今回は、ソニーの話です。僕は1983年4月から1988年12月まで、ソニーで海外営業と新規事業開発の仕事に携わりました。貴重な体験をさせてもらったと今でも感謝しています。
スティーブ・ジョブズはかつて「ディズニー、ソニー、ナイキのように、アップルは人々から愛され尊敬される会社になる」と宣言しました。また、僕がiPod miniの日本のマーケティングを任されたころ(関連記事:ジョブズは「日本をなんとかしてくれ」と僕に言った) 、僕に「iPodは21世紀のウォークマンになるよ」と話してくれました。ソニーは、世界でも十指に入るような輝けるブランドだったのです。
僕は今もソニーが大好きです。僕を含め多くの人の期待に応える会社であり続けてほしい。だからいつもソニーには注目しています。5月23日には、ソニーの経営方針説明会に行ってきました。今回は、そこで感じたことをソニーへのエールとしてお話ししたいと思います。
ソニーは「ラストワンインチ」にこだわるという
経営方針説明会で、平井一夫社長兼CEOは「ユーザーの皆様に感動をもたらし、人々の好奇心を刺激する会社であり続ける」と宣言しました。質疑応答では、「ソニーは何の会社だと思うか」という問いに「一言でいえば感動企業。感動をお届けするのが一番の上位概念になる」と回答。資料には「KANDO@ラストワンインチ」なる文言もありました。「お客さまに最も近いところでデザインや質感にもこだわる」ということです。
「ラストワンインチ」にこだわりぬくことができたら、ソニーは再び輝き始めると思います。ただ、僕はまだ言うこととやることに多少のギャップを感じてしまう。その例が、6月10日に発売した有機ELテレビ「ブラビア A1シリーズ」です。
高級テレビなのに手元のリモコンが残念
ブラビア A1シリーズはディスプレーを振動させることで、テレビの画面から直接、音を出力できるという「アコースティック サーフェス」技術がウリ。当初は「スピーカー不要」と宣伝していましたが、筐体の裏には大きなスタンドが付いていて、実はそこにウーハーが格納されているので、このうたい文句はあまり正確でないですね。
デザインは一見、とてもスタイリッシュ。正面から見ると、ディスプレーしか見えず、全面に映像が表示されます。製品を紹介するウェブページでは、A1シリーズを部屋に置くと、こんなに魅力的な空間が広がるよ、と想像を喚起するような写真も用意されています。ただ、先述の通り、裏には結構な存在感のスタンドがあるんです。
スタンド以上に僕が残念に思ったのはリモコンです。ボタンが山のようにある汎用リモコンが採用されています。せっかくかっこいいA1を部屋に置いたところで、ユーザーの手元、目の前にあるのはデザインに工夫がないリモコンです。まさに「ラストワンインチ」で台無しになっているように思います。
メーカーとして、汎用リモコンを採用してコストを抑えたいという理由があるのかもしれません。開発の流れから、リモコンのデザインや仕様を検討するステップが抜け落ちているであろうことも想像がつきます。新しいインターフェースを提示すると、ユーザーが戸惑うかもしれないという考えもあるようです。
でも、そこはリモコンまでこだわってほしい。65インチで80万円ほどするテレビです。低価格のモデルと大差ない汎用リモコンでは不釣り合いだし、コストを価格に上乗せして80万円が83万円になっても大差ありません。5万円のテレビがリモコンにこだわったせいで8万円になったら競争力を失うでしょうが、この商品を買う人なら、リモコンへの投資を無駄な出費とは思わないはずです。新しいインターフェースにユーザーが戸惑うというけれど、テレビで新しい体験を提示して感動してもらおうというときに、使い慣れたインターフェースに固執するのもおかしな話です。
過去の話をしても仕方がないかもしれませんが、大賀典雄社長の時代だったら、こんなリモコンは通らなかったんじゃないかな。大賀さんはさえないモックアップをエンジニアの目の前で投げ捨てていましたからね。華々しく発表する有機ELテレビのリモコンがこれです、なんて差し出したら、ぶん投げられて画面に刺さっていたんじゃないかと思う(笑)。
業績がいい今こそ、みんなが憧れる製品を
リモコンぐらいで、そんなに意地悪く言わなくてもいいじゃないかと思う人もいるかもしれません。でも、経営方針説明会でソニーは「お客さまに最も近いところでデザインや質感にもこだわる」と宣言したんだから、そこからやってほしい。妥協しないで、最高の質感を追求するべき。
もっと言えば、経営方針説明会でしゃべったからというよりは、“ソニーだから”やってほしいんです。ソニーが不振に陥った時代、経営者の一人が不満げに言いました。「『ソニーは最近、革新的な商品を出していないじゃないか』と追及される。A社やB社だってそんな商品は出していないのに、どうしてウチだけが批判されるんだ」。
これはとても残念な発言でした。「どうしてウチだけが」って、みんながソニーに期待しているからですよ。ソニーの前身である東京通信工業の設立趣意書には「他社の追随を絶対許さざる境地に独自なる製品化を行う」とあります。ソニーには、ソニーだから負うべき“宿命”があるのです。
ソニーの業績は上向きで、今期(2018年3月期)は営業利益で20年ぶりの高水準になるとか。そういうときだからこそ、ソニーを代表するような「これがベストだ」といえる製品を作ってほしいです。超短焦点の小型プロジェクターで話題を呼んだり、最近のウォークマンやXperiaでは質感にもこだわったりと、いい兆候は見えています。いちファンとして、みんなが憧れるライフスタイルを想起させてくれるソニー製品の登場をぜひ待ちたいと思います。輝き続けるソニーであってほしいですね。
(構成/赤坂麻実)
当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2017年6月30日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています