ソニーは2018年2月2日、社長交代人事を発表した。4月1日付で、吉田憲一郎副社長兼最高財務責任者(CFO)が社長兼最高経営責任者(CEO)に昇格、平井一夫現社長は取締役 会長となる。実は、前刀禎明氏はソニーで吉田氏と同期。前刀氏が、吉田氏とソニーに期待することとは?

 前回、新型aiboについての記事の終わりで、ソニーの社長交代のニュースに少し触れました(関連記事:新型aiboにも残る ソニーの一貫性とこだわりの欠如)。今回は改めて、4月1日付で社長兼最高経営責任者に就任する吉田憲一郎さんに期待することを、まとめておきたいと思います。

眉間のシワは深いけれどユニークな人

 ソニー社長交代に関する報道もほぼ一巡しました。報道では吉田さんは「番頭」「参謀」タイプと伝えられていて、眉間のシワはすっかりトレードマーク扱いになっています。ただ、僕は吉田さんとは同期(1983年入社)で、彼の人となりを多少知っていますが、普段の彼はどちらかといえば明るい人だし、発言もユニークです。華やかなことが好きな平井(一夫・現社長)さんとの比較で、実際よりも地味に見えているのかもしれません。

 ここ数年、年に1度は吉田さんを含めた同期4人で食事会をするのですが、そこで4人そろって変顔写真を撮ったりしています。まあ、僕がけしかけるのですが、吉田さんは率先して乗ってきますからね。また、友人がシェフをしているレストランで食事会をしたら、そのお店をいたく気に入って、その後、僕より頻繁に行くようになりました。これだと決めたらとことんやりぬくのが吉田さんらしい。近々、吉田さんをいつもの仲間で囲んで祝賀会をします。

 僕が新社長のイメージのことをわざわざ書くのは、ソニーには伝統的に「“ネアカ”な人物が社長になるべき」という考え方があるからです。社長自らが明るく振る舞って、社内に自由闊達なムードを広げていこうというような考え方。盛田昭夫さんがマネジメントの要諦の一つに「根が明るいこと」を挙げていたというのは、今もソニーの公式サイトに掲載されているぐらいで、とても有名な話です。

 それで言うと近年では、出井(伸之)さん、平井さんが“ネアカ”な人だったように思います。出井さんは『非連続の時代』という著書があるように、新味のある言葉を発信したり、「これからはエレキではなくネットの時代だ」と宣言したりして、人々の目を引くことが得意な人でした。高級AV機器「QUALIA(クオリア)」シリーズの開発を主導したのも出井さんですね。

 現社長の平井さんはソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)の出身。ミュージシャンの友人も多く、銀座ソニービルの一時閉館の際にはイベントを催して、東京スカパラダイスオーケストラの演奏に自らサックスで加わって盛り上げたりしていました。新製品発表や展示会などのイベントで「KANDO@ラストワンインチ」といったキャッチーな言葉を使ってプレゼンしていたのも、日本の大企業の経営者としては新鮮な姿だったと思います。

平井現社長は2017年5月の経営方針説明会で「KANDO@ラストワンインチ」をキーワードに挙げた
平井現社長は2017年5月の経営方針説明会で「KANDO@ラストワンインチ」をキーワードに挙げた

 彼らに比べると、吉田さんは確かに、そこまで華のあるタイプではないかもしれません。それがかえってちょうどいいなと僕は感じています。というのは、平井さんの時代に業績は確かに回復しましたが、「感動企業」という標榜に対しては道半ばのように思えるからです。これまでもこの連載で繰り返し語ってきましたが、有機ELテレビのリモコン、ICレコーダーのディスプレー、aiboのアプリや充電器など、いまひとつこだわりきれなかった部分がある。僕はそこを吉田さんの内に秘めた情熱で突きつめて、平井さんが提唱したことを、ぜひ現実のものにしてほしいのです。

関連リンク
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吉田流でやり遂げてほしい2つのこと

 社長交代会見で、平井さんは吉田さんのことを「進むべき方向や何をすべきかという考え方が似ている」と評しました。吉田さんも「やり方は違っても平井社長と方向性は同じ」と述べていて、新社長が現社長の路線を維持するのは間違いないところだと思います。「自分は短期の登板を前提に次期社長候補を検討した結果、選ばれたのだ」という趣旨の発言もあって、吉田さんとしては、平井さんと次代の“つなぎ”の役割を果たすつもりでいるのでしょう。

 それはそれで結構。ただ、たとえ1期3年間の社長業だとしても、吉田流でやり遂げてほしいことが2つあります。1つは先の述べたように「KANDO/感動」を実現すること。吉田さんは「クリエーターに近いところ」と「ユーザーに近いところ」への投資を増やすと明言しました。平井さんが提唱した「ラストワンインチ」と言わず、「ゼロインチ」まで、ユーザーの手元までこだわって、手を抜かずに製品を作り上げてもらいたいですね。

社長交代を発表したソニーの2018年2月2日の会見から
社長交代を発表したソニーの2018年2月2日の会見から

 そのために絶対に変えるべきなのは、いかにも大企業病っぽい分業の在り方。縦割りの組織で1つの製品を分業して作っているから、全体像が見えなくなっているのではないか、と思います。

 何度も例に出してしまって開発チームには申し訳ないですが、せっかく先進的なテレビを作っても、リモコンが旧態依然で安っぽかったら台無しなんですよ。ユーザーの手元にはリモコンやパッケージ、アプリなど、製品にまつわるすべてのものが届きます。それら全体の印象や使い勝手で、その人にとっての製品の良しあしが決まるのです。テレビ本体を完璧に作り込んだから最高の製品だ、ということにはなりません。

 だから、その製品にまつわるすべてで統一された体験価値を提示してほしい。それには、社長なり役員なり、あるいは現場のリーダーなりが、付属品なども含めた製品全体を一気通貫で監督する必要があるでしょう。昔はよかった、昔の人は偉大だったとは言いたくありませんが、創業者の井深(大)さんや盛田(昭夫)さん、そしてスティーブ(・ジョブズ)はやっていたことです。吉田さんにもやってほしいと思います。

 できれば、新しい一歩を大きく踏み出す製品が見たいですね。リモコンのことをやいやい言いましたが、リモコンのないテレビができたら、それが一番いい。これまでの延長線上ではない、新しいライフスタイルを想起させてくれる製品、短く言えばワクワクさせてくれる製品を送り出してもらいたいです。

明確にすべきは「ソニーらしさ」の正体

 もう一つ、吉田流で変えてほしいのは、言葉。社内外に発するメッセージに、分かりやすくて人の心に届きやすい言葉を選んでもらいたいと思っています。格調の高い言葉も目新しい言葉も必要ありません。

 手前みそになりますが、僕が「iPod mini」の一転集中突破でデジタルミュージック革命を起こそうとしていたころ、社内に向けて「“やっぱり・なるほど・ずっと”を作ろう」と呼びかけました。「音楽を楽しむならやっぱりiPod miniだよね」、使ってみて「なるほどiPod miniはいい」、そして「ずっとiPod miniを使い続けたい」――そんな気持ちになってもらえる製品を目指す。これは顧客資産を構成する要素、ブランド・エクイティ(ブランドとしての価値)、バリュー・エクイティ(客観的な価値認識から生まれる価値)、リテンション・エクイティ(顧客との関係を維持することから生まれる価値)の3つの価値を言い換えたものです。マーケティング用語を使わずに、誰にでも理解できる言葉を選んで、本質的な目標を伝えました。どの事業にも、どの製品にも同じことが言えるはずです。

 ソニーは他の日本メーカー同様、円安の追い風に乗って業績を回復したこともあって、最近は「復活」と表現されたりします。同時によく見かけるのが「ソニーらしさ」を取り戻すとか取り戻さないとかの議論です。しかし、人によって想起するものがまちまちで、ある人は「先進的なエレクトロニクス製品」のことだというし、ある人は「創業時代の古き良きムード」だという。それどころか、漠然としたイメージで使っていて、具体的に思い浮かべるものは特にないという人もいるでしょう。こんなにあいまいな言葉はありません。吉田さんはこの「ソニーらしさ」というものを、ここで一度、再定義しておくべきだと思います。

 僕に言わせれば、「ソニーらしさ」を追求するというのは、軸足をエレクトロニクス製品に置くことではないし、昔のソニーっぽい雰囲気を取り戻すことでもない。電機もネットもソフトもコンテンツも、垣根がほぼ取り払われた時代に、こだわるべきはそこではありません。事業領域は時代に合わせて変わって当然です。

 そんな表層的なことではなく、(ソニーの第5代社長の)大賀典雄さんが言ったように「心の琴線に触れるモノづくり」をすることがソニーという会社の根幹だったと思う。いまやモノに限る必要はないから、正確には「心の琴線に触れるモノ・コトづくり」ですね。そう定義したほうが、ずっと発展性があります。こうして僕が定義してみたように、吉田さんにも再定義してみてほしい。そして、それを平易な言葉で社内共有し、社外にも分かりやすく発信しながら、実現していってほしいのです。我々をもっとワクワクさせるソニーにしてくれることを期待しています。

(構成/赤坂麻実)

当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2018年3月16日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています