牧場で3頭の馬が並んでいる。中央の馬が「♪ニッシンボー 名前は知ってるけど~」と歌い出すと、左右の馬が徐々にコーラスに参加。最後は、「♪ニッシンボー 何をやってるかは知らない~」と見事なハモりを見せる……。日清紡ホールディングスの企業CM「歌おう! ニッシンボー うま篇」だ。

日清紡ホールディングスのテレビCM「歌おう! ニッシンボー うま篇」
日清紡ホールディングスのテレビCM「歌おう! ニッシンボー うま篇」
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 日清紡ホールディングスは、1907年に紡績会社として設立。以降、事業の多様化が進み、現在は無線・通信、マイクロデバイス、精密機器、ブレーキなどの部品や素材を、企業向けに製造・販売している。

就活する大学生がターゲット

 「今は売り上げの9割以上が繊維以外。株式区分では電気機器の会社になっています。課題は一般消費者からの認知が低く、その影響がリクルートにも出てきたこと。認知度向上を目指している中で2012年に始めたのが、犬の二人羽織のシリーズでした」(日清紡ホールディングス コーポレイトコミュニケーショングループの喜田清弘氏)

 顔は犬、手は人間の「二人羽織」で、「♪ニッシンボー 名前は知ってるけど~」と歌うユーモラスなCM。企画したのは、電通関西のクリエイティブディレクター・古川雅之氏だ。

 「CMは、送り手が思っているほど視聴者は積極的に見てくれない。まずはどういうビジュアル、どういう音だったら振り向いてもらえるかと考えました。考えあぐねている最中に、愛犬家の方たちが、自分たちのペットで二人羽織をして楽しんでいる動画に出合いました。これは面白い! と、モチーフに。アレンジしてCMにすることを提案しました」(古川氏)

 音楽は、au「三太郎」、日本コカ・コーラ「からだすこやか茶W」などのCMを手掛け、21年はNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』にも起用された音楽プロデューサーの緑川徹氏(メロディー・パンチ代表)にオファー。

 「リクルートのことを考えると、直近のターゲットは大学生。でも本当のターゲットはもっと広くて、その親御さんだったり、大学生になる前の高校生や中学生、小学生だったりします。その子たちが大学生になって就職を考えるときに知名度は命です。この方向性を目指すなら『日清紡』もいいな、と名前が挙がってくることが大事。だから音楽は、NHK『みんなのうた』で流れるような、小学生でも口ずさめるようなものがいいとお話をして、実際にそうなったと思います。うちの子の小学校でも、みんな意味も分からず『♪ニッシンボー』と歌ってましたから(笑)」(古川氏)

 こうして生み出した犬の二人羽織のCMを放送すると、話題となってシリーズ化。二人羽織でギターを弾き語りしたり、卓球をしたり、皿回しをしたりと様々なアイデアで見る者を楽しませてきた。さらに15年は深田恭子、16年はきゃりーぱみゅぱみゅと、著名人も起用。19年には犬からマレーグマにバトンタッチして「クマーシャル劇場」を展開するなど、「毎回、工夫しながら、鮮度を保ってきました」(古川氏)。

CGを駆使した愛らしい馬の合唱

 そして22年に始めたのが、「歌おう! ニッシンボー」のシリーズだ。「犬、マレーグマと来て、今度はどんな動物が歌うとチャーミングに見えるかなと考えて、提案したのが馬でした。馬って、どこか人間っぽさがありますよね。たてがみは髪形みたいで個性があるし、表情も豊かに見えます。そんな馬が、3頭並んで一生懸命歌っていると、かわいいんじゃないかと。さらにみんなでハモったりすると、歌もビジュアルも面白くなりそうだと思いました」(古川氏)

 アナログなCMに見えるが、実はCGを駆使している。最新のモーションキャプチャー技術を使い、人間の動きに馬の表面を合成して制作された。

バラバラな3頭が、最後は見事なコーラスを披露。牧場の背景は合成、馬はCGというから驚きだ。大日本除虫菊「タンスにゴンゴン」、JR東日本「行くぜ、東北。」などを手掛ける真田敦氏が、シリーズ開始以来監督を務めている
バラバラな3頭が、最後は見事なコーラスを披露。牧場の背景は合成、馬はCGだ。大日本除虫菊「タンスにゴンゴン」、JR東日本「行くぜ、東北。」などを手掛ける真田敦氏が、シリーズ開始以来監督を務めている
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 「スタッフが力を入れてくれて、精度の高いCGを作ってくれました。ただ、あまりに馬がリアルすぎると、怖く見える。かわいらしく見えるさじ加減にはこだわりました。また、せっかく牧場が舞台なので、外ならではの気持ち良さや開放感を出したいという思いもありました。

 歌については、最初から上手にハモったり、最後まで音程を外しっぱなしで歌ったりと、いろんなパターンを試しました。最終的には、鼻歌を口ずさむうちに楽しくなってきて、最後は奇跡的にきっちりハモって歌い上げるという流れにしました」(古川氏)

 完成したCMを4月11日から放送すると、CM総合研究所発表の4月後期銘柄別好感度ランキングで2位にランクイン。喜田氏は「過去最高の好感度」と喜ぶ。

 「放送後、CMを見られた80代の女性からお手紙をいただいたんです。『コロナ禍で友達と会えない中、このCMを見て大笑いできた。友達に電話で教えて、盛り上がることもできた』と感謝されて、我々スタッフ一同、感激しました」(喜田氏)

「何も言わない」を10年

 シリーズの成功要因としては、「動物モノ」「歌モノ」の強さに加え、特有の「ユルさ」も大きい。

 「広告の目立ち方で一番分かりやすいのは、ほかと違うこと。最近のCMは情報量が多くて、スピードも速いですよね。そんな密なCMが多い中に、ゆったりとして情報が少ないCMが挟まると、流れが変わって目立つ。『結局何も言ってないぞ!』とツッコみたくなるようなユルさが、好感度につながっているんじゃないかと思います」(古川氏)

 確かにこのCMは「何も言ってない」。社名と「今、必要な会社」というコピーはあるものの、「名前は知ってるけど、何をやってるかは知らない」と歌うだけだ。

 「何も言わないのは、事業が多岐に渡っていて、一言では説明できないから。でもCMで『何も言わない』ことは勇気がいるので、普通のクライアントでは、なかなかできないことだと思います。しかも何年か続けたら、『そろそろ何か言おう』となるのが普通。それに抗って、10年間同じ企画を続けるのは、パンクというか、ロック(笑)。その蓄積が、今のブランドの力になっていると思います」(古川氏)

 実際に効果も上がっている。

 「日経の企業イメージ調査では、11年に84.2%だった認知度が、18年に94.1%にまで上昇しました。採用試験への応募全数は、4割以上増加しています。他社さんに比べて少ない放映量ながら、CM総研さんのランキングでも非常に高い好感度を得られてきたのは、それだけ素材の力がすごい証し。今後も続けられるように、頑張っていきたいです」(喜田氏)

喜田 清弘 氏
日清紡ホールディングス コーポレイトコミュニケーショングループ
1993年、日清紡績入社。03年に広報課に異動になり現在に至る

古川 雅之 氏
電通関西支社 クリエイティブディレクター
1999年、電通入社。2010年「梅の花」でACCグランプリ、17年ガリガリ君「値上げ」、20年キンチョウ「G作家の小部屋」でTCCグランプリなど、受賞歴多数。日清紡のほか、大日本除虫菊、赤城乳業などのCMを手掛けている