ソニー、ディズニー、AOLなど国内外の名だたる企業で経験を積み、米アップルの本社で副社長も務めた前刀禎明氏は、これまで独自の視点で技術や製品とマーケティングの関係を語ってきた(関連記事:前刀 禎明の「モノ売る誤解 買う勘違い」)。その視点はどのような経験から生まれたのか。

前刀禎明氏
前刀禎明氏

“後ろ向きなマーケティング”は要らないと思った

 僕はマーケティングを専門にしていますが、昔から市場調査・分析はビジネスにはあまり有用でないと感じていました。大学時代に多少なりとも学んでみて、そういう結論に至ったのです。この材料からこの方法でこんな予測が立つ、結果に照らしてみてやはり予測は正しかった、などと学術的には検証できると思いますが、ビジネスでは過去のデータを分析することに時間を費やす“後ろ向きなマーケティング”が有効な場面はほとんどありません。

 こうした問題意識は一般にも広がっているのか、最近では、経営戦略を立てるのに、「バックキャスト」という手法がしばしば用いられるようになっています。これは未来のある時点に目標を設定し、そこから現在すべきことを考える方法。2025年なり2030年なり未来の社会を想定して、そこから逆算して今後3年間に何をすべきかを考え、中期経営計画を策定するようなやり方です。でも、僕はこれにも懐疑的。未来志向といってもその未来が過去のデータを基に予測した10年先ならば、そこからさかのぼって考えるものは結局従来のプロダクトの延長になってしまいます。新しい“非連続”なプロダクトは生まれないでしょう。

 では何が有効なのか。今を観察することです。僕が米アップルにいたころ、ポータブル音楽プレーヤーの「iPod mini」を日本市場に広める仕事を担当しましたが、発売当時はよく電車の中で白いイヤホンコードを数えていました。当時、白いコードを採用しているのはアップルぐらいだったので、白いコードを数えることで、日々変わっていくの普及状況をリアルタイムにつかめたんです。市場のことを知りたいなら、たった今、目の前にあるものを一番大切に見るべきですよね。

白いイヤホンコードはiPodやiPod miniなどアップル製品の象徴のようなものだった
白いイヤホンコードはiPodやiPod miniなどアップル製品の象徴のようなものだった

「市場は創造するもの」――ソニー・井深大氏の薫陶

 こうした考え方に至ったのは、先に話した大学での経験が原体験。加えて、ソニーでの体験も大きいです。

 僕は1983年にソニーに入社しています。僕が勤めていたころのソニーは、アイデアが一歩も二歩も世の中の先を行っていました。時代が追いつかないという意味で“早すぎ”て、開発を中断したプロダクトもあったほどです。例えば、ソニーはかつて「CLIE(クリエ)」というPDA(個人携帯情報端末)を出していました。CLIEを覚えている人はたくさんいらっしゃると思いますが、実はその原型のようなものはそれよりずっと前に開発されていたんです。携帯型CDプレーヤー「ディスクマン」や携帯型ブラウン管テレビ「ウォッチマン」など、それまでになかったものを形にして世に送り出していました。

ソニーが1990年に発売した「Palm Top」。手書き入力を採用した手のひらサイズのコンピューターだった。前刀氏が見たのはさらに前のものだという
ソニーが1990年に発売した「Palm Top」。手書き入力を採用した手のひらサイズのコンピューターだった。前刀氏が見たのはさらに前のものだという

 そんな会社ですから、市場調査・分析はほとんど意味をなしませんでした。創業者の井深(大)さんは「カスタマー・エデュケーション」を提唱し、市場は自分たちで創り出して、みんなに良さを分かってもらうんだという考え方でしたし、会社全体にも前例の踏襲を良しとしない気風がありました。

 もともと僕は創業者が好きで、人がやってきた仕事を引き継ぐのは面白いと思えないし、新しい事業を生み出すことをいつも考えていたかった。これは持って生まれた性格でしょうが、それがソニーでの体験と強く結びついた気がします。

普及前の先端技術を提案したディズニー時代

 その後に在籍したディズニーでは、通信技術を用いた双方向のエンターテインメントを考案して、いろいろな形で提案しました。あえて言うなら、コミュニケーション・エンターテインメントです。しかし、残念ながらそれらの提案がそのまま商品化されることはありませんでした。

 というのも、当時のディズニーは、先端技術を積極的に採用する方針ではなかったのです。技術が十分に普及する前に採用すると、機器環境などの格差でコンテンツを楽しめない人が出てきてしまう。それは避けようという考え方。それはそれで一本筋の通った姿勢だったと思います。

 かといって最新の技術に無関心なのではありません。社内にATG(Advanced Technology Group)という組織を設けて、世界の先端技術を常に調査していました。メーカーへのヒアリングも積極的に行っていて、僕自身が古巣のソニーを訪ねたこともあります。ソニーとは、ビデオCDの前身に当たるメディア(社内コードネームは「バンブー」)を使って、ミッキーマウスの3DCG双方向エンターテインメントを試作し、本社へプレゼンに行ったこともあります。これも採用はされませんでしたが。

興味の対象を除外しすぎるな

 こうして振り返ってみると、僕は“今ないものを創る”ことに魅力を感じ、携わってきた人間なのだと思います。ないものを創ろうというときに、「新商品のマーケティングのためにペルソナを作りましょう」とか「市場動向を分析してみましょう」なんて、お決まりのようにやるのはつまらないと感じてしまいます。

 僕にとって、マーケティングははやりを追うことではないし、市場調査・分析によってはやりを予測して当てに行くことでもありません。マーケティングとは、自分たちがモノを作ったときに、そのモノがどんな価値を提供するのかを突き詰めて考え、それを提示すること。そのための方法論として重要なのが、創造的知性を5つの工程において働かせることだと考えます。5つの工程とは「観察する」「自問して仮説を立てる」「やってみる」、自分とはまったく違った価値観の人に「相談してみる」、そして何かと何かを「関連づける」。

 多くの人にとって、最後の「関連づける」が一番難しいと思うのですが、興味の対象を除外しすぎないことだと思います。目の前で起きている現象になるべく興味を持つ。これは自分の仕事に関係がないからとすぐに切り捨ててしまうのではなく、「なぜ?」「どうして?」と源流をさかのぼること。そのクセをつけておけば、何かを見てこれから何が起きそうなのかが肌感覚で分かるようになります。予測とはまた別の、もう少し感覚的なものですが、過去のデータを振り返る予測よりも案外確かなものだと僕は思っています。

 僕は親しい人から「逆コナン」と評されたりします。人気アニメの少年探偵は「見た目は子供、頭脳は大人」ですが、僕はその逆で、見た目は大人でも、子供のようなことを考えていたりするからです。いつも子供っぽい大人がいたら困りものですが、大人が見過ごすようなところにも子供のように「なぜ?」「どうして?」と食いついてみるのは、僕が考えるマーケティングの第一歩です。思い込みから抜け出すことで、意外なものがツボにはまったりするんですよ。

(構成/赤坂麻実)

■変更履歴
キャプション内に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。該当箇所は修正済みです。 [2018/08/03 11:30]
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 ソニー、ディズニー、AOLなど、国内外の名だたる企業で経営の最前線に立ち、アップル米国本社副社長時代には「iPod mini」を大ヒットさせた前刀禎明氏。「日本企業は製品を売るのが下手」と言い切る前刀氏が、自らの経験と、そこから得たマーケティングの本質、アイデアの源、仕事との向き合い方を語り尽くしました。マーケティング担当者はもちろんのこと、もっと仕事を充実させたいと思っているすべてのビジネスパーソンにお読みいただきたい1冊です。
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