集団的創造を突き詰める

津田 先ほど「暗黒の10年間」とおっしゃいましたが、猪子さんとしては、チームラボが大きくなっていく一方で、アートが評価されないことへのじくじたる思いがあったということでしょうか。

猪子 そうですね。当時は「世間的には意味のないものを作っているのかなぁ」と思うこともありました。ただ結果としては良かったと思っています。今があるのも、チームラボという集団としての母体があったからで、1人では作れなかったでしょうから。

津田 手堅い仕事が求められる企業向けのソリューションと、誰もが見たことのないものを作っていくクリエイティブなアートは、関わる人の文化も含めて異なる部分が多いと思うのですが、チームラボはそこがうまく混じり合っているように感じます。そのために代表として何か工夫した部分はありますか。

猪子 僕自身は11年以降、アートに軸足を移しているので、実はもうソリューションにはあまり関わってなくて、現在は共同創業者たちが支えてくれています。ただ、アートもソリューションも、「集団的創造」であることに変わりはないんですね。

 ソリューションと言っても、アプリやシステムを実際に作って納品する「作る」仕事。専門性を高く持っていなくてはいけないんだけど、実際に仕事をすると専門性が違う人同士が自分の境界を越えて作る必要が出てくる。だから、ソリューションに関わっていたころも、今も、境界を越えて作りながら考え、考えながら作る集団的創造の場にしようということは意識しています。

津田 チームラボがソリューションで培ってきたノウハウが、アートで生かされたりもしているのでしょうか。

猪子 今やっているアートもいわばソフトウエアの塊のようなものですから、テクノロジーのベーシックな部分では共通しています。大規模開発での開発プロセスは生かされていますね。

津田 「暗黒の10年」は言っても、その10年間にチームラボが大きく成長したことで、現在の大規模なアートも実現できているわけでもありますよね。

 単にアートを作っていくということだけ考えれば、猪子さん個人でやることも不可能ではなかったと思うのですが、チームラボという集団でやることにこだわったのはなぜですか。

猪子 デジタル社会が、集団的創造の時代だと強く思っているからでしょうね。チームラボという社名も、「チームのラボラトリー」――集団的創造の実験室、研究所という意味ですから。

 プログラミングやエンジニアリング、3DCGアニメーションといった高度な専門性を持った人たちが、異なる専門性を持った人たちと領域を越えて一緒になって手を動かしながら考えていく。前もって言葉で明確にするわけではなく、考えながら作ることが重要になっていく時代だと思っています。

津田 チームラボがこれだけ大きくなったということは、そのやり方は間違ってはいなかったということでしょうね。新しい価値を生み出そうというところで悩みを抱えている企業も多いのですが、集団的創造がそういった企業にブレイクスルーをもたらす可能性はあるのでしょうか。

猪子 うーん……、分からない。普通の企業であれば、前もってゴールを明確にしたり、言葉や論理であらゆることを説明できたりしないといけないのですが、それとは別のアプローチをすることが一般企業にとって果たして良いことなのか……。

津田 一般企業であれば、ビジョンを示して社員のモチベーションを上げることが重要だと言われたりしますが、チームラボは全くそんな感じはないですしね。傭兵集団という印象があります。

猪子 やることを示して、ただそれをひたすらやっていくだけです。とにかく作ることだけに集中する戦闘集団になっているんでしょうね。だから、作り始める時にアートのコンセプトもあまり共有しない。

津田 それは言わなくても分かっている、ということですか。

猪子 なんとなくは分かっているのかも知れませんが、基本的にはみんな専門性が違うから、それぞれが自分の専門とする目的に集中してもらっています。エンジニアであれば、実現するためには技術的な問題が山ほどあるから、そこに集中する。

津田 8Kプロジェクターを数十台使って、しかも全作品を通信させて滑らかに動かしているわけですからね。技術的ハードルは非常に高い。

 お話をうかがっていると、11年以降は、チームラボのアート部門も戦闘集団になっていって、猪子さん自身もアートに専念できる環境が整ってきたということですね。

猪子 そうですね。幸いなことに、今はアートに集中できています。作ったもので評価されて、それが次につながっていく。本当に幸せですね。

チームラボ猪子氏(左)と津田大介
チームラボ猪子氏(左)と津田大介

(写真/陶山勉)

※対談後編「チームラボ猪子代表×津田大介 アートで世界の価値観を変える」へ続きます。