楽天のQRコード決済サービス「楽天ペイ」導入店の裾野が広がっている。地方のタクシー会社や野球スタジアムのビールの売り子が導入を決めるなど、これまでキャッシュレス決済とは縁遠かった分野まで広がっているのが特徴だ。普及の契機は「紙にQRコードをプリントする」方式の採用だった。得意とする高ポイント還元策も投入し、「モバイル決済No.1」を獲得したと宣言する。さらなる普及策でシェア拡大を狙う。

楽天の楽天ペイはもともとは、楽天の会員IDを使って楽天以外のECサイトなどでも、登録したクレジットカードやためた楽天スーパーポイントで決済できるサービスだ。QRコード決済を導入したのは2016年10月のこと。普及に向け本格的な攻勢をかけ始めたのは、紙にプリントしたQRコードをリアル小売店に置いて決済できるサービスを始めた17年10月からだ。
それまでは利用者が自分のスマートフォンにQRコードとバーコードを表示し、店側がスキャンする方式などが主流だった。紙にプリントしたQRコードの導入で、利用者が店に置かれたQRコードを読み込んで店を特定してから、アプリ上で支払い金額を入金して店が確認する。こうした手順で決済が可能になった。QRコードを読み込む設備の負担がなくなり、中小小売店の開拓がしやすくなったようだ。
18年5月には、楽天ペイ加盟店がWebサイト上の加盟店ページから自店で使うQRコードを自ら印刷できる機能を追加して、利用の敷居をさらに下げた。
野球場のビールもQR決済に
この紙にプリントしたQRコード決済サービスを導入する企業が18年5月以降、相次いでいる。例えば、奈良近鉄タクシー(奈良市)や西部タクシー(浜松市)、浜松交通(浜松市)などが導入を決定。その結果、6月1日からは奈良県内のタクシー309台で、また同月4日からは浜松市内のタクシー242台で、それぞれ楽天ペイのQRコード決済サービスが利用できるようになった。
プロ野球チーム「東北楽天ゴールデンイーグルス」の本拠地である楽天生命パーク宮城では、観客席を回ってビールなどを販売する売り子の決済手段にQRコード決済サービスを導入。7月7日から利用を開始している。

従来、楽天ペイが比較的普及していた飲食、美容、アパレルという業態にとどまらず、幅広い小売店に普及を図れている。
楽天の楽天ペイ事業部企画&マーケティング課の諸伏勇人ヴァイスシニアマネージャーは、「第三者機関の調査によれば、現状でリアル店店頭のモバイル決済で最も利用されているサービスは楽天ペイだ。これからも、楽天ペイならではのメリットを示しつつ、楽天グループがこれまで培ってきたリアルの小売店に対する営業力も駆使したい。QRコード決済サービスを普及させ、この『モバイル決済No.1』というポジションを、より確固としたものにする」と意気込みを語る(調査主体:楽天、調査実施機関:インテージの「QRコード決済利用実態調査」より)。
狙いは「楽天経済圏」の拡大
楽天がQRコード決済をてこにして楽天ペイの普及に力を入れる理由は、「楽天経済圏」を広げることにある。楽天の国内約9500万人の会員基盤により、楽天の国内EC流通総額は、16年の約3兆円から17年は約3兆4000億円へと13.6%増。楽天カードのショッピング取扱高も、16年の約5兆円から17年は約6兆1000億円まで伸びて21.5%増となった。
しかし、EC全体では約13兆8000億円、家計消費は約242兆円の市場規模に上る。会員に楽天ペイに登録してもらい、楽天以外のECサイトやリアルな小売店でも使ってもらえれば、決済手数料や膨大なデータが楽天に流れ込む。
楽天市場内でも楽天ペイを普及させる手立てを打つ。18年7月17日に開催した自社イベントで講演した楽天の三木谷浩史会長兼社長は、18年11月中に楽天市場内の全店舗を、楽天ペイに対応させると表明した。現在は楽天市場内の約半数の店舗が対応するにとどまるが、顧客の決済手段を楽天ペイに集約することで、リアル店でも楽天ペイを使ってもらうきっかけにする狙いがある。
*2:経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」販売信用業務
*3:経済産業省「電子商取引に関する市場調査」2015年度推計値
楽天ペイは電子マネー、クレジットカード決済も対応しているが、楽天は今QRコード決済の普及に注力する。それはQRコード決済が、「日本中の多くの小売店を対象に考えたとき、店にとってもっとも手軽に、それも安価なコストで導入できる、普及しやすいキャッシュレス決済の手段」(諸伏氏)と考えているからだ。
なお、他のQRコード決済では利用者が自身のスマホにQRコードを表示し、店が読み取って決済する方式が一般的。店側のQRコードを紙にプリントして店頭に置く方式では、なりすましなどセキュリティー上のリスクが高いことが指摘されている。楽天は加盟店にそのリスクを説明して、定期的に異なるQRコードを発行して印刷しなおすことを推奨しているという。
9500万会員の送客効果
では楽天はどのような手法で、楽天ペイのQRコード決済を普及させようとしているのか──。
まず店側にとってのメリットは、冒頭で示した紙にプリントしたQRコードを活用することで導入コストを引き下げること。決済手数料は今のところ3.24%と、0%に引き下げたLINEやヤフーに比べると割高だが(7月18日時点)、店舗が楽天銀行に決済口座を持てば、決済翌日に自動入金というサービスも備える。通常は入金まで数日から1週間かかるのが珍しくないところ。資金繰りに悩む中小・零細の小売店にとっては心強いサービスだろう。
さらに、楽天ペイの背後には、ECで実際に買い物をしている約9500万人の楽天会員がいる。楽天は、ユーザーにも分かりやすいメリットを与えることで店頭への送客効果を示し、小売店の導入を後押ししている。
太っ腹の10%ポイントバック
楽天が楽天ペイのユーザーに与えるメリットは主に2つ。1つはポイントバックキャンペーンだ。18年3月23日から7月31日まで、楽天ペイ対応の小売店で商品・サービスを購入してQRコードで決済すると、購入金額の10%を楽天スーパーポイントでポイントバックするというもの。1人当たり5000ポイントまでという上限はあるものの、競合他社にはなかなか見られない太っ腹ぶりだ。
また、楽天市場や楽天トラベルなどでの商品・サービスの購入や、楽天カードの利用などで楽天会員に付与する楽天スーパーポイントを、楽天ペイのQRコード決済の支払いに当てられるのも、楽天会員にとってQRコード決済の利用を後押しするものだ。
楽天が発行している楽天スーパーポイントの量は、「16年で約2000億円に及び、その後も増え続けている」(諸伏氏)と言う。多額のポイントを保有する楽天会員に対して、リアルな小売店でも楽天ペイの支払いで楽天ポイントを使えるとうまく伝えられれば、「リアル店で楽天ペイを使うユーザーは増えるはず」と考えている。
実際、楽天ペイの場合、支払い時にクレジットカードでチャージしたか、ポイントを充当したか、デビットカード機能を使ったかを独自に調べたところ、「ポイントを支払いに充当する割合が非常に高い」(諸伏氏)という結果が出た。また、楽天が展開する他のサービスと比較した場合、「楽天ペイはリピート利用される率がかなり高い」(諸伏氏)という結果も出た。「いったん使ってもらえれば、ユーザーに楽天ペイの良さは伝わるはず」と諸伏氏は自信を隠さない。
当面は決済機能に特化して普及を図るが、中国のモバイル決済アプリ「支付宝(アリペイ)」や「微信支付(ウィーチャットペイ)」、いくつかの日本市場での競合他社が既に備えるように、個人間送金や資産運用といったサービスの提供を検討する考えだ。「20年までに勝負をつけたい」(諸伏氏)という楽天──。まずは、小売店の開拓に力を注ぐことになりそうだ。