かつてアップル米国本社マーケティング担当バイス・プレジデント(副社長)を務めた前刀禎明氏が見た今年の「WWDC(Worldwide Developers Conference)」。前刀氏は製品の出来以上に、「プレゼンの物足りなさ」を語る。
前回は、ソニーが背負う宿命の話をしました。同じように、みんなから「期待されること」を宿命付けられた企業に、米アップルがあります。アップルといえば、6月初旬に毎年恒例の開発者向けイベント「WWDC(Worldwide Developers Conference)」を開催したばかりです。
今年のWWDCの目玉は、家庭用ワイヤレススピーカー「HomePod」でした。特徴は、室内のどこに置いてあるかを自ら認識して自動的に音を調節する機能や、同社の音声アシスタント機能「Siri」を搭載していること。いわゆるスマートスピーカーの市場に、グーグルやアマゾンに続いてアップルも参入したわけです。
製品自体の良し悪しはいったん置いておいて、このHomePodのWWDCでのプレゼンテーションは、僕にはちょっと物足りないものでした。登壇したフィル(マーケティング担当上級副社長のフィリップ・シラー氏)は、この新製品の紹介を、いきなり技術の説明から始めてしまったんですよね。この中にこんなスゴい技術が入っているぞ、と。
これは残念でした。WWDCは開発者イベントなので、技術の説明は当然必要ですが、最初に持ってこなくていい。せっかく、室内に置いても雰囲気を壊さないデザインになっているし、どこに置いてもその位置に適した音が出るとうたっているんですから、まず利用シーンを想起させるような映像や画像、モックアップなんかを用意するべきだったと思います。
今回のWWDC冒頭で流したプロモーション動画みたいなものを、HomePodの紹介にこそ使えばよかったんじゃないでしょうか。冒頭の動画は、もしも世の中から全てのアプリが消えたらどれほど困るかを描くことで、iOSやアプリの便利さ、素晴らしさをアピールしていました。なかなかの力作だったと思います。個人的には、クリストファー・クロスの曲『All Right』がなつかしかったですし(笑)。
HomePodも「こんなことができるかっこいい製品が誕生したんだ!」「こんなふうに使えるんだ!」とまずは見ている人を感動させ、そのうえで「この素敵な機能やデザインを実現したのはこんな技術なんだ」と説明してほしかった。HomePodは新しいコンセプトの製品なのだから、なおさらです。実際のプレゼンは、その順番を誤った上に、HomePodのある生活をイメージさせる材料が、味気ない静止画だけだったのもいただけません。
潜在顧客やWWDCの聴衆に、製品のことを理解してもらうのは当たり前です。加えて、プレゼンターが語ることに共感してもらい、自分の生活の中にその製品がある様子を想像してもらう必要があるんです。人はまず「理解」し、「共感」し、「想像」して初めて「自発」的に動きます。すなわち、想像を喚起して初めて「欲しい」「買いたい」と思ってもらえるんです。定型のプレスリリースのような今回のプレゼンでは、そこには至っていないと言わざるをえません。目指すべきは、聴衆全員が「お〜これは素晴らしい!」と思うレベル。
と、こんなにプレゼンに文句をつけながらも、僕自身はHomePodを買ってしまうんだろうなという気がします(笑)。デザインはいいし、音も悪くなさそうですから。アップルはかつて、純正のiPod専用スピーカー「iPod Hi-Fi」を発売しました。正直、音はイマイチでしたが。その後、米ビーツ・エレクトロニクスを買収して、音響技術の向上を目指しました。最近だとワイヤレスイヤホンの「AirPods」や「BeatsX」で注目されたけれど、AirPodsの音が好評だったので、HomePodにも期待できそうだとみる向きがあるようです。これでプレゼンがよければ、さらに期待感を抱かせることができたでしょうね。
「最高の製品」の晴れ舞台はもっとエモーショナルに
WWDC全体を通じて気になったのは、重役が入れ替わり立ち代わり何人も登壇するスタイルです。今回に限らず、近年はずっとその傾向ですが、果たしてそれでいいのか。誰が話しているのかは大切な要素ですからね。ティム(CEOのティム・クック氏)が自分の個性を生かしたやり方で、製品を次々に発表していくスタイルのほうが共感を呼びやすいんじゃないかという気がします。
確かに、その製品の開発やマーケティングを担当している人がそれぞれ発表するのも、チームワークの見せ方の一つではあります。しかし、スティーブ(創業者のスティーブ・ジョブズ氏)がしたように、「これを開発したのはこのすばらしいチームだ!」と担当者の起立を促して、そのチームが観客の喝采を浴びられるように演出したっていいでしょう。
僕が米アップルに入社した頃、「MacWorld(2009年まで開催されていたアップルの講演・製品展示イベント。現在はWWDCに集約)の2カ月前からはスティーブに難しい相談をするな」と言われていました。それぐらい、スティーブはプレゼンに懸けていた。あそこまでの徹底ぶりは彼だからこそですが、自分たちが最高の製品だと思って作り上げたものなら、それをデビューさせる舞台に熱心になるのは当然のことだと僕は思います
製品発表の際に技術の説明から入ることも、発表会に多数の講演者が登壇することも、非常に多くの会社で一般的に行われていることです。そこにはそれ相応の合理的な理由もあります。ですが、アップルまで、その定型にとらわれてしまったか、と思うと寂しい。前回、ソニーはみんなに期待される宿命を負っているんだと書きましたが、アップルもそれは同じ。型にはまらず“遊び”の感じられる製品、サービス、マーケティングを僕はアップルに期待しているし、同じ思いの人は少なくないはずです。
さて、今年はなんといってもiPhone誕生10周年です。WWDC 2017は僕にとって大満足とは言えない内容でしたが、今後発表されるはずのiPhone新モデルは大いに楽しみにしています。単なる10周年の記念モデルなんかではなく、「This is the best.」「これがiPhoneだ」という製品を求めたくなりますね。これまでの延長線上にある製品を「iPhone 8」として投入するのではなく、これぞ決定版という意味でナンバリングをはずして「iPhone」として発売してもらいたい。史上最高の新しいiPhoneに出会える日を心待ちにしています。
(構成/赤坂麻実)
関連リンク
・アップルのWWDC基調講演の映像
当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2017年7月21日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています