これまで、この連載では僕がかつて働いていたソニーやアップルの話を中心に、最近の製品やそのプレゼンの仕方に対して感じている疑問を話してきました。
【この連載内の関連記事】
ジョブズは「日本をなんとかしてくれ」と僕に言った
手元までこだわれるか 革新性はソニーの“宿命”だ
アップルのプレゼンが物足りない まずは感動を示せ
アップル本社元副社長が感じる「iPhone X」の寂しさ
今回は改めて、メーカーが今、どんなモノづくり、どんなマーケティングをするべきなのか、僕の考えをまとめておきたいと思います。製品の企画や発表に関する話が中心になりますが、経営幹部に限らず、若手や中堅の会社員の方にも参考にしてもらえる部分がきっとあるはずです。
最先端技術はどんな価値を生むかが大切
2004年、「iMac G5」が日本に投入されるとき、僕がフィル(現・米アップルマーケティング担当上級副社長のフィリップ・シラー氏)に「今度のウリは何?」と聞いたら、「G5(CPU「PowerPC G5」)を搭載していることだよ!」という答えが返ってきました。そういうことじゃないんだけどな……と思ったのを覚えています。
ソニーにしてもアップルにしても、自社の技術や製品には自信と誇りを持っています。最先端の技術を搭載した自信作なら、そのことを宣伝したくなる気持ちはよく分かります。でも、実際に感動を生む、人にその感動を伝えるというときには、そこをぐっと抑えて客観視することが肝要。自慢の最先端技術が具体的にどんな価値を生み出しているのか、使い手の目線でものを言うことが大切です。
技術自慢と併せて、最近よく見かけるのが関係者自慢。発表会に社内外の関係者が入れ代わり立ち代わり登壇する、あのやり方です。あれもユーザー視点、客観性が欠けているように感じます。こんなに素晴らしい力を結集して作った製品だ、と言いたいのだと思いますが、それはメーカーの自己満足であって、ユーザーの感動や満足に直接つながるものではありません。
「新機能」「業界初」という言葉は案外くせもの
プレゼンだけでなく、製品の企画・設計も同じことです。デジタルカメラで、高解像度のイメージセンサーを搭載したはいいけれど、コスト上の制約でディスプレーの解像度が低い製品がかつてありました。撮った写真をデジカメのディスプレーで確認したら粗く見えてしまう。がっかりですよね。それでは、実際には高画質の写真が撮れているのだとしても、ユーザーはキレイな写真が撮れたという満足感をその場で得られません。「新機能」「新構造」「業界初」「業界最高」、メーカーの大好きな言葉ですが、自己満足に陥りやすくさせるという意味では案外、くせものなんですよ。
周辺機器を、立派な本体に似つかわしくない汎用品で済ませてしまうのも、問題点は同じです。買う人の立場で商品を見られていない。だから、以前の回で話したように、最先端の高価な有機ELテレビのリモコンを他機種と同じ汎用品にしてしまったりするんです。ユーザーとしては、せっかくかっこいいテレビをリビングに置いたのに、手元にあるリモコンが残念なデザインと質感では興ざめですよ。部品や周辺機器の共通化は、コストを考えれば決して間違ってはいませんが、それはメーカーの事情。ユーザーの満足に大きく関わってくる部分に持ち込んではいけないと思います。
アップルのジョニー(最高デザイン責任者のジョナサン・アイブ氏)は「われわれの目的は差異化ではなく、これから先も人に愛される製品を生み出すことだ」と語って、差異化自体を目的にしてしまう風潮を嘆いていました。アップルに限らず多くの会社が、○○18か条とか○○の10則など、開発の精神・思想を明文化したものを持っています。それなのに、気が付くとそこからそれていってしまうのが悲しいですね。こういうものは唱えるためにあるのではなく、これに則ってものを創ることが本当に大切なんです。
愛や情熱はマーケティングの上でも絶対に必要
ただ、ソニーやアップルは少なくとも、自社製品を愛している(社員が多いように見える)し、そこは素晴らしいことです。メーカーによっては、社員が「自社製品に特に欲しいものはない」と言ってしまう会社もあります。そんな会社の製品を欲しいと思うユーザーはいませんよね。
自動車メーカーのマツダの方にお目にかかる機会がありました。自分たちが作ったクルマのことを、それは熱く語ってくれます。こういうプレゼンができたら、聞く人は感動するし、その製品を好きにもなるでしょう。社員が自社製品を愛しているということは、その人自身にも社内にもユーザーにも、良い効果をもたらします。やっぱり、情熱や愛情は大切です。
ただし、上述の通り、そこに客観性が欠けてはいけません。ユーザーにとって、その商品・サービスはどう素晴らしいのか、生活の中にどんな素敵なシーンを生みだすのか、そういった視点で製品を見る。客観的に見たうえで「この製品が“This is the best.”」と胸を張れることが、自社製品への愛を強いものにするし、プレゼンや製品自体の説得力になっていくはずです。
“スティーブっぽい”プレゼンを目指すな
それでは、説得力があって人を感動させるプレゼンとは何だ、という議論になると、どうしても具体的なハウツーの話に終始しがちです。スティーブ(創業者のスティーブ・ジョブズ氏)っぽい、アップル風のスタイルを真似たい人、実際に真似している人が多かったりします。でも、誰かのスタイルをなぞることに意味はありません。
プレゼンに一番大切なのは、「本当に自分がいいと信じていることを自分の言葉で話すこと」。シンプルにこれに尽きるからです。型にはまらなくていいんです。アップルがこうだから、スティーブがこうだから――そんなことは気にしなくていい。スタイルをそのまま模倣するのではなく、なぜそのスタイルが感動を呼ぶのだろうと考えて、同じ意味合いのことを自分らしくやるのが一番です。そうすれば、自然と前を見て話すことになるし、いわゆる“目力”だって効くようになります。
自分の考えを自分の言葉で話すとき、付け焼刃は役に立ちません。日ごろからいろんなことに対して、自分なりの見解を持つことが重要です。それには、何かを見たときに自分がどう思うのか、自分にとってこれはどんな話なのか、と日々考えるクセを付けていくことです。
これは何も経営陣に限った話ではありません。日ごろから考えていなければ、新製品発表会にしろ社内の会議にしろ、自分の意見が言えるわけがないですよね。社内の会議で上司からふと「これどう思うの」と聞かれて、「いやー、いいと思いますよ。最近、それトレンドだし」なんてさえない返事をしてしまったことはありませんか? そうならないように、自分なりのものの見方を確立できるように、考えることを習慣づけていってほしいですね。
(構成/赤坂麻実)
当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2017年10月13日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています