“女性目線”でタピオカの鉱脈を探り当てる

 チーズハットグの紹介で確かな手ごたえを感じ、その後はまず新宿、新大久保、原宿、渋谷といった若者が集まるエリアのグルメ情報をSNS中心に徹底的に洗い出し、その中で投稿数が多かったり、大量のいいね!が集まっていたりする店をピックアップ。実際に自分で行って、自信を持って薦められる店だけを投稿する我流の方法論を見出した。

 さらに、女子高生、女子大生が、友人と一緒に人気店に行き、写真を撮り合って投稿していることに着目。「それをまねして、僕も店には必ず友人の女性と一緒に行き、食べ物だけではなく、女性の手元や体の一部が映り込むような写真を撮って投稿。10代、20代女子の日常の投稿と同じように見せる工夫をした」(りょうくんグルメ)。

女性の手元や姿の一部が映り込んだグルメ写真を投稿。女子の“日常感”を出して、親しみやすくした
女性の手元や姿の一部が映り込んだグルメ写真を投稿。女子の“日常感”を出して、親しみやすくした

 それだけではない。一緒に行った女性に、店の雰囲気や食べた感想をヒアリングし、「おしゃべりしやすい店か」「若い女性好みの味か」など、男性では気付かない視点もレビューに盛り込んだ。こうして若い女性の行動やマインドを分析し、それに寄りそったグルメ情報の投稿を繰り返すことで、徐々に信頼をつかみ、フォロワー数を増やしていったのだ。

 そうした中、見つけた金の鉱脈が「タピオカドリンク」だった。18年の春から夏にかけて、若者のメッカである原宿の街を観察していると、それまではなかった行列ができていた。行列の先をたどると、その発生源はタピオカドリンクの店だった。「見た目がかわいい、持ち歩きたい、SNSに載せたいなど、若者に流行る要素が盛りだくさん。直感的に大きくブレイクするなと。当時、タピオカドリンクに気付いている著名なインフルエンサーはいなかったので、自分にとっては千載一遇のチャンスだと思った」(りょうくんグルメ)。

 この機を逃すまいと、それからは新規オープンするタピオカドリンク店をしらみつぶしに検索。どの店もいの一番に行って、毎日のように「まじでこの世の全てのタピオカ好きに教えてあげたいんだが…」という決まり文句で、これでもか、これでもかと投稿を流し続けた。その執拗なまでの投稿の連打が、モデルで人気インフルエンサーの古川優香氏の目にとまり、彼女がいいね!をしたことにより大きく拡散。タピオカブームが世の中に広く認知されるとともに、「りょうくんグルメこそがタピオカブームの仕掛け人」という確固たる“称号”を得ることに成功したのだ。

18年半ばごろからタピオカドリンク店の投稿をツイッターで連発。タピオカブームの火付け役となった
18年半ばごろからタピオカドリンク店の投稿をツイッターで連発。タピオカブームの火付け役となった
インスタでもタピオカドリンク店の紹介を連打。ブームの仕掛け人の称号を不動のものにした
インスタでもタピオカドリンク店の紹介を連打。ブームの仕掛け人の称号を不動のものにした