ソニーやディズニー、AOLなどを経て、アップル米国本社マーケティング担当バイス・プレジデント(副社長)兼 日本法人代表取締役を務めた前刀禎明氏が、最近日本の家電に元気がない理由を指摘する。
今回は、「家電」というものを今、どう作るべきか、消費者はどう評価して買うべきなのか、改めて考えてみたいと思います。2000年ごろまでは、テレビが薄くなったり、家庭で手軽に編集ができるHDDレコーダーが登場したり、家電はまだまだ新しい機能、新しい価値を打ち出していました。ところが2010年代になると、技術がどれも頭打ちになり、革新的な製品は生まれにくくなりました。メーカーは性能競争、機能競争に終始するようになります。
製品を購入してもらうには、消費者を感動させることが重要です。そして、新機能や高性能で感動が得られにくくなった今こそ、作り手はいかにして感動を生む製品を送り出すのか、考える必要があります。また、使い手にも、メーカーの性能競争に踊らされることなく、自分のニーズや感性にフィットする製品を選んで、豊かな生活を送ってもらいたい。そうすることが、自身の創造的知性を磨くことにもなるはずなんです。
何をする製品なのか、シンプルに考える
そのために、メーカーには第一に使用目的を突きつめてほしいと思います。そもそも何をするために使う製品なのか、その本質からブレずにものづくりをしてほしい。無益な多機能化は避けてもらいたいのです。
近年、どの製品も多機能化が進んできましたが、実際に使っている機能はわずかだったりしませんか。テレビやレコーダーのリモコンなんか、ボタンがたくさん並んでいるけど、新しいものに買い替えて捨てるときまで、ただの一度も押さないボタンがいくつもありますよね。
洗濯機と乾燥機が一体化したときは、みんな喜んだはずです。設置スペースが小さくなるし、一つの装置で乾燥までできるのは便利です。レンジとトースターとオーブンを一体化した製品なんかも、省スペースという意味で有効でしょう。
しかし、例えば掃除機と空気清浄機の一体化はどうか。いくら清浄な空気だと言われても、掃除機から出てくる空気を吸いたい気分になるのかどうか。実は、僕の近くには、これで失敗した人がいるんですよ。炊飯器でいろんなおかずが作れる機器も同様です。おかずを炊飯器で作って、ごはんをレトルトパックで間に合わせていたら本末転倒ですよね。
“あってもいい”程度の付加機能をいくつ増やしてみても、それは製品の価値を高めることや、使う人に感動をもたらすことには直結しません。それよりも、最初に定めた使用目的のためのシンプルな機能に絞って、その機能自体や使い勝手を磨いて、ユーザーの満足度を高めるべきだろうと思います。炊飯器なら、いつも最高のごはんが炊けるとか、メンテナンスの手間がかからないとか、本来の機能や使い勝手を向上させることがまずは大切です。
目に見えない価値、持続可能な感動を追え
もう一つ、今、重要なのは目に見えない価値を生み出すことだと思います。例えば、アイロボットのロボット掃除機「ルンバ」は、所有しているだけで部屋が片付くなんていう話があります。ルンバは床にものがあると、うまく掃除ができません。中には、ルンバがペットのように思えてきて、物にぶつかったり、何かに絡まったりするとかわいそうだからと、部屋を片付けるようになったなんていう人もいます。掃除機を動作させるために部屋を片付ける、ペットのようにかわいがりたくなる、どちらもルンバ自体の機能とは違う価値です。
製品が出す音なども、そういう価値を生むことがあります。かつて僕はドアホンの音やボタンの質感を変えてみたらと提案したことがあります。ドアホンはほとんどが「ピンポーン」というあの音だし、押した感触もいかにもプラスチックで代わり映えがしません。それがもし、素敵な音が鳴ったり、ボタンの押し心地が特別に良かったりしたらどうでしょう。押した人は、訪ねた建物自体に好印象を持つと思います。ドアホンは来客を最初に迎えるものですから、押したときの演出にこだわってもいいと思います。
これらは、掃除機やイヤホンに機能を追加しているわけではありません。目に見えない価値で本来の機能や使い勝手をほんの少し上げるものです。
頭の中に座標を持て
メーカーが製品を開発するとき、消費者にどんな価値をアピールするか、あるいは消費者が製品の購入を考えるとき、どんな価値に魅力を感じるのか。直交座標にマッピングしてみると、製品の価値に対する考えを整理しやすいと思います。横軸を「ロジカル」「エモーショナル」、縦軸を「ビジブル」「インビジブル」としましょう。
横軸の「ロジカル」というのは、論理的に説明できる価値。機能や性能などはこの範囲に入ることが多いでしょう。逆に「エモーショナル」というのは、直感や感性に訴えかけるような価値です。デザインや音なども含まれるでしょうか。
縦軸の「ビジブル」はその製品の目に見える価値。一方の「インビジブル」は目に見える情報というよりも、「ワクワクする」とか「便利に使えそう」など、消費者の共感や想像力を駆り立てるような価値です。さまざまな製品はこの組み合わせですが、なかでもエモーショナルで、かつインビジブルな価値も持っている製品は、消費者の心を強く動かし、想像力を駆り立てることができる――こういう価値を「イマジネーション・バリュー」と呼んだりします。
それぞれの象限にどんな製品が当てはまるか、考えてみてください。左下はどうでしょう。論理的に説明できて、目に見える価値がある製品。いわゆる多機能製品の多くがここに当てはまりそうですね。人によっては4K有機ELテレビをマッピングするかもしれません。
左上はどうですか。論理的に説明できる利点があり、かつ消費者にそれを使った生活を想像させるような製品。マッピングする人の感性や好みによりますが、ホームシアターやスマートスピーカーがここだという人もいます。
右下には何が当てはまるでしょうか。目に見える価値があって、感性に訴える、そんな製品ですね。複雑になってきましたが、僕としては、ソニーモバイルコミュニケーションズの超短焦点小型プロジェクター「Xperia Tocuh」なんかはここに置けるのではと思います。
最後に右上ですが、ここは消費者の感性に訴えかけ、かつ消費者の想像力も駆り立てるような製品。先に挙げたルンバには、部屋のゴミを集めるという機能があるわけですが、ルンバをかわいいと思い、ルンバが掃除しやすいように部屋を片付けてしまうなんていうのは、消費者が製品に感情移入し、想像力を働かせた結果に生まれた価値です。まさにイマジネーション・バリューです。このように人が製品に感情移入するようになったのは、初代「iMac」あたりからだと思います。
僕が言いたいのは、今の時代はこの座標でいう右上、イマジネーション・バリューが大切ということです。かつて、家電の技術が右肩上がりに発展し、新しい機能を次々と生み出していたころには左下の要素だけで製品は売れていました。ですが、技術が頭打ちになって製品が飽和している今は、頭で理解できて目に見える価値だけでは、人の心は動かせない。製品の性能や機能を理解した上で、共感や想像が重なって、初めて欲求(=この製品が欲しい)につながるんです。そこを突き詰めて考える必要があります。左下の製品も、右上の要素を備えることはできます。
イマジネーション・バリューの重要性は、これからさらに高まるでしょう。このマッピングは、買う人がその製品が自分にとって魅力的な製品なのかを整理するのにも有効なはずです。
(構成/赤坂麻実)
当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2017年12月1日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています