「このままじゃ、日本の電子機器メーカーは海外企業の下請けになってしまうんじゃないか」――アップル、ディズニー、AOLと海外メーカーでキャリアを積んだ前刀禎明氏が感じる日本企業の問題点。今回はその解決先を考えます。

 前回(「日本メーカーは下請けになるのか 足りぬ集団の創造性」)もお話しましたが、僕がいう「下請け」は、従来のように最終製品メーカーに技術や部品を供給する企業ではありません。現在のビジネス環境では、あるアイデアが新しいビジネスモデルを生むとき、そのプラットフォームの担い手が“主”となります。スマートスピーカーなら、音声操作をつかさどる「Googleアシスタント」や検索サービスを提供するグーグルです。これに対して、プラットフォームに組み込まれていく各製品・サービスの担い手は“従”。グーグルの技術を自社のスピーカーに採用して製造・販売する日本メーカーがこの役回りです。グーグルのエコシステムの中でビジネスをするしかない。この状況を“下請け”と見ています。

 前回はその理由として、思考停止に陥った組織の問題を挙げました。もう一つ挙げたいのが、“ものづくり神話”への依存です。

ハード+ソフト+サービスの三位一体モデルに乗り損ねた日本

 日本では「ものづくり」という言葉を、実によく見聞きします。政府の企業支援や表彰の制度にも、新聞報道にも、企業のトップメッセージにも頻繁に登場する言葉です。実際、日本人は精緻にものを作ることが得意で、特に製造業ではその特性を生かして世界をリードできていました。ですが、今や高性能のハードウエアを精度よく作るだけでは、勝てない分野が増えてきました。そもそも、いまや高性能であることが特に必要とされない分野もあります。それは、プロダクトがハードだけでは成立しない時代になっているからです。

 例えば、2001年に登場した米アップルの音楽プレーヤー「iPod」シリーズ。あれはiPodというハードに「iTunes」という楽曲管理・再生ソフト、「iTunes Music Store」という音楽配信サービスが組み合わさって価値を生むビジネスモデルです。その後、iPodはiPhoneに役目を譲り、ハード、ソフト、サービスが“三位一体”で価値を生む時代は加速していきます。

音楽に関していえば、今やスマートフォン、音楽再生アプリ、音楽配信サービスの3つの要素が三位一体となって価値を生んでいる cs05 / PIXTA(ピクスタ)
音楽に関していえば、今やスマートフォン、音楽再生アプリ、音楽配信サービスの3つの要素が三位一体となって価値を生んでいる cs05 / PIXTA(ピクスタ)

 この時代の新しい波に日本は乗り遅れた感があります。なまじハードを作る技術に長けていたせいで、良いハードさえ作れば勝てるはずという考えにとらわれていたからではないでしょうか。

 僕が印象的なのが、2011年にソニーの「ウォークマン」が音楽プレーヤーの日本市場シェアで“首位奪還”と報じられたこと。iPhoneをはじめ、音楽再生機能を持つスマートフォンが既に普及していたころです。ハードとしての音楽プレーヤー(の販売台数)に限定すれば、ウォークマンが首位かもしれないけれど、それはスマートフォンで音楽を聴いている人が多数いる実態とはかけ離れたランキングで違和感がありました。やはりプロダクトをハードからしかとらえられない人や企業が多いのかなと思ったものです。

形のないものに価値をみとめにくい国民性

 日本人の多くが“ものづくり神話”ともいうべき意識からこうも抜け出せない理由は何か。一つは、よく言われるように過去の成功体験に固執する気持ちでしょう。そしてもう一つ、僕が思うのは、日本人はどうも形のないものに価値を見出すのが下手なんじゃないかということです。

 ストレスチェック事業を手がけている、あるベンチャーの話です。その会社は、かつて家電メーカーとウエアラブルセンサーの共同開発を検討していました。そのとき、メーカーの担当者は、センシングの精度ばかりを気にして、話が前に進まなかったそうです。精度が重要な製品ならその反応は当然ですが、このソリューションは、大まかにでも傾向をつかんで対策することが重要なタイプの製品・サービスです。なのに、そのソリューションでどんなことができるか、どう使うと効果的かという発展的な話にならない。本質的な価値を生むことが何かということに考えが及ばず、ハードにしか目がいかない。これも目に見えないものを評価できない価値観の表れです 。

 こうした傾向が今に始まったことではないのは、VHS時代のビデオデッキとコンテンツの関係を振り返ってみても明らかです。ビデオデッキが登場したとき、日本では主に(無料の)テレビ番組を録画して再生するための装置として買い求められました。一方、米国では、VHSテープに収められた有料ソフトを再生するための装置として普及が進みました。

 実際、米ディズニーの大ヒット映画『アラジン』(92年公開)は、日本でVHSが220万本売れて、当時史上最大のヒットとなりましたが、米国の売り上げは2400万本です。ちなみに人口は米国が日本の2.5倍ほど。日本ではコンテンツは無料という感覚が強く、セルビデオの市場が(一人当たりに換算しても)米国より小さいんです。映画の年間興行収入も米国は日本の6倍ほどの規模で、人口差では説明がつかないだけの差があります。日米ではコンテンツに対する考え方が違うんです。こんなところにも、形のないものに価値を見出すのが下手な日本人の特性が出ているように思います。

常に“目的”をスタート地点にして考える

 今でも、ハードが価値を生むシーンはあります。例えば、昨今は高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違えによる自動車事故が目立ちますが、これを構造的に防止するペダルを熊本の小さな町工場が発明して話題になりました 。こういうところは今後もチャレンジを続けてほしいものだと思います。問題は、ハードだけで解決できない課題に向かうときもハードのことしか考えられないこと、ハード偏重主義に陥るなかで何が価値を生んでいるのかを見落としてきたことです。

 ハードを作ること自体が目的化してしまい、そもそも自分たちが作るハードの究極的な価値がどこにあるのか、きちんと考えないままになってしまったのだと思います。そのせいで、新商品のウリが単なる性能アップだとか、省エネだとか、デザインが奇抜なだけだとか、いろいろとゆがみが出てきてしまったわけです。

 機器やデバイスが出そろい、機能や性能も充実した今は、ハード単体で新しい価値を提供しにくくなっています。だからこそ、目的から考えることが大切です。どんな価値を生み出したいのか、ハード、ソフト、サービスをどう組み合わせればそれを実現できるのか。そう考えていけば、コンセプトがブレることも、ハードの性能にばかり気を取られることもありません。デザインも実現したい機能に従う形で決まっていくはずです。

 飲食産業で「伝統の味」という言葉をよく聞きますが、レシピを過去いっさい変えていないところは、ほとんどが途中で閉店や倒産に追い込まれています。長く続いているところはみんな、少しずつ時代ごとの味覚や材料の変化に合わせて工夫をしている。なぜなら、最初に生まれたものを守ることが目的ではなく、自分たちが美味しいと思うもの、お客さんに美味しいと思ってもらえるものを変わらず提供し続けることが最重要だと考えているからです。

この際、コーポレートスローガンを使い倒せ

 最近、日本でも関心が高い「Amazon GO」なども企業としての目的とそのための製品やシステムを考えるうえで、好例だと思います。米アマゾンは2018年1月に米国にコンビニ風の小売店「Amazon GO」1号店をオープンしました。会計に時間を取られることなく、ただゲートを通過するとほぼ自動で決済できるのが特徴です。専用アプリをインストールしたスマートフォンを入店時にかざして認証すれば、Amazonアカウントに対して自動的に買い物金額が請求されるしくみです。

Amazon GOの店舗には、意外にもスタッフが多い(写真/山下泰仁)
Amazon GOの店舗には、意外にもスタッフが多い(写真/山下泰仁)

 買い物を把握するしくみの詳細は明らかになっていませんが、天井に数種類のカメラやセンサーを設置し、ユーザーが棚から取った商品を認識しているようです。日本のコンビニなどは、客が自分で商品に付いた二次元コードやICタグを読み取る“無人レジ”の導入を検討していますが、これとは角度の違うアプローチで、会計に関するスタッフの省力化を実現しています。

 ただ、実際に店舗を訪問した人の話では、スタッフが多いことに驚いたそうです。Amazon GOではスタッフが会計以外の業務に集中できる分、商品の補充や客への案内などに注力できるので、結果としてサービスの質が向上しているとのこと。そういうところに、人々の期待を超える体験価値が生まれるんですよね。無人レジの場合は、客にスタッフの仕事を肩代わりさせるぐらいで、そもそも人手不足の対策を目的としているので、客側に感動が生まれにくそうなのが残念です。

 こうして見ていくと、日本の企業は惜しいなとしみじみ思います。テレビCMなどを見れば、最後にその会社のコーポレートスローガンなどが表示されたりします。どれもシンプルで本質的で、いいメッセージです。ああやって「そもそもこの会社は人々に何を提供する会社なのか」ということを考えるのはとても重要なことなんです。

 ただ、もどかしいことに、スローガンと実際の製品・サービス開発が断絶してしまっている企業が多い。スローガンを単なる飾りにしておかないで、その思想をしっかりプロダクトに落とし込んでいってほしいですね。そうして目的志向で自分たちの事業を再定義できたら、日本企業が新しい価値を生んで、世界中の企業を自分たちのプラットフォームに呼び込める日も来るはずです。

(構成/赤坂麻実)

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(日経クロストレンド会員限定記事となります)

当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2018年5月1日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています

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