実は今、韓国コスメ、中国コスメに続き、Z世代の若者の間で注目を浴びているのが、タイコスメだ。2020年夏、タイの人気ブランド「SRICHAND(シーチャン)」のフェースパウダーが日本で発売され、「マスクを着けていても化粧崩れしにくい」と大ヒット。21年は次々とタイコスメブランドが上陸し、商品ラインアップが一気に増える。タイ発「BL(ボーイズラブ)ドラマ」のヒットも追い風となりそうだ。
タイは、観光大国であると同時に、実は美容大国という側面も持つ。特に男女とも美白ケアには熱心で、幼少の頃から日焼け止めを塗って肌を守り、大人になってもスキンケアに余念がない。メーキャップの需要も大きく、そうしたタイ国内市場に向け、海外の有名ブランドの化粧品以外にも国内ブランドが乱立し、毎年大量の新商品が発売されている。
もともとタイの化粧品工場は、欧米ブランドのOEM生産を行っているところが多い。そうした工場で生産されるタイの国内ブランドの品質も総じて高いといわれる。また、タイは美容大国であるだけに、欧米だけではなく、日本、韓国、中国などの最先端コスメが流入している。それらの影響を受け、タイ国内ブランドも洗練された商品が続々とリリースされているのだ。
しかも、海外ブランドに比べてプチプラ(プチプライス=低価格)のため、多くの若い女性から支持を集めている。新製品を出せば売れる好循環により、タイのメーキャップ・スキンケア市場は、年平均成長率が8%で拡大し続けている。
そんな実力派のタイコスメはコロナ禍以前、年間約4000万人にも及ぶタイへの外国人観光客がこぞって買い求める土産としても人気を博していた。タイ好きな旅行者によって日本にも持ち込まれ、一部の女性の間で愛用されているのが実態だった。
そうした状況を大きく変え、大学生も含めて若い女性の間に広くタイコスメを知らしめるきっかけとなる商品があった。それが、2020年夏、日本に上陸して大ヒットした、タイ現地ブランド「SRICHAND(シーチャン)」のフェースパウダー「トランスルーセントパウダー」だ。なぜ売れたのか。
わずか4カ月で年間目標の2倍以上を販売
コロナ禍で若い女性たちを悩ませたのが、マスク問題。口の周りが湿気で蒸れ、猛暑による発汗もあって、せっかくの化粧が崩れてしまうことだ。若い女性の間では、まるで“顔が溶けている”とも表現される。それに対して、化粧した後の肌にシーチャンのフェースパウダーを軽く付けると、サラサラ感が持続し、化粧がそのままキープされる。マスクにリップの跡が付かない効果も得られるという。
さらに、容量4.5グラムのタイプが990円、10グラムのタイプが1980円(いずれも税込み)と、百貨店で販売されるデパコス(デパートコスメ)に比べてプチプラである点も多くの支持を集める要因となった。「タイの化粧品は、高温多湿な現地の気候に合わせて作られている。その機能性が、マスク内の湿気対策というコロナ禍ならではの問題を解決するのに役立ち、『タイコスメはすごい』と日本の若い女性の間で口コミが広がった」と、シーチャンを輸入販売する日本機能性コスメ研究所代表の林紗陽氏は話す。
当初、日本機能性コスメ研究所の自社サイトと、ラフォーレ原宿の自社店舗「コスメラボ」で販売開始すると、SNSで美容系インフルエンサー、美容師、ヘアメークアーティストを中心に話題が拡散した。その後、雑貨店のロフト全店で販売がスタートし、手軽に買えるようになると、我先にと手に取る人が増加。販売開始から約4カ月で年間販売目標の220%以上を売り上げる想定外のヒットとなり、一時品薄状態になったほどだ。
タイコスメは、機能性が高く、低刺激で肌にやさしい優秀な商品なのにプチプラで買えます。若い女性の間で、タイ土産の定番として近年はとても人気でした。そうした中、コロナ禍によって海外旅行ができなくなり、代わって日本上陸を果たしたタイコスメが若者にヒットしています。もう1つの側面が、従来、韓国一強だった若者のアジアトレンドが、分散し始めていることです。タイのBL(ボーイズラブ)ドラマのヒットが好例で、出演しているタイの人気俳優が広告に登場するタイコスメも、ファンによるグッズ収集の一環で流行しそうです。
有力タイコスメが21年に続々上陸
シーチャンのフェースパウダーの大ヒットで手応えをつかんだ日本機能性コスメ研究所は21年、タイでも人気の高い他のブランドのコスメを続々と上陸させる決断をした。3月下旬には、タイの大手化粧品メーカーであるカルマートが手掛け、人気を博している「CathyDoll(キャシードール)」を日本で発売。4月中には「idolo(イドロ)」、年内には、「Beauty Buffet(ビューティービュッフェ)」、「Baby Bright(ベイビーブライト)」を投入する計画だ。
いずれもタイ国内のドラッグストアやコンビニの化粧品売り場などでは、必ずと言っていいほど見かける有名実力派ブランド。肌をきれいにして美白を保ちたいタイの国民的なニーズに応える化粧品が多数そろう。また、日本の若い女性も求めている陶器のようにつるっとして自然なツヤ感のある肌に仕上げられるアイテムもある。多くはシーチャンのフェースパウダーのように高温多湿の中でも化粧崩れしにくい商品設計であり、夏場は猛暑で湿気が多い日本の気候とマッチしていることも強みだ。
もともとタイは20万種以上といわれる薬草やハーブの産地。それらの天然成分を原料に使った化粧品の開発が盛んだ。そのため、ナチュラルでオーガニックな商品が目立つのも特徴となる。製品開発の過程で動物の犠牲を強いる実験を行わない「クルエルティー(残虐性)フリー」のブランドも多い。自然派かつ環境に配慮したコスメを求める世界的なトレンドと合致しており、そうした点も日本の若者受けが良くなるポイントだ。
さらに、各ブランドには専門の調香師が配属されている場合が多い。タイ原産のハーブや花を10~20種類ミックスさせて生み出す各ブランドならではのエキゾチックな香りは、「欧米や日本、韓国、中国のどこでも嗅いだことがない、新鮮な匂いであり、タイコスメの魅力。この香りに魅了され、タイコスメの“沼”にどっぷりはまる若い女性は多い」と、林氏は語る。
こうして若者受けする要素が満載でありながら、プチプラであるコスパの良さも大きな利点となる。日本機能性コスメ研究所では、これらのブランドを日本で矢継ぎ早に発売し、“タイコスメ旋風”を巻き起こす構えだ。
タイコスメに吹く“韓流”に似た追い風とは?
中でも、特に注目されるのがイドロだ。イドロは、タイの著名コスメブランドである「MISTINE(ミスティーン)」と、タイのテレビ局「GMMTV」によって共同開発された新ブランド。商品コンセプトの企画に携わり、認知拡大のためのプレゼンター(広告キャラクター)に就任しているのは、タイの人気俳優、ワチラウィット・チワアリー(愛称:Bright[ブライト])と、メータウィン・オーパッイアムカジョーン(同:Win[ウィン])だ。
彼らは、20年2月にタイで放映され、その後YouTubeで海外配信されたことで、日本を含む世界の若者の間で爆発的にヒットしたBLドラマ「2gether(トゥギャザー)」に出演する主役の2人だ。
Brightはインスタグラムのフォロワーが696万人、Winは502万人にも及ぶ(21年4月初旬時点)。イドロのクレンジングジェル「MISTINE idolo BRIGHTSIDE」にはBright、ボディーローション「MISTINE idolo WINSKINN」にはWinの名前が商品名の一部に入っている。イドロはリップグロスやアイブロウなど他の商品のプレゼンターにも人気BLドラマの俳優を起用。BLドラマ人気を追い風に、一気にユーザーの裾野を広げる戦略を描いている。
2getherは20年6月、YouTubeの配信が停止され、無料で視聴できなくなった。だが、21年4月20日からテレビ大阪が地上波で初めて放送を開始し、6月にはドラマの映像をベースに撮りおろしの新規シーンも加えた映画『2gether THE MOVIE』も公開される。2gether人気が再燃し、イドロの売り上げにも大きく影響することが予想される。
過去を振り返ると、韓国コスメが日本に浸透したときも、K-POPや韓流ドラマなどのエンターテインメントに関心を寄せた若年層が、同じ韓国発祥のコスメにも興味を持ち、ブームとなった。「タイコスメは、BLドラマが大ヒットしており、韓国コスメのようなエンタメが後押しする構造になっている」と日本機能性コスメ研究所の呉尚幸氏は分析する。イドロを成功させることで、その後、既に上陸しているタイコスメや今後ローンチする商品への購買につなげていくのが、同社が思い描く青写真だ。
美白、化粧崩れしにくいといった機能性、プチプラな価格帯、BLドラマの後押しという3つの要素がZ世代を惹きつけ、21年は「タイコスメ元年」と言っていい年になるかもしれない。