※日経エンタテインメント! 2022年11月号の記事を再構成

MTVジャパンやユニバーサルミュージックなどで新規事業開発を担ってきた鈴木貴歩氏が、エンターテックの最新キーワードとキーパーソンを探る連載。今月は「顔認証チケット」に迫ります。音楽ライブのチケットが紙から電子へと進化を遂げるなか、近年注目を集めているのが、顔認証チケットです。その目的は、音楽界の長年の課題であるチケットの不正転売対策。購入者と入場者の顔を一致させることで、転売目的の購入を防ぐことを目指します。電子チケットの発行枚数で日本トップクラスの実績を誇るplaygroundが開発したのが生体認証技術「BioQR」。誰でも簡単に使えるだけでなく、導入した主催者側の負担やコストも抑えられると、「good digital award 2022」(デジタル庁主催)も受賞しました。代表取締役の伊藤KG圭史氏に話を聞きました。

顔認証チケット
顔認証システムを活用した電子チケットのことで、不正転売対策の切り札として導入する音楽ライブやアーティストが増加中。他のメリットとしては、目視と比べ本人確認の時間を短縮、人件費の抑制、非接触での入場が可能といったことがある。一方、海外では顔認証チケットの導入はあまり進んでいないという。伊藤氏によると、「不正転売に対する意識が日本ほど高くないことに加え、海外の認証サービスでは3~5%の割合で本人でも弾かれてしまうため、結果的に窓口業務が増え、余計なコストがかかってしまう」そうだ。
BioQR/特許も取得済みの独自の計算方式によって、「本人が通れない」を限りなくゼロに近づけ、ネット環境がなくても稼働できる生体認証技術を実現
BioQR
特許も取得済みの独自の計算方式によって、「本人が通れない」を限りなくゼロに近づけ、ネット環境がなくても稼働できる生体認証技術を実現

――「顔認証チケット」は、日本ではいつ頃から使われているのでしょうか?

伊藤KG圭史氏(以下、伊藤) 日本で初めて採用されたと言われているのが、2014年のももいろクローバーZのライブです。チケットサービスを行うテイパーズがNECの顔認証技術を活用して実施しました。その後も、嵐、宇多田ヒカル、B'zなど、多くの人気アーティストたちが導入しています。

 現在は、テイパーズ、ロココ、そして私どもplaygroundの3社が主に、顔認証チケットサービスの開発や提供を行っています。弊社は、21年の人気ゲームアプリのライブで初めて本格導入しました。

――「BioQR」はどのような経緯で開発しようと思ったのですか?

伊藤 僕自身、過去にスマホに電子ハンコを押すことで入場確認できる電子チケットを開発し、それが好評だったこともあり、業界の方々からご相談いただいていたのがきっかけです。「不正転売対策ができた上で誰でも簡単に使え、電波の悪いイベントにも対応し、セキュリティー対策も施した電子チケットは作れないか?」と。言われたときは正直、「できるかな?」と思いましたが(笑)、1年半の歳月を掛けて、それらの条件をクリアして生まれたのが「BioQR」です。

 チケット購入時に顔を登録していただき、入場ゲートではiPadに、顔とQRコードをかざすだけで1.5秒以内に入場可能です。QRコードは、紙印刷やスマホやガラケーのスクリーンショットでもOKのため、老若男女誰でも簡単に利用できます。また、運営側の利点としては、大掛かりな機材が不要なだけでなく、認証はオフラインで完結するため、電波障害などを気にする必要がありません。生体情報も、認証端末のiPadやQRコードにそもそも入っていないため、セキュリティー面でも安心な設計となっています。

伊藤KG圭史(いとう・けいじ)氏 上智大学卒業後、IBMで戦略/ITコンサル業務を経験。2017年にエンタメ業界のDXを推進するplaygroundを設立
伊藤KG圭史(いとう・けいじ)氏 上智大学卒業後、IBMで戦略/ITコンサル業務を経験。2017年にエンタメ業界のDXを推進するplaygroundを設立

逆転の発想の認証技術

――認証には、特許も取られた計算方式を用いているそうですね。

伊藤 従来の顔認証技術とは発想が違うんです。従来のものは海外の生体認証技術がベースのため、テロの犯人を見つけることから発展してきた経緯があり、「この人は誰なのか?」を当てにいきます。その結果、本人が来てもアラートが出てしまうことが多々起きており、入場における最大の滞留要因となってしまうんです。その点、「BioQR」は逆転の発想で開発されていて、「この人が入っていい確率は99.9%以上ですか?」と、入場の可否に特化した顔認証技術となっています。

――8月の「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」でも使われ、評判が良かったそうですね。

伊藤 計4日間行われ、1日に約4万5000人が来場したのですが、入場ゲートには行列が生じることなく、スムーズな入場を実現できました。大勢の人が集まったことで電波障害が発生し、一部のサービスが一時停止したりしたそうですが、こちらはオフラインで処理できるため影響はありませんでした。主催者からは「入場に関するクレームが全くなかった」とお褒めの言葉もいただきました。

 最近の他の事例だと、徳島県の阿波おどりですね。音楽ライブだけでなく、伝統行事などでも活用してもらえるという手応えを感じています。

 今後の展望としては、「BioQR」の認証技術としての進化はもちろんですが、弊社が提供中のクラウドサービス「MOALA」の各機能を活用してライブ配信、NFT、自社ECサイトなど包括的なDXやWeb3への変革をお手伝いしていきたいと考えています。

【スズキの視点】入場後の時間の有効活用にもつながる
スタートアップがよく問われるのが「どのペインを解決するのか?」ということですが、「BioQR」はまさに業界が示したペインを愚直に解決した理想的な例だと感じます。実際に話を伺うと解決策がとてもユニークで、「なるほど!」というところが多々あり、そんな発想の転換も伊藤氏の視野の広さにありそうです。今後、これらが業界の標準となってイベント入場がスムーズになると、入場後の時間が有効に使えて、グッズや飲食の消費が増えたり、今までになかったライブの楽しみ方も提案できるのではないかと思います。

(構成/中桐基善)

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