ムロツヨシが1人5役を演じたニッスイの「大きな大きな焼きおにぎり」のCMが、CM総合研究所発表の「銘柄別CM好感度トップ10」の10位に入るヒットとなった(8月前期調査)。前編では、このCMの誕生の背景や成功要因を探ったが、後編では、クリエイターと企業の10年にわたる歩みなどを紹介する。

近年、共働きや単身世帯の増加により、必要なときに必要な分だけ解凍して食べられる「冷凍食品」の市場が拡大している。
2018年4月18日に日本冷凍食品協会が発表した「平成29年(1-12月)冷凍食品の生産・消費について(速報)」によると、17年の冷凍食品国内生産(数量)は160万968トンで、過去最高だった前年を3%上回っている。金額(工場出荷額)は前年比4.5%増の7180億円となり、02年以来、7000億円台に乗った。
同協会は「平成30年“冷凍食品の利用状況”実態調査」(調査期間3月3~4日)も発表。過去3年間の利用頻度は、「増えた」が女性で14.1%から25.8%に、男性も14.2%から23.0%へ増加している。日本水産の木幡知子氏が前編で「需要を増やすためには、(各家庭の)お父様にも食べていただきたい」とムロツヨシを父親役に起用した狙いを語ったが、それはこの増大する男性消費者も意識したものだろう。
また、この調査で注目したいのは購入場所だ。スーパーマーケットに加え、ドラッグストアやコンビニが増加傾向にあり、店頭での販路の広がりが見える。
この店頭での販売促進に力を入れようと、09年に誕生したのが、オリジナルキャラクターの「やき おにお」だ。現在、その等身大人形(着ぐるみ)は、週末ごとに全国のスーパーなどに派遣されて店頭をにぎわせているという。この「やき おにお」を企画したのが、スリーディーのクリエーティブディレクター・及川貴雄氏だ。
クリエイターファイル1「及川貴雄」

及川氏は00年に読売広告社に入社し、クリエイティブ局のCMプランナー・コピーライターとしてキャリアをスタート。その後、統合プロモーション局に転属し、商品開発、ウェブプロモーション、PR戦略、オウンドメディアなど幅広い施策を手掛けた。16年に独立し、スリーディー(ddd inc.)設立。以降、サンスター「Ora2」のコンセプトメークやパッケージングを含めた広告全般、アイデムのオウンドウェブメディア「ジモコロ」などを手掛けている。また防衛省の募集広報にも携わり、災害や事故の際に役立つ自衛隊員のワザを紹介するウェブ動画「LIFEHACK」を企画。18年8月には『自衛隊防災BOOK』(マガジンハウス)として書籍化され、発売から1カ月で10万部突破のベストセラーとなった。
「CM制作で大事にしているのは、人々の印象に残ること。そのために『面白い』『気持ちいい』『おいしそう』というような、人間の一番シンプルな感情に訴えるものを意識しています。ただし、もうCMを作って終わり、という時代ではない。ウェブでどう話題が広がっていくのかなども考えたうえで、総合的な企画をするようにしています」(及川氏)
「やき おにお」も、及川氏ならではの総合的な企画だ。
「09年当時、日本水産さんが募集していたのは、主に店頭プロモーションの企画でした。『商品の発売から20周年。せっかくなので、お皿のプレゼントなどではなく、ブランドの財産になるようなキャンペーンにしたい』とおっしゃってました。商品のパッケージを見ると、特徴的なデザインのおにぎりの写真が入っている。そこに入っていけるような、店頭をにぎやかにしてくれるキャラクターがいたらいいのではないかと考えました」(及川氏)
日本水産は及川氏のキャラクター展開を採用したが、「不安もあった」と木幡氏は明かす。
「それまで弊社は、商品キャラクターを作って全面的に押し出す企画をあまりやったことがなかったんです。それで09年は、取りあえず店頭とウェブだけで展開していたのですが、『せっかくキャラクターがあるんだから、もっと活用したら?』と社内で声が上がってきて。翌10年からCMキャラクターとして押し出すようになりました」(木幡氏)
おにおくんの声には、焼きおにぎりと同じく褐色の肌を持つ歌手・松崎しげるを起用。ソウルフルな歌声も話題になり、1~2年ごとに、おにおくんが登場するCMを制作するようになった。さらに14年からは、タレントを起用してパワーアップを図る。
「例えば氣志團の綾小路翔さんには、おにおくんと同じようにアニメのキャラクターになって出演していただきました。より主婦層ターゲットを意識して、鈴木砂羽さんを起用した年もありました」(及川氏)
その頃からチームに参加したのが、読売広告社のコピーライターでCMプランナーの永野広志氏だ。
クリエイターファイル2「永野広志」

永野氏は06年読売広告社入社。6年間の営業局勤務を経て、12年にクリエイティブ局のコピーライター、CMプランナーとなった。これまで、ぺんてる、東急ハンズ、桃屋、などを手掛け、近作には栗山千明と平泉成が出演した「BookLive!コミック」のCMや、明治のウェブ動画「大人のチョコスナック6秒劇場 きの子と竹彦」などがある。視聴者が思わず笑ってしまうような、エンターテインメント性の高いCMが多い。
「CMを作るうえで大切にしているのは、自分がまず、面白いと思えるかどうか。ずっと業界にいると、作り手やクライアントの目線になってしまいがちですけど、普通に視聴者としてCMを見ても、『面白かったな』と思えるものにしたいと思っています」(永野氏)
16年のムロツヨシの起用も、永野氏と及川氏の提案だ。今でこそムロはCM契約7社を誇る、男性でも4位の人気タレント(日本モニター調べ「2018年上半期タレントCM起用社数ランキング」)。しかし起用当時は「CMはまだ2~3社だった」(永野氏)という。この伸びしろを見据えた先見性と、細部にまでこだわって作り上げたインパクトが、今年のCMヒットにつながった。
「ムロさんの顔と、子役の体がちょっとでもズレると面白さが半減するので、合成には力を入れましたね。子役の体形にもこだわりました。去年の『懐かしの味』編に出てきた少年時代のムロさんは、半ズボンで太ももがピチピチだったんです。今年登場した妹も、同じようにピチピチがいい。それでまずは女の子で体を探してたんですが、なかなかイメージに合う子がいない。オーディションの途中で『女の子より、男の子の体のほうがいいんじゃないか?』と考えて、最終的には去年、ムロさんの少年時代の体を演じてもらった男の子に、今年の妹の体もお願いしました(笑)」(永野氏)
ムロツヨシ起用シリーズで年々好感度が上昇
ムロを起用した16年の年間CM好感度はCM総研が発表している上位1000位中686位。それが17年には453位に飛躍しており、今年はさらに上昇しそうな勢いだ。好調の要因を、永野氏は「見せるべき商品の情報と、テレビの前の人を引きつけるエンターテインメント性のバランスをニッスイさんと僕らで共有できていることが大きい」と話す。及川氏も同意見だ。
「企画段階から考えると、もう10年近く携わらせていただいています。年々信頼していただけるようになって、今ではわりと自由に、足かせなく企画をさせていただいている。それが、テレビを見ている人に『面白い』と思ってもらえる企画につながっているのかもしれません」(及川氏)
出てくる人物はみんなムロだらけ――。アクの強い企画を実現できたのは、クリエイターと企業が築き上げた信頼関係の力も大きいようだ。
(写真/三川ゆき江)