かつてアップル米国本社マーケティング担当バイス・プレジデント(副社長)兼 日本法人代表取締役を務めた前刀禎明氏が、マーケティングやブランディングという視点から今注目している企業は米アマゾン。ただし、「ブランド戦略はないと思う」という。前刀氏が感じるアマゾンブランドの強さとは?

 今回は、僕がここ最近で最もマーケティング、ブランディングに成功していると感じる会社を取り上げます。 米アマゾンです。ベゾス(共同創業者でCEOのJeffrey Preston Bezos氏)の卓越したリーダーシップや発想力については語り尽くされていると思うので、ここでは置いておいて、僕が思うアマゾンが優れているポイントを語りたいと思います。

 端的に言うと、アマゾンの強みは3つ。1つ目は物流を自ら仕切っていること。2つ目は目的視点での製品の開発力。3つ目は「超」が付く生活密着です。

 1つ目の物流についてですが、あれほどの物流システムを自前で持つという発想がまずすごいと思います。日本に最初の物流センターを建てたころは、日本の企業関係者には「何を血迷って」という冷ややかな視線を向ける人も多かったのです。確かにそういった人たちの想像を超えた、過大とも思える設備投資でした。でも今では、商品によっては注文したその日のうちに届くシステムを実現し、ユーザーに大いに歓迎されています。

 いまや国内に10数カ所の物流センターがあり、特定のサービス向けの物流倉庫も数多く建ちました。飛行船とドローンを使った配送システムも構想しているのだとか。SF漫画のような話ですが、あの会社なら本当にやるのかもしれない。ユーザーの喜ぶことなら、突飛に見えても脈絡がないようでも追求する。それがアマゾンです。

Amazon 川崎 FC(フルフィルメントセンター)では「Amazon Robotics(アマゾン ロボティクス)」を導入
Amazon 川崎 FC(フルフィルメントセンター)では「Amazon Robotics(アマゾン ロボティクス)」を導入
「Amazon Robotics」では自走式ロボットが棚入れや棚出しなどの作業をする
「Amazon Robotics」では自走式ロボットが棚入れや棚出しなどの作業をする

メーカーが陥りがちな技術自慢とは無縁

 2つ目の“目的視点”での製品開発力。アマゾンは近年、電子書籍リーダー「Kindle」やタブレット端末「Fire」、買い物ボタン「Dash Button」、さらにはスマートスピーカー「Amazon Echo」といったハードウエアを市場に投入しています。ですが、もともとがオンライン通販事業者であって、機器メーカーではないので、メーカーとは発想の方向が違います。ハイテクな機器もサービスを享受するためのツールとして開発しています。

押すだけでアマゾンで取り扱う商品を注文できる「Dash Button」
押すだけでアマゾンで取り扱う商品を注文できる「Dash Button」
スマートスピーカー「Amazon Echo」
スマートスピーカー「Amazon Echo」

 この連載で何度も指摘してきたように、メーカーは優れた技術を持つ会社ほど、技術ありきで製品を作りがちで、ユーザーに対しても技術の高さをアピールしがちです。本来なら、この製品があるとこんなことができる、こんなふうに生活を素敵に彩ってくれる、と具体的な利用イメージを広げてユーザーの需要を喚起すべきなのですが、それができない会社は案外多い。

 アマゾンはその点、サービスを目的に製品を開発しているわけですから、決して技術自慢に陥らない。技術の高さよりも、その製品で自社のサービスがどのように使えるかをアピールします。だからこそ、あっと驚く製品が生まれたりします。

 アマゾンがオープンを目指して実験をしているレジ不要の食料品店「Amazon Go」もそうです。買い物客は商品を手持ちのバッグなどに入れて店を出るだけで決済ができる。まだ技術的に課題はあるようですが、無人レジを開発する考え方よりも、顧客の求めにまっすぐ応える発想になっていると思います。

可もなく不可もなく、全部やる

 3つ目が「超」が付く生活密着です。アマゾンは、先に挙げたようなハイテク事業も手掛ける一方、生活にとても近い分野の事業も持っています。食品や日用品、衣料品。自社ブランドの製品系列には電池やケーブルもあります。

 普段の生活では、品質が圧倒的に優れているかはさほど問題ではなく、可もなく不可もないレベルの製品でいいから、アマゾンという信頼感あるECサイトから便利に買いたいというシーンが、いくらでもあると思うんです。これだけそろっていれば、さまざまな小売業者のECサイトを個別に利用するより、「アマゾンでいいか」という気になりますよね。いまや、アマゾンなしでは生活できないという人もいるのでは。

 そして、アマゾンはこの「アマゾンでいいか」の範囲をどんどん広げてきました。「アマゾンファッション」も、立ち上げの頃(2007年)は「アマゾンがアパレルを扱うなんて本気?」という反応が大勢を占めましたが、いまや急成長中のカテゴリーで、出店ブランドも拡充しています。Kindleも当初(2007年)は「通販会社が作るハードなんて」と否定的に見られていたけど、2012年には高性能な「Kindle Paperwhite」が出て、形もだんだん洗練されてきました。

電子書籍リーダー「Kindle」は10月に発売された最上位機種「Oasis」でIPX8等級の防水機能を装備。お風呂などでも読めるようになった
電子書籍リーダー「Kindle」は10月に発売された最上位機種「Oasis」でIPX8等級の防水機能を装備。お風呂などでも読めるようになった

 米国での報道によると、アマゾンは自社ブランドのスポーツウエア生産を始めると言われています。自社ブランドも“ちょうどいい”んですよね。安っぽくはなく、高すぎることもなく。アマゾンブランドのスポーツウエアを着ることに、恥ずかしさや抵抗感を覚える人は少ないんじゃないでしょうか。特別かっこよくはないかもしれないけど、ダサくはない。十分、着られる。うまい立ち位置を見つけたと思います。

 8月末には食品小売のホールフーズ(米Whole Foods Market社)を買収しましたが、あれもいい会社を買ったものだと思います。ヘルシー、高級といったイメージで若い世代にも人気のスーパーです。買収先の選び方も含め、アマゾンは少しずつ上手にイメージを押し上げてきています。

アマゾンが培ってきた創造的知性

 アマゾンの取り扱い製品の手広さには、品ぞろえの良さで売り上げを伸ばすといった直接的な効果以外にも利点があると僕は思っています。この連載では、皆さんに「創造的知性」を身に着けてもらいたいとくり返しお伝えしてきました。創造的知性を養うプロセスは、観察、質問(仮説を立てたり自問自答したりする)、実験、意見交換、関連づける、この5つであるという話もしました。アマゾンは企業として、この“関連づける”力が伸びてきた気がします。

 これは経験則ですが、関連づける力を高めるには、あまり頭の中を整理しすぎないほうがいいんです。気になったことを、頭の中のどこかにきっちり収めてしまうと、何かあったときに取り出して関連づけることがしにくいんですよね。ひらめかない。だから、ひとたび課題を持ったら、頭の中でうっすらとでもいいので考え続けることが大切です。情報や課題を死蔵させないで、アクティブな状態にしておく。そうすれば新しい情報や課題が入ってきたときに、ぱっと結びついたりします。

 アマゾンは、ありとあらゆるものをECの対象とし、物流はじめ、さまざまなサービスに取り組んできました。そうやって“なんでも”やってきたことで、何かと何かを関連づけて新しいものを生み出す土壌を、無意識にでも築いてきたんじゃないかと思います。

ブランド戦略なき会社のブランド力

 この記事の冒頭で、アマゾンはマーケティング、ブランディングに成功していると書きましたが、アマゾンは実は狭義の「ブランド戦略」を持たない会社だと思います。ここでいうブランド戦略は、自分たちの会社や製品系列が外からどのように見られたいかを決めて、それに近づけるための施策を考えるようなことです。

 アマゾンは、そこにあまり注意を払っていない気がします。実質本位といいますか。商品送付用の段ボール一つ取ってもそうですよね。段ボールに黒文字のロゴ。シンプルさを追求したデザインというよりは、コストとの兼ね合いでああなった感があります。コスト効率のため、箱の種類が絞られているから、(段ボール内に空きが生じて)空気も一緒に運んでくるのは難点ですが(笑)。

 アマゾンが企業理念としているのは、よく知られる通り、「地球上で最も豊富な品ぞろえ」と「地球上で最も顧客を大切にする」の2つです。自前であそこまでの物流網を構えているのも、顧客中心主義の表れです。最近はイメージ重視のテレビCMもやっていますが、元来、あの会社はイメージのために何かする体質ではないのだと思います。それよりも、ユーザー自身が同社のサービスを利用した体験が、結果的にアマゾンのイメージやブランドを形作っているのです。

 ウォルト・ディズニー・ジャパンに勤めていたときに聞いた話ですが、「Disney」というロゴを見ると、まだ字が読めない小さな子どもでも機嫌がよくなったりするそうです。文字をパターンとして認識して、自分の中の楽しかった体験と条件反射的に結びつけているんでしょう。あのレベルには及びませんが、ユーザーの体験がブランドにつながっているという意味では、アマゾンに関しても近いことが起こり始めているように最近は感じます。

(構成/赤坂麻実)

当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2017年11月6日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています