※日経エンタテインメント!2018年11月号の記事を再構成
昭和の夕暮れ時、おばあちゃんが七輪でおにぎりを焼いている。香ばしい匂いを嗅ぎ、うれしそうな女の子。そこに帰ってきた野球部の兄が、歓喜の声を上げて焼きおにぎりにかぶりつくと、場面は変わってそこは現代。「思い出しちゃうな、あの味」と遠い目をするムロツヨシに、サッカー帰りの息子が「コバラ空いた!」と声をかける……。ムロが1人5役を演じて話題の、ニッスイ「大きな大きな焼きおにぎり」のCMだ。

同商品は1989年発売のロングセラー。2009年、20周年を機にオリジナルキャラクター「やき おにお」を生み、10年からCMに投入。14年は氣志團の綾小路翔、15年は鈴木砂羽を起用し、タレントとも絡ませて展開してきた。
「焼きおにぎりを召し上がることが多いのは、お子様と、実際に買われるお母様。でもお父様にももっと食べていただきたい。そこで、16年からは子どもとお父様を描きつつ、主婦にも共感してもらえるCMにしたいと思いました」(日本水産の木幡知子氏)

その要望に応えたのが、おにおくんの生みの親でもあるクリエーティブディレクターの及川貴雄氏(ddd inc.)と読売広告社のプランナー永野広志氏だ。おにおくんという、子どもが親近感を覚えるキャラクターを作りつつ、その声を当初より松崎しげるに依頼するなど、大人ウケする部分も盛り込んできたという2人。16年には、当時人気が上昇していたムロのCM起用を提案した。
「ムロさんは主婦層にファンが多く、子どもにも人気。お父さんを演じてもらえれば、一石二鳥だと思いました」(及川氏)
ムロ初出演の16年のCMでは子役を起用し、天然パーマや走力などが遺伝してしまったほほ笑ましい父子の物語を展開。17年は、ムロがおばあちゃんの焼きおにぎりを思い出しながら息子と商品を食べる「懐かしの味」編を企画した。当初はムロがおばあちゃんと本人の2役を演じる予定だったが、「やるなら思いきったほうがいいなと。子役も全部ムロさんにやっていただく企画になりました」(永野氏)。

ムロが4役を演じた同作が好評だったため、今年は妹役までムロが演じる続編を制作。それが冒頭の「青春のコバラ」編だ。7月から放送すると、CM総合研究所発表の銘柄別CM好感度トップ10の10位にランクイン。好感要因の「商品に引かれた」では5位に輝いた(共に8月前期調査)。

インパクトと情報を両立
成功要因としては、登場人物の顔がみんなムロという強烈なインパクトが大きい。撮影で大変だったのは子ども時代。まず子役で体を撮影し、その後、ムロが顔中心に芝居をして合成した。視聴者の声は「面白い」が圧倒的に多いが、「クセが強い」「怖い」との声も。
「もちろんそこも狙ってました。気持ち悪いくらいのほうが最終的に受け入れられるというか…妙にリアリティーがあると、冗談にならなくなる。冗談として受け入れてもらえるギリギリの線を狙って、リアルサイズより顔をちょっと大きくしたりしています」(及川氏)
アクの強い企画にOKを出して進めた、企業の力も大きい。
「もっと商品の特徴を具体的に伝えてほしい、といった意見も社内にはあります。でも15秒で伝えられることには限界がある。『おいしそうだな、食べたいな』と思っていただける表現は守りつつ、適切なインパクトを出すことを意識してきました」(木幡氏)
確かに、香ばしくおにぎりが焼けるシズルカットがあり、商品パッケージもおにおくんもきちんと出している。さらに「チン!」という効果音で冷凍食品であることも自然と伝わる。インパクトの裏に、訴求ポイントを盛り込む作り手の技が光るCMだ。

(写真/三川ゆき江)