若者の“あめ離れ”が進んでいる中、Z世代を中心に話題となり、ヒットしたのが、“エモいあめ”の異名を取る「EMOTIONAL CANDY(エモーショナルキャンディ)」だ。あめ菓子製造・販売の老舗であるカンロ(東京・新宿)と、若年層がメインターゲットの雑貨店「PLAZA」を運営するスタイリングライフ・ホールディングス プラザスタイル カンパニー(東京・新宿)がコラボして開発した。なぜ若者に受けたのか。
エモーショナルキャンディは、プラスチック製で半透明のカラーパッケージの中に、袋入りのキャンディーが7個入っている菓子だ。パッケージの見た目はスマートフォンのような形状で、表面には楽曲のジャケット写真風のイラストと一時停止、曲送り、曲戻しなどの操作ボタンがプリントされ、音楽アプリをほうふつとさせるデザインになっている。
味とテーマが異なる3種類のラインアップがあり、それぞれ「風をきってつぎへ」「恋だったなんていえない」「夜よ、おわらないで」と、まるで楽曲のタイトルのような謎の名称が付いている。「リンゴ」「ブドウ」など、フレーバー名が付く一般的なキャンディーとは大違いだ。そして、裏面にはスマホの音楽アプリでよく見られるリリック(歌詞)が書かれている。まさに、“あめらしからぬ”パッケージだ。
この異色の風貌を持つエモーショナルキャンディが、2022年2月中旬、全国のPLAZAやMINiPLA、PLAZAオンラインストアで数量限定発売されるやいなや、若者の間でSNSを中心にバズを生み、飛ぶように売れた。その後も売れ行き好調を持続し、3月末には予定数量の95%を消化。オンラインストアやPLAZAの店舗でも品切れ状態が続いた。何がそこまで若者たちを引き付けたのか。
Z世代向けの商品開発、たった一つの鍵とは?
エモーショナルキャンディの出発点は、カンロが抱えていた「若者のあめ離れ」という課題だった。元来、ハードキャンディー市場は長期的に低迷傾向であり、逆に若者の間で人気が高まっているグミが売り上げをカバーする構図が続いていた。カンロでも、看板商品である「カンロ飴」をはじめとするハードキャンディーの商品群では、愛好者は中高年以上が中心となっており、どうすれば若者を取り込めるかに頭を悩ませていたのだ。
そうした中、カンロがタッグを組んだのが、顧客層の多くを若者が占めるPLAZAを運営するスタイリングライフ・ホールディングス プラザスタイル カンパニー(以下、プラザスタイル)だ。PLAZAでは、海外メーカーの菓子の他、国内メーカーの菓子も扱っており、カンロとも取引があった。広告代理店の発案で両者がコラボし、若者向けのハードキャンディーをゼロから作るプロジェクトがスタートした。
プロジェクトにはターゲットとする世代に近い20代の女性を中心に抜てきした。カンロからは、ブランド開発部の松田星来氏と武江史奈氏、プラザスタイルからは商品第一課バイヤー兼開発課の小泉春乃氏、商品第二課アシスタントバイヤーの菅野真帆氏が参画。特に、武江氏と菅野氏はともに26歳のZ世代だ。
まず、論点となったのが、若者のあめ離れの原因だ。カンロの松田氏はこう話す。
「同じキャンディー類でもグミは形が様々。ポップでかわいらしいものが次々と登場し、食感も軟らかめからやや硬めのものまで幅広くて楽しめる要素が多い。『地球グミ』など“新種”が出てSNSでバズる現象も生まれている。一方であめの印象は、形が丸くてオーソドックス。色は単色が多く、味もリンゴ味やブドウ味など、一粒で一つの味しかしないのがいまだに定番。つまり、ほとんど進化できてない」
加えて、Z世代にあめの印象を聞くアンケートも行った。すると、「口の中の滞在時間が長い」「味が変わらず単調」とネガティブな意見が続々と出てきた。さらに、他の調査で商品を選ぶ際の基準を聞くと、他の世代とは異なるZ世代特有の価値観も浮かび上がってきた。
「例えば食品であれば、単においしい、機能性があるといった点だけではなく、『共感できるかどうか』が鍵になる。また、数々のSNSを使いこなしている世代だけあって、『投稿して人に見せたくなる』『自分の親しい人に理解してほしくなる』といった点も重要な条件であることが分かってきた」(プラザスタイルの小泉氏)
すなわち、インサイトとしてあぶりだされた否定的な部分を克服し、共感性や拡散性がある商品にできれば、若者に受け入れられる可能性があることが見えてきたのだ。
あめを“エモく”する前代未聞のプロジェクト
若者に共感してもらう商品にするためには、感性をくすぐる必要がある。どうすれば感性に訴えることができるか――。
議論を重ねる中で、Z世代であるカンロの武江氏がふと漏らした言葉が突破口となった。それは、「Z世代にとって時間がかかり、退屈と思われてしまっている、あめをなめるという行為に『意味』を持たせられないか」という一言だった。
さらに、「あめが口の中で溶けていくさまには、『はかなさ』を感じる。その感情と絡めて、なめる時間を『エモい』と思わせるような仕掛けができないか」と武江氏は発想を広げた。ちなみにエモいとは、エモーショナル(感情的な)に由来するといわれる若者言葉で、切なさや懐かしさ、もの悲しさを感じたり、感動して心が揺さぶられたりしたときに使う。
それを受けて、カンロの松田氏もアイデアを出した。「パッケージ上で物語や音楽を表現し、あめとそれを連動させることで、なめている時間にストーリー性を感じさせる方向性はどうか」という案だった。つまり、なくなるまでに長いとされる時間を逆に利用し、ストーリーや情景を思い浮かべながらあめをなめることで、エモい気持ちにさせるというわけだ。
これをプラザスタイルとの話し合いで明かすと、プラザスタイル側でも同じようなイメージを思いついていた。こうして、「あめをエモくする」という前代未聞のコンセプトが固まり、プロジェクトは一歩前に進んだのだ。
では、ストーリーの表現方法はどうするか。音楽、小説、漫画など様々な手法が考えられる中、メンバーが選んだのは、独自に楽曲風のリリック(歌詞)を作り、パッケージに印刷するというものだった。音楽は多くのZ世代がスマホアプリで日ごろから接しているものであり、親和性が高いと判断した。
また、若い世代の間では、スマホに表示されたプレイリストや楽曲のジャケット写真をスクリーンショットし、SNSに投稿することがはやっているのもメンバーは知っていた。あめのパッケージをスマホのような形状にして、ジャケット写真や歌詞を印刷してプレイリスト風にすれば、見た目も共感を得やすくなると考えたのだ。
あとは、リリックの内容をどうするかだ。開発メンバーは、Z世代に受けている1970年代後半から80年代に流行したシティポップを中心に、自分たちがエモいと感じる楽曲を片っ端から聞きまくり、それぞれエモいと思ったフレーズを列挙し、共有した。加えて、それぞれの過去の経験からも、この年代の多くの若者に共通してエモく感じられるエピソードを出し合った。そうして挙がってきた素材をベースに、ひざを突き合わせてリリックの内容を固めていった。
結果、冒頭で紹介した3種類のタイトルとリリックが完成した。「風をきってつぎへ」は青春、「恋だったなんていえない」は恋心、「夜よ、おわらないで」は友情という、若い世代が好む鉄板のテーマ設定で、情景が思い浮かぶように作詞されているのが特徴だ。3種類のバリエーションの中から、自分が共感できそうなテーマを選べるようになっている。
「あえて『夜』を入れたのは、Z世代の間では夜という時間帯自体が『エモい』と思われているから」とプラザスタイルの菅野氏は話す。音楽ユニットのYOASOBI(ヨアソビ)もユニット名が夜に関連しており、それがZ世代に受けた要素の一つといわれている。
プラザスタイルがカンロと共同開発した新感覚キャンディーで、音楽の要素が入っているのが若者受けしているポイント。なめている歌詞に合わせて味が変化します。実際、「恋だったなんていえない」をなめてみると、最初はベリーの甘酸っぱい味がして、歌詞の内容とシンクロするように、途中からココアっぽい苦い味に激変。切なくほろ苦い恋心を疑似体験できました。こうしてキャンディーを“体験型”にして、商品価値を上げている点が新しいです。
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