでの主張はいらないはず。すでに製品を買った人がわくわくしながら箱を開封するときに、あのデザインは率直に言って興ざめだと思います。

 米アップルはその辺りの演出が上手なんです。米アップルでは、CEOのスティーブ(・ジョブズ)を中心に、プロダクトマーケティングやマーケティングコミュニケーション、デザインなどそれぞれの分野のトップ5人程度が集まり、パッケージデザインを最終決定していました。僕も参加しましたが、スティーブは自らパッケージまで細かく指示するんです。それは最高の製品は最高のパッケージをまとって出て行ってほしいという思いがあるから。パッケージはユーザーに製品の魅力を感じてもらうための重要な演出なのです。米アップルでなくとも欧米のメーカーは少なくともチラシっぽい箱は作りません。ミネラルウォーターのペットボトルでさえ、海外メーカーのものは比較的シンプル。日本メーカーの製品は、何かにつけて説明書きが多くてゴチャゴチャしがちです。

 パッケージでは何を伝えるべきなのか、一度整理してみるといいのだと思います。基本に立ち返って、“ユーザーを楽しませる”ことを目的に、(製品やパッケージの)デザインを考え直してもらいたいですね。

 今回はロゴや箱について、ひとくさり持論を述べました。ロゴがダサくても箱がチラシみたいでも、実は大した問題ではないのかもしれません。しかし、当たり前と受け流してきたものに注目し、改めて考えてみるのは、仕事や人生のいろんな局面において大事なことです。「ふと目についたこれは本当に必要なのだろうか」などと身近なものを見直して、皆さんも思索のトレーニングをしてみてください。

(構成/赤坂麻実)

当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2018年7月6日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています