時代を作るのは、ユーザーに新しい価値を提供できる製品だ。それを生み出すには「『もしもこんなことができたら便利じゃない?』と誰もがうれしくなるような価値を思い描くことが重要」と前刀禎明氏は語る。その意味で、最近感心したのがLGエレクトロニクスの巻き取り型有機ELテレビだという。

韓国LGエレクトロニクスが巻き取り型有機ELテレビ「LG SIGNATURE OLED TV R」を発表(画像出典/LGエレクトロニクス)
韓国LGエレクトロニクスが巻き取り型有機ELテレビ「LG SIGNATURE OLED TV R」を発表(画像出典/LGエレクトロニクス)

 2019年1月に米国・ラスベガスで開催されたIT・家電の総合展示会「CES 2019」で、韓国LGエレクトロニクスが巻き取り型有機ELテレビ「LG SIGNATURE OLED TV R」を発表しました。これは僕が久々に感心した製品。画面をテレビ台のような筐体(きょうたい)に収納できるのが特徴で、収納した状態では小さめのサイドボードのように見えます。ユーザーに新しい価値を提供できる製品だと感じました。しかも、19年後半には製品として市場に送り出すというから驚きです。

薄型化から収納へ、発想を切り替えた

 LGは、まるで1枚の絵画のように見える“壁紙テレビ”「LG SIGNATURE OLED TV W」シリーズを発売しています。これは、CES 2017で2.57ミリメートルという薄さを強調して展示していたもの。数ミリというパネルの薄さは驚異的ですが、発想自体は比較的ありがちな薄型アピールでした。ですが、今年は発想を切り替えてきました。テレビを見たいときにボタンひとつで画面がせり上がり、使わないときはまたボタンひとつで画面を筐体内へ巻き取ります。

“壁紙テレビ”「LG SIGNATURE OLED TV W」シリーズ(画像出典/LGエレクトロニクス)
“壁紙テレビ”「LG SIGNATURE OLED TV W」シリーズ(画像出典/LGエレクトロニクス)

 テレビはリビングの中心にある家電ですが、見ないときは真っ黒な長方形の画面になってしまいます。しかも、今どきのテレビは大画面なだけに、室内での存在感も無用に大きくなりがち。そこで各社は競ってテレビを薄型化し、この存在感を軽減するよう努めてきましたが、LGはまるで異なるアイデアで抜本的に解決してみせました。

 僕としては、これを仕事場に置いて、プレゼンテーションにも使いたいですね。オフィスで使うのはプロジェクターが一般的です。プロジェクターは大画面でコンテンツを視聴して、使わないときにはしまえば場所を取りません。ソニーが16年に発売した超短焦点プロジェクター「LSPX-P1」などは、筐体が小さくて邪魔にならず、デザインが部屋になじみやすいという点でも優れていたと思います。

 ただ、プロジェクターの場合は部屋を暗くする必要があります。照明をオン/オフする手間がかかるし、映像を見ながら紙の資料を参照したりメモを取ったりもしにくい。これは難点です。その点、有機ELは自発光デバイスですから、発光をやめれば完全な「黒」を表現できるし、コントラスト比も高く、視野角も広い。会議室のような環境は得意とするところです。LG SIGNATURE OLED TV Rなら使わないときに収納できますから、会議室にありがちなダサいテレビスタンドを追放できそう。僕なら単に省スペースだという以上に、テンションが上がりますね(笑)。ぜひオフィスにも取り入れたい。

巻き取り型テレビが提供できる価値を想像してみる

 家庭向けのテレビであるLG SIGNATURE OLED TV Rの話から会議室につながるのを意外に思う人もいるかもしれません。ですが、こうしたユーザーに新しい価値を提案してくれる製品というのは、使う側のアイデアや想像も広がるものです。

 LG SIGNATURE OLED TV Rのように画面が大きければ、大きな映像や画像、図などを映して全体を俯瞰(ふかん)したり、複数のものを並べて表示して一覧したりできるので、参加者みんなで眺めながら、あれとこれとをつなげて考えてみるとか、イマジネーションを広げるとかがしやすいんです。

 最近は天板にタッチパネルを埋め込んだ会議用テーブルをよく見かけますが、あれはみんなで囲んで意見を交わすのに向いています。一方で、壁際などに画面を置いた場合は、物理的にみんなで同じ方向を見ることになり、これが意思統一を図るのに効果的だという研究報告があります。LGの巻き取り型テレビは後者ですが、もしかしたらあの技術はタッチパネルに応用できるかもしれない。ちょっとした仕様変更で、テーブルの端から天板と平行に画面がせり出してくる形にできそうな気がします。

作るべきは「AI家電」や「IoT家電」ではない

 LGの巻き取り型テレビは、アイデア自体がすごく斬新だとは思いませんが、こうだったらうれしいなと誰もが夢想するようなことを技術の力でどこより早く実現したところに意味があります。画面を3分の1ほど出して文字情報などを表示する「Line View」機能も気が利いていますよね。LGは曲がるディスプレーという技術を、製品として企画・構築し、ユーザーに新しいスタイルを提案したと言えます。こうしたビジネス構築力が、単なるハードウエアのメーカーで終わるのか、新たなプラットフォーマーになり得るのかを分けるところだと思います。

画面の3分の1だけを出して、時計や天気予報、写真などを表示する「Line View」(画像出典/LGエレクトロニクス)
画面の3分の1だけを出して、時計や天気予報、写真などを表示する「Line View」(画像出典/LGエレクトロニクス)

 その意味では、ソニーがCES 2019に出展した音響技術「360 Reality Audio」は面白いなと感じました。最大24個の音源を持った立体的な音場を仮想的に生み出す技術です。ソニーは対応スピーカーを販売すると共に、この技術をオープンソースにする考えだとか。アプリ側にこの技術が組み込まれると、ユーザーの使うハードウエアにかかわらず、3D音響を体験できます。米グーグルのスマートフォン「Pixel 3」が、カメラの体験価値をソフトウエアで飛躍的に高めているのと方向性は似ています。ソニーもAV業界でかつてはプラットフォーマーでした。オープンソースにするところに、目先の収益よりも市場でのプレゼンスを拡大したい思いが表れていますね。

 他方、悪い意味でこのごろ気になっているのが「AI家電」や「IoT家電」と銘打った製品です。そうしたバズワードを並べることから企画を始めたのではないかと疑いたくなる製品をよく見かけます。「AI○○」と言いながら、その実、ディープラーニングのデータが貧弱で、実現できる機能があまり魅力的ではない製品が少なくありません。AIというからには、高度で気の利いた機能をいろいろと実現してくれるのだろうと期待するユーザーの気持ちを裏切っています。技術はあっても考え方がマズいとこうなってしまうのです。

 “もう一歩先”がない言葉をよく聞くようになったことも憂えるべき状況だなと思います。経営者が口にするスローガンやキャッチフレーズもそうです。例えば「我々は単なるサービスではなく、お客様に文化と時間を提供していく」というのはありがちな言葉。確かに響きはいいものの、具体的に何をどうするのか、イメージできる人がいるでしょうか。ただ言葉足らずなだけで、社内ではイメージがしっかり共有できているならまだしも、社員も理解できていなかったり、果ては言った当人にさえ具体的な構想がなかったりします。まずAIやIoTありきで製品を企画していくのと同じで、聞こえのよさに溺れて本質を見失っているのです。

 企画やマーケティングと呼ばれる仕事の本質は、「もしもこんなことができたら便利じゃない?」と誰もがうれしくなるような価値を思い描くことにあります。技術的に可能か、採算が合うか、上司にOKをもらえそうか、今バズっているキーワードをどう絡めようか、ペルソナをどんな設定にしようか、そういうことを優先的に考えていくとビジネスは迷走します。当たり前のことですが、シンプルに世の中へ提供したい価値を突きつめることが、人を魅了する商品を生み出す唯一の方法で間違いありません。

(構成/赤坂麻実)

この記事をいいね!する

前刀禎明氏の新刊『学び続ける知性 ワンダーラーニングでいこう』発売
 ソニー、ディズニー、AOLなど、国内外の名だたる企業で経営の最前線に立ち、アップル米国本社副社長時代には「iPod mini」を大ヒットさせた前刀禎明氏。「日本企業は製品を売るのが下手」と言い切る前刀氏が、自らの経験と、そこから得たマーケティングの本質、アイデアの源、仕事との向き合い方を語り尽くしました。マーケティング担当者はもちろんのこと、もっと仕事を充実させたいと思っているすべてのビジネスパーソンにお読みいただきたい1冊です。
Amazonで購入する