大手IT企業の参入が相次ぐQRコード決済サービスの覇権争いの行方を探る特集の第5回は、2018年4月から「d払い」の名でサービスを開始したNTTドコモの拡大戦略を探る。同社の戦略の核となるのは、他社ECなどの利用料金をドコモ電話料金と合算払いしている約1500万人。さらに、同社の携帯電話サービスのユーザー、約5000万人への普及を目指す。

ユーザーがスマートフォンに示したQRコードを、小売店がスキャンして読み取り、決済する
ユーザーがスマートフォンに示したQRコードを、小売店がスキャンして読み取り、決済する

 QRコード決済サービスを開始する前、NTTドコモは、同社自身が展開する非接触式電子マネー「iD」を含む多くの既存の電子マネーが、なぜ幅広く普及せずに伸び悩んでいるのか調査を実施した。

既存電子マネーが普及しない理由

 そこで得られた回答で目立ったのが、「スマートフォンで利用できるように初期設定するのが面倒臭そう」「クレジットカードを登録するのが面倒臭そう」というユーザーからの声だった。

 一方で、ドコモと契約済みのECサイトなどで決済する際、毎月の電話料金と合算して支払える「ドコモ払い」を利用している約1500万人ユーザーからは、「『リアルの小売店でも合算払いを利用できるようにしてほしい』との声が届いていた」(NTTドコモ スマートライフビジネス本部プラットフォームビジネス推進部の伊藤哲哉ビジネス推進担当部長)。

 そこでドコモは、「利用までの設定を簡単にし、電話料金合算払いの利用もできるようにすれば、QRコード決済サービスの利用者を増やして、ビジネスを拡大できる可能性が高い」(伊藤氏)と考え、d払いの開始に踏み切った。

 ドコモの場合、自社のスマホユーザーについては、4ケタのネットワーク暗証番号を画面上で打ち込む「回線認証」だけでユーザー本人の特定が可能なため、QRコード決済用アプリの初期設定は簡単にできる。携帯電話通信事業者(キャリア)が参入する強みだ。

20%のポイントバックも検討

 仕様の上では、ユーザーはd払いにクレジットカードにひも付けて決済することもできるが、ドコモがまず念頭に置いているのは、ドコモのスマホユーザーによる電話料金合算払いの利用である。

 新規参入に当たっては、ユーザーの利便性をまず高めることに力を注いだ。電話料金合算払いを可能にしたのはもちろん、まず競合他社同様、リアルな小売店でも、QRコード決済で「dポイント」がたまるようにし、支払いにもdポイントを充当できるようにした。

 d払いによる決済200円ごとに1ポイント付与と還元率はそれほど高くないが、dポイントカードを併せて提示すれば、100円ごとに1ポイントが付与され、計1.5%の還元率となる。

 この基本メニューに加えて、d払いで決済するとユーザーが得する各種キャンペーンを展開していく考え。「EC利用向けに年数回実施していた20%ポイントバックキャンペーンのリアル小売店向けの展開や、特定の小売店向けのポイントバックキャンペーン展開などを考えている」と伊藤氏は語る。

Android端末全機種にアプリを初期導入

 さらにドコモが、18年夏シーズンに発売する機種から、Android端末については全機種、「d払い」アプリをプリインストールしている。ユーザーがアプリをダウンロードする手間を省く。加えて、アプリ上にどんなキャンペーンが展開されているか、d払いを使える店がどこか、をそれぞれワンタップで表示できるようにした。ドコモが自社でコントロールできる端末をフル活用して、d払いの利用意欲を喚起する。

アプリの使い勝手向上とdポイントの活用によって、小売店へのユーザーの送客を狙う
アプリの使い勝手向上とdポイントの活用によって、小売店へのユーザーの送客を狙う

 そうして、約1500万人に達するドコモ払いユーザーに、d払いユーザーへと移行してもらい、高い頻度でd払い決済を利用してもらうことを狙う。

 もっとも、利用できるリアルな小売店が少なければ、d払いの魅力をいくら高めても、利用は伸びない。そこでドコモは、「d払いユーザーに日常利用してもらうため」(伊藤氏)、コンビニエンスストアやドラッグストア、飲食店チェーンといった大手の小売りチェーンをまず狙う。

 導入店数を一気に増やすため、パートナー経由の開拓を重視する。「モバイル決済 for Airレジ」を展開するリクルートライフタイルや、決済用専用端末に強みを持つネットスターズ(東京・中央)など6社以上の導入パートナーと提携。大手の小売りチェーン向けに、POSレジのソフトウエア改修・接続や専用端末の設置などを進める考え。

 「初年度中(2019年3月まで)に10万店の小売店でd払いを利用できるようにする」(伊藤氏)のが、当面の目標だ。

約2000万人のdポイント利用者を送客

 このため、d払いのQRコード決済は当面、ユーザーがアプリでQRコードとバーコードを生成・表示して、小売店側がPOSや専用端末で読み取る方式のみになる。楽天などが中小・零細小売店の開拓を狙って特に力を入れる、QRコードを紙などにプリントアウトして店頭に置く方式の決済には、「遠くない将来に対応していく考え」(伊藤氏)。当面は大手の小売りチェーンを狙うという姿勢が鮮明だ。

 その際の武器になるのが、dポイントと各種キャンペーンを使った送客効果、それにd払いアプリはもちろん、dポイントユーザーを束ねる「dPOINT CLUB」向けのメールなど、ユーザーに情報を伝えられる各種のオウンドメディアの活用である。「d払いアプリの画面に小売店がクーポンを配信できる機能は現在、開発中」(伊藤氏)だが、「約2000万人に達するdポイントユーザーのほとんどからはメール送信のパーミッションを得ている」(伊藤氏)ので、dPOINT CLUB向けのメールなどに、新たにd払いが可能になった小売店の情報などを配信していくことを進めていくようだ。

小売店側には懸念も残る

 ただ、小売店側からすれば懸念もいくつか残る。0%に引き下げたLINEやヤフーなどに比べると、3%台というd払いの決済手数料は割高に映る。またドコモが将来、アプリへのプッシュ通知やメールを使った小売店発のデジタルマーケティングを有料サービスにしていく方針なのも、気がかりだろう。

 それに、ドコモが運営する電子マネー、iDとのすみ分けが曖昧なのも気になるところだ。LINEなどは、電子マネーが既に普及している大手の小売りチェーンは電子マネーによる決済に任せ、キャッシュレスが普及していない中小・零細店を狙って、QRコード決済で開拓にかかっている。これに対してドコモは、「d払い、iD共に普及に力を入れていく」(伊藤氏)とは言うものの、両者が導入先として想定している小売店は重なる部分が大きく、店側からすれば、どちらを優先的に扱うのか微妙になる。

 これらのハードルはあるものの、ドコモは、まずはドコモ払いから移行してくるだろう約1500万人にd払いを頻繁に利用してもらい、将来は約5000万人のドコモのケータイユーザーにも、d払いを利用してもらいたい考え。そのためには、d払いユーザーに「リアルな小売店で決済しよう」と思わせるだけの魅力的な小売店を、その懸念に応えつつ早期に開拓するという、難しいかじ取りが求められるだろう。

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