ソニー、ディズニー、AOL、アップル……国内外の名だたる企業で経営の最前線に立ってきた前刀禎明氏。今の日本に漂う閉塞感を打ち破るには「セルフイノベーションが必要」と考える。そのために前刀氏が今取り組んでいることの一つがInstagramやFacebook、NewsPicksなどを通じたメッセージの発信だ。短い文を添えた空の写真を毎日アップし、一部メディアで「意識高い系」とも言われたこのInstagramを始めた理由は何なのか。
Instagram(以下、インスタ)への投稿を始めたのは2016年10月29日から。空の写真と短文というスタイルで、現在も続けています。インスタでメッセージを発信し始めたのは、読んでくれる人にふと立ち止まって、考えるきっかけになればなと思ったから。

講演などをしていると、来場者のみなさんから閉塞感を感じることがあるんです。それは、こうでなきゃいけないっていう画一的な価値観にしばられて、多様性がなくなっているからだと思います。何にでも細かく決まりがあって、その枠にはまらないと「自分はダメなやつだ」と萎縮してしまう。
みんな他の人と違う選択ができない
例えば、家電量販店でよく売れる商品って、何だか分かりますか。実は「よく売れている商品」なんです。何を言っているんだと思われそうですが、店頭に貼りだされた売れ筋ランキングの商品がよく売れるんですね。
お客さんは「これがいいかな」「こっちも悪くないな」って2つぐらいまで絞り込んで、そこでランキングを見たり、お店の人に聞いたりして、他の人が買っているものを知ります。で、最終的には、もともと悪くないと思っていて、かつ人気だと分かった商品のほうを買っていく。自分が直感的にいいなと思っても、人気がないと分かると選べなかったりするのです。だから、「よく売れている商品」がいっそう売れる。一方で、メーカーのほうも売れている製品と似たようなモノを作るようになるから、製品の評価基準が画一的になっていきます。
こういうことが今、いろんなところで起きていると思います。2016年にあった三菱自動車工業の燃費不正問題だって、根っこは同じ。自動車メーカー各社が燃費の一点で過度な競争をくり広げて、結果、追い込まれて不正まで働くことになってしまった。燃費にばかりこだわらないで、車内の快適性や外観のかっこよさなど、他に特長を持ったクルマを考えればいいのに、独自の方向に舵を切れなかったせいで、ああいうことになったのだと思います。
アップルがすごいのはこういうところです。かつてのMacはシステムエラーでそれまでの作業データが全部消し飛んで、バックアップも取れていなくて、なんてことが珍しくなかった。言ってみれば欠陥商品だったけど、それでも人々に愛されていました。デザインやスタイルなど、信頼性とはまったく別の基準を持ち込んで、それが支持されてきたわけです。
どうして、日本の企業はアップルになれないのか、思い切った決断ができないのか、なんていう話をよく聞きますが、僕に言わせればそれは当然です。会社員は新人の頃から、自分で決めるな、必ず持ち帰ってこい、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)だって教え込まれているし、ちょっと年次が進んでも、上司の承認や社内の稟議などにしばられる環境はずっと続きます。偉くなったらなったで保身に動くので、何を選ぶのが正解か、必死で空気を読みますよね。自分で決める機会なんて、ほとんどない。訓練していなければ、選択や決断ができないのは当たり前です。
決められない自分を変えるのは小さな肯定の積み重ね
かくいう僕も、昔から自分でいろんなことを決めたわけではありません。僕は、幼少期はやんちゃだったけど、思春期に恥ずかしがり屋の赤面症になって、大学入学当初は、特に女子とはまともに口もきけませんでした。あんまり信じてもらえないけど、いまだに女性には苦手意識があるし、知らない人とたくさん会うレセプションも得意ではないです。話してみたい人がいても自分から声をかけられないし、誰かが紹介してくれて会話ができても、つまらないことしか言えなかったりします。
それでもこうやって取材を受けたり人前で話したりできるようになったのは、些細なことがきっかけなんです。大学時代、ちょっとした発表をしたときに「前刀の話し方って説得力があるよね」「プレゼン、上手いよね」なんて褒められたのが、うれしかったんですよね。その後も、友達の結婚式の司会や、ソニー時代の英語レッスン中のスピーチ、米国で開催されたベンチャーキャピタルのイベントと、機会があってまた褒められる。そうすると、自分は人前で話して何かを伝える力が、人よりあるのかもしれないと思えるようになります。振り返ってみると僕は、肯定されることの積み重ねで「自分」が持てるようになった気がします。
僕がインスタでメッセージを発信し続けているのは、おどおどしていた頃の自分や、今同じように自信がない若い人に、何か伝えたい思いがあるんですよね。僕は子どもの頃から、空や雲を見て、別の何かに見えるなって想像してみるのが好きだったから、僕の投稿をきっかけに、みんなも空を見上げて、そこで想像を膨らませたり思索にふけったりしてほしいんです。
内容は基本的には同じことを、言い方を変えてくり返し投げかけています。自分で考えて、自分で選べる人になろうということを何度も何度も。当たり前のことなんだけど、誰かに言ってもらいたいことってあるし、分かっていても自分の考えだけじゃ自信を持ちにくい人もいるから、そういう人を後押ししたくて。そうして、一人ひとりが「こうでなきゃいけない」という思いから解放されて、自分の考えで物事を決められるようになる、そんなセルフイノベーションを起こすきっかけになったら本望です。
実は、インスタのあの投稿群には、仮称ですけど名前をつけているんですよ。「SkyGift」、空の贈り物。また「意識高い系」って言われそうですが(笑)、僕は気に入っています。皆さんも空を見上げてつぶやいてみませんか。
(構成/赤坂麻実)
当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2017年4月21日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています