奥谷孝司氏と岩井琢磨氏がオンラインとオフラインとにまたがる「場」で進行中のデジタル革命を追う本連載。今回はチャネルシフト・マトリクス図を通して米Amazonと中国・アリババ集団の戦略の違いに迫る。
前回の記事で説明したように、Amazonとアリババは「オンラインに巨大なECを持つ」という点は同じでも、オフラインでの場の作り方は全く異なるものだった。
Amazonは「Amazon Prime」会員を囲い込み、彼らを優待する「PLACE」(場)を自前で広げることで、会員のLTV(顧客生涯価値)を上げていくという動きをしている。一方でアリババは、その重点を「決済システムによって顧客とのつながりを築くこと」に集中した。そのために自前の場(PLACE)にこだわらず、「支付宝」(アリペイ)による大量の顧客行動データを基に、「芝麻(ゴマ)信用」というパーソナルプライシングの仕組みを生み出し、これに多様なプレイヤーがつなぎこめる状態を築いている。
この2社は何を重点とするかという発想が、まるで違う。これは同じECを出自としていても、至ったマーケティングモデルが異なるということだ。
ではここで思考実験として、アリババのENGAGEMENT 4Pを描いてみよう。
記事冒頭の図で赤い色で塗られている「ENGAMEMENT」と「PRICE」が、アリババが注力している領域だ。図で示した通り、彼らは売り場も展開しているが、自前の場(PLACE)にはとらわれていない。自社グループの店舗でもニューリテールを追求する一方で、他社に決済アプリという「場」を開放し、顧客の動きを掴んでいる。むしろ集中している場は自社の決済アプリという場であり、決済システムによるつながり(ENGAMEMENT)である。そしてこれを基点とした、「芝麻(ゴマ)信用」という強い価格提案(PRICE)のシステムを構築している。それ以外の販促提案(PROMOTION)や製品・サービス提案(PRODUCT)は、アリババの決済プラットフォームの上に載った他社が自主的に展開するという構図である。
アリババのポジショニングをチャネルシフト・マトリクスで見ると、どの象限にも入り込めるマトリクスの中心に位置している。決済、個人データの獲得、信用付けによって、新しいチャネルシフト、型破りな戦略を行なっていると言えるだろう。
このポジションにいる以上、極論すれば彼らにとってつながる小売りは何でもよいのだ。あらゆるチャネルでの購買行動を把握することで、アリババと顧客とのつながりはさらに深くなる。そしてこのつながりを基点として、個人の信用格付けを行うことで、さらなるつながりを深めていくというわけだ。
中国に行って多くの人が驚くのが、店舗のスクラップアンドビルドの早さだ。筆者らが行った際にも、お目当ての無人コンビニを探し当ててみたら閉店していたり、ニューリテールでも楽しみにしていた店舗が何の知らせもなく閉店されていたりした。どんどんつくって、ダメならすぐにやめていく。乱暴に見えるが、この試行錯誤のスピード感に背筋が寒くなった。リテールの次の姿は、まだ誰にもはっきりとは見えていないのだ。だからこそ、早くトライして早くやめる。そしてそこから次の機会を掴むという、圧倒的な挑戦の姿勢とスピードが中国にはある。その動きに危機感を我々は持つべきなのであろう。
決済に重点を置くアリババにとって、この変化スピードの速さは大きな機会だ。自らの決済プラットフォーム上に乗せ、成長が見込めたら資本関係を結んでも良いし、駄目なら手放せば良い。アリババの顧客拡大スピードは、自社の店舗拡大スピードとは比例しない。「何に注力するか」を、決済システムに置いたことが、アリババの成長をさらに早めている。
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