ヘッドホンを付けて、動画を見たり、雑誌を読んだり、ゲームに夢中になったり……。お酒を飲みながら思い思いに過ごす女性の姿を、実写とアニメの2バージョンで描いて話題になったのが、サントリー「ほろよい」のCMだ。
「ほろよい」は、アルコール度数3%の低アルコール飲料として2009年に発売。発売時のCMでは、20~30代をターゲットに、チャットでつながりながら家飲みする若者像を描いて人気を得た。
今回は、新フレーバー「レモみかん」の発売を機に、「(アルコール度数)3%で心地良く楽しめるお酒という価値を改めて伝え、鮮度を上げたいと思いました」と、サントリーBWS社戦略本部コミュニケーション部長の重野謙介氏は話す。
新たにクリエイティブ・ディレクターに起用したのは、電通の奥野圭亮氏。お笑いコンビ・ハライチの岩井勇気と女優の伊藤沙莉が出演する「ボス カフェベース」や、「マリオ」を実写化した「デカビタC」など、近年サントリー関連の広告を立て続けに手掛けている。
「リモートワークの普及で、オン・オフの境目が曖昧になってきた今、オフに切り替えるためにお酒を飲む人もいると思います。以前は強めのお酒でパッと酔ってすぐ寝るという人も多かったようですが、“おうち時間”が増えたことで映画を見たり、ゲームしたり、好きなことをしながらお酒を楽しむスタイルが増えてきました。とすれば、そんなシーンにぴったりハマるのが、酔いすぎない『ほろよい』になるのではないかと考えました」(奥野氏)
そこで、「ほろよい飲んで、なにしよう?」をコピーに設定。家でほろよいと自分時間を過ごす女性を、6つの主要フレーバーに合わせて6人分描こうと考えた。ヒントにしたのは、新型コロナウイルス禍で人気になった「ローファイ・ヒップホップ」(※)という音楽ジャンルだ。
「“チル”な音楽の心地良さやほんのり気分が高まる感じは、ほろよいと親和性が高いのではないかと思いました。また、音楽を聞いたり映画を見たり、何かをしながら飲むのにちょうどいいお酒がほろよいだとすると、広告よりもカルチャーに寄り添える表現にできたら良さそうだねとチームで話し合いました。それを分かりやすく体現できる手法が、アニメでした。アニメと実写の両方をあわせて世の中に出すと、話題になるのではないかと考えました」(奥野氏)
新潟在住のイラストレーター、HAIを起用
アニメ版には、独特の色彩感覚が印象的な新潟県在住のイラストレーター、HAIを起用。実写版の俳優には、濱口竜介監督の映画『偶然と想像』や今泉力哉監督の映画『街の上で』など、気鋭監督の映画でヒロイン役が続く古川琴音を選んだ。
「今旬のイラストレーターとして、アートディレクターの井本善之君(電通)が探してきてくれたのが、HAIさんでした。今回は『ローファイ・ヒップホップ』に加えて『シティポップ』というキーワードもチーム内にあり、HAIさんは、そこに合致するアナログな懐かしさを感じさせる。また、何色使っても絵がごちゃごちゃせず、透明感があるところも魅力でした。
古川琴音さんはヘッドホンを着けている姿がさまになり、カルチャー感を体現できる方。しかも今回は6人の女性を演じられる実力のある俳優さんがいいなと思い、彼女しかいないんじゃないかと提案しました」(奥野氏)
監督には、NTTドコモのCM「星プロ」シリーズなどで知られる柳沢翔氏を起用。実写とアニメの両方を並行して制作していった。
「ほろよいは、パッケージ自体、すごくきれいで繊細な色づかいをしている。そういうお酒はなかなかないので、全体の世界観にも商品の色構成をリンクさせてつくりあげていきました。いろんな色味がありつつも、それがどぎつくならないように、コントロールしました。
HAIさんには、大まかな方向性をお伝えしつつ、まずは描きたいように部屋を描いてくださいとお願いしたんです。そうして送られてきた『レモみかん』の部屋が素晴らしかったので、それをベースに実写の部屋のディテールを作っていきました」(奥野氏)
2曲の組み合わせで幅広い世代に訴求
今回、奥野氏と重野氏が最も議論を交わしたのは、音楽だったという。
「これまでのCMでは、少し年上向けのお酒に見えた気がしたので、コミュニケーションターゲットは20~30代に戻すべきじゃないかと提案しました。ですが、ほろよいは思った以上に年代問わず、幅広い世代の方々に飲まれていたのです」(奥野氏)
「メーカーとしては、愛してくれているお客様に嫌われたくない。全世代に愛されるチャーミングな企画に見えるよう、音楽で工夫できないかと奥野さんに相談しました」(重野氏)
奥野氏が柳沢監督や音楽プロデューサーの冨永恵介氏と話し合い、出てきたアイデアが、2曲を組み合わせる「マッシュアップ」という手法。幅広い世代に愛される小沢健二の『今夜はブギー・バック(nice vocal)』と、若年層に人気のtofubeats『水星』を組み合わせて、このCMでしか聞くことができないオリジナル楽曲を作り上げた。
そうして完成したCMを、順次オンエア。まずアニメ版を2022年2月5日から、実写版を翌6日から、さらに2つがつながった60秒の特別編集版を7日から放送していった。
「今回の企画がよく伝わるのは、アニメ版。まずはアニメ版をティザーとして出したいと思いました。そして『アニメだけかと思っていたら、実写まであるのか!』とびっくりさせたかったんです。さらに視聴率の良い月9枠(『ミステリと言う勿れ』)で、アニメから実写にすり替わっていく60秒版を放送すると話題になるだろうと。狙い通り60秒版がTwitterでトレンド入りして、予想以上の反応があったときはうれしかったです」(奥野氏)
CM総合研究所発表のCM好感度調査では、22年2月後期の好感要因「商品にひかれた」部門で9位にランクインした。
「ウェブなどではスキップされることも多い広告ですが、今回は『ほろよいのCMが見たいのに、見られない』というツイートが見られて、『やった!』と思いました。CMを打つと新商品が売れることが多いですが、今回はほろよいシリーズ全体の売り上げが伸び、想像を超えた反響がありました」(重野氏)
ほろよい=自分時間のお供
近年、アニメCMを目にする機会が増えたが、酒類では珍しい。
「アニメは子供の興味を引く可能性があるので、慎重にならざるを得ないんです。でも、みんなが手を出しづらいからこそ、今回は新鮮に映ったのかもしれません。さらにアニメと実写があることで、多くの人が『見たい』と思うCMになったのではないかと思います。ただ、企画を見たときは、『2本分だから、お金がかかるなぁ』と思いましたね(笑)。でもまず自分たちがわくわくして、『やってみたい!』と思えた。そのわくわくは、生活者にも伝わるんじゃないかと思いました」(重野氏)
酒類のCMには、商品をおいしそうに見せる「シズルカット」や、アップでの「飲みカット」がある。だが、今回のアニメ版には皆無だ。
「アニメでシズルカットをやっても、どうしてもおいしそうに見えない。『飲みカットも、商品の大写しも今回はしません』と、無邪気なお願いをしました。重野さんにはそのすべてを理解いただき、社内で意見調整もしていただけた。制作に関わるみんなが同じ方を向くことができて、妥協のないものを作ることができたと思います」(奥野氏)
重野氏がセオリーに縛られることなく英断できたのは、今回のほろよいのシズルに対して、独自の観点を持っていたから。
「例えば某デリバリーサービスのCMには、食べ物の“シズル”は一切出てこない。何かをしている最中におなかがすいて、『さあ、何を食べよう』と気付いた瞬間を描いています。彼らはきっと、『それが自分たちのシズルだ』と規定したのだろうと思うんです。今回、奥野さんに企画をいただいて思ったのは、『ほろよい飲んで、なにしよう?』という、この『何かをしている様がシズルなんだ』ということ。それを信じようと思ったことがよかったのかもしれません」(重野氏)
今後については検討中とのことだが、今回のコンセプトは継続していきたいという。
「ほろよいが、自分時間を楽しむ相棒のような存在になれるよう、『ほろよい飲んで、なにしよう?』を継続して訴求していきたいです」(奥野氏)
サントリーBWS社 戦略本部 コミュニケーション部長
電通 クリエイティブディレクター