渡辺謙と菊川怜によるプレゼン形式CMから武井咲の『黒革の手帖』風CMまで自ら“総監督”を務め、広告業界の専門誌『ブレーン』の年間グランプリ優勝も獲得している。Hazuki Company代表取締役会長の松村謙三氏が語る広告戦略やCM制作のリアルな裏側とは。

初代キャラクター・石坂浩二の「品質保証効果」で急成長

 Hazuki Companyの前身は、ローラースケート靴「ヒーリーズ」や子ども用クレヨン「ベビーコロール」などのおもちゃや日用品を販売していたエー・ジーだ。同社が2006年にタカラトミーの傘下となり、翌07年に松村氏が代表を務めるプリヴェ企業再生グループが買収。17年に社名変更し、Hazuki Companyとなった。

 ハズキルーペは、松村氏がエー・ジーのメガネ型拡大鏡「ペアルーペ」に着目。レンズやフレームのデザインを変更し、グループ会社の神田通信工業に最新鋭の自動化工場を作り生み出した。

 「日本の老眼人口は5000万人以上います。ルーペですから、子どもも使えます。幅広い層が狙えると思いました。

 私のビジネスモデルは、什器(じゅうき)と商品サンプルを大量に貸し出すことで、実質的な売り場を作っていくというものです。他のメガネメーカーさんもメガネ屋さんに什器を置いていますが、『必ず20万円分は買い取ってくれ』というふうにメガネ屋さんに条件を出すんですね。什器もそこに置く商品サンプルも安くないので、置く店舗が少ないのですが、私どもは什器もサンプルも神田通信工業に作らせてますので、コストを抑え、無料で貸し出すことができるんです」(松村氏)

 こうして眼鏡店をはじめ、家電量販店やデパート、大型書店などに什器を置いて売り場を拡大。18年12月には取扱店舗が約5万店に達しており、「大手コンビニや郵便局の数も超えて、実質的に日本最大のチェーンを築き上げています」と松村氏は胸を張る。

 この拡大につながった第1の広告展開が、2010年、イメージキャラクターに石坂浩二を起用したことだ。

 「発売後、営業が眼鏡店の開拓に行ったのですが、『什器とサンプルを無料で貸します』というと、『新手の詐欺じゃないか』と怪しまれて、警察に通報されたりしたんですよ(笑)。でも半年くらいして、石坂浩二さんがCMを受けてくれるという話になり、石坂さんを起用したポスターやリーフレットを持って行ったら、『ちゃんとした商品なんだな』と思ってもらえたみたいで。そこから取扱店舗が増えました」(松村氏)

 当時から新聞や折り込みチラシをメインに、テレビCMも放送。「2年間で、広告宣伝費に50億円かけました」と松村氏は明かす。しかし「莫大な広告宣伝費をかけても、利益を維持できるほどの店舗網がまだなかった」として、2年で大量出稿を取りやめた。

BSやCSでのCMで弾みを付けて地上波へ

 大量生産の技術開発などに力を入れて体制を整えた後、15年8月、捲土(けんど)重来を狙って始めたのが、シニア層に強いBSやCS、地方局を中心としたテレビ出稿だ。

 「石坂浩二さんが趣味の鉄道模型作りを楽しむCMをメインに、ジュディ・オングさん、長谷川初範さん、川崎麻世さんらを起用したCMを放送したところ、取扱店舗が毎月500店のペースで増えて、採算も黒字になりました。

 ただ、BSやCSは、キー局と比べると視聴者数が少ない。より拡大させるのは地上波だと思い、宣伝広告費100億円をベットする賭けに出ました。それが、17年12月からの舘ひろしさんを起用したCMです」(松村氏)

 舘が若い女性に「パパ」と呼ばれながら、夜景が見えるレストランでディナーを楽しむ――この父と娘の関係性が「パパ活」に見えると話題に火がついた。そして18年2月、平昌冬季五輪の中継番組スポンサーとなって同CMを大量投下すると、認知度が急上昇。取扱店舗は「1カ月に3000店のペースで増え続けました」と喜ぶ。

 実は松村氏、この舘ひろし編からCMに積極的に意見を出すようになっていったという。

 「企画にはもちろん、撮影現場でも『もっとアップで撮ってください』とか口を出してました。いい役者は表情がいいから、アップで撮った方がいいんですよ。なのに監督は引き画で格好よく撮ろうとして、『夜景をもっと見せたい』『花火を打ち上げよう』なんて言っている。花火とハズキルーペ、何も関係ないじゃないですか。なんで、そんな意味のないところに尺をとるのか……。その場で文句を付けたら、監督が真っ青になって、『会長、ここからはもう僕らがやりますから!』と制されたんです。俺はスポンサーなのに(笑)」(松村氏)

 館編の「次」が、渡辺謙と菊川怜のプレゼン形式CMだ。渡辺については、映画『SAYURI』(05年)などを見て、前々から大ファンだったという。

 「渡辺謙さんは横顔に生きざまがにじむ、一流の役者。いつかCMに出てもらいたいと思っていました。ただ、当時58歳。ルーペのCMをやってくれるだろうか、と不安もあったんです。でも快く『やりましょう』と言ってくれました」

 しかも前編で紹介したように、「世の中の文字は小さすぎる!」など怒りをテーマにCMアイデアも出してくれたという。松村氏は新たに組んだ代理店とクリエイターに「謙さんの『怒り』をテーマにしてほしい」と話したが、その後、提案された企画に「怒り」が入っていなかった。さらにもう1人、別のクリエイターに頼んでも、また「怒り」がなくあきれた。

会長の「怒り」が沸点に達し、「もう、自分でやる」

 「そのクリエイターは、『僕は謙さんと仕事ができると思うと、鳥肌が立ちます』と言っていたんですよ。なのに、謙さんが何日もかかって考えた『怒り』が入ってない。『本当に自分で考えたの? 下請けに仕事させて、自分で考えていないんじゃない?』と聞いたら、黙っているんですよ。それで席を立って部屋を出たら、代理店の人が『2人もクビにされて、どうしたらいいんですか』と追いかけてきた。だから僕が言ったんです。『もう、僕がやります。下請けの、シナリオ書いてる人間をみんな呼んでくれ』と」(松村氏)

 こうして集まったプランナーたちに、コンセプトを話したという。

 「『渡辺謙さんの怒りと、表情をしっかりみんなに見てもらいたい。それにはTED風のプレゼン形式がいい。ナレーターを使うのは最後のスペック紹介のところだけで、役者さんに話してもらいたい。セリフを考えて、うまくやってください』と話しました。でも上がってきた絵コンテは、ナレーションばかりですよ。これはダメだと思って、夜の9時半から朝の4時半までかけて、1人で書き直しました。もう、原形をとどめていない」(松村氏)

 そこから撮影やCGの一流スタッフを集め、衣装も「代理店に頼むと予算内に収めようとして安っぽいものを持ってくるから」と、グッチやディオールなどのブランド服を自腹で用意したという。菊川怜は、この企画に合わせてキャスティングした。

 「菊川怜さんは、もともと僕がファンであったことで、(所属事務所の)オスカープロモーションさんから菊川さんはどうかとお話があり、ぜひにとお願いしました。脚がきれいなので、できればショートパンツをはいて、お尻で商品を踏んでもらいたいと思いました。

 尻踏みは、もうずっと前からやってるんですよ。石坂浩二さんのころから、座らせてきた。座らせるのに、長いスカートじゃつまらないじゃないですか。だから衣装合わせのときに菊川さんに相談したら、『いいですよ』と。『ハズキルーペ、大好き』とも言ってもらいたいんです、と話したら、『何でもやりますよ』と言ってくれてうれしかったですね。彼女が『大好き』というときのハートマークのポーズは、撮影現場で謙さんの意見を聞いて、胸元でポーズを取ることになりました」

 こうして企業のトップが自ら「総監督」した異例のCMを放送。すると、すぐに好感度トップ10入りを果たし、異色のCMとしてメディアがこぞって取り上げた。