アサヒビールは、約28年ぶりに復活させた「アサヒ生ビール」(通称「マルエフ」)を「スーパードライ」と並ぶブランドに育てようとしている。ブランドパーパス(存在理由)は「心にあたたかな灯をともし、ぬくもりある日本をよみがえらせる」。そのCMに、新垣結衣を起用した理由とは。

2021年9月から放送された「アサヒ生ビール」の第1弾CM
2021年9月から放送された「アサヒ生ビール」の第1弾CM

 足早に人々が行き交う街。新垣結衣が立ち止まり、心の声が響く。「何かと忙しい時代。心のゆとりを忘れてしまいそうで……」。街の明かりを見て思い出すのは、行きつけの居酒屋の人々の笑顔だ。帰宅してくつろぎ、缶ビールをグラスに注ぐ新垣。ベランダから「日本のみなさん、おつかれ生です」と語りかける……。「アサヒ生ビール」の第1弾CM「おつかれ生です」篇だ。

 1986年に発売された同商品。当時業績が低迷していた同社は不死鳥(PHOENIX)のように復活しようという願いを込め、「『マルエフ』という開発記号でビール造りに取り掛かりました」(アサヒビールマーケティング本部宣伝部担当課長の大場洋右氏)。

 「発売後は、“コクキレ”(コクがあるのに、キレがある)ビールとして人気を得たのですが、翌87年に“キレ”を押し出した『スーパードライ』が大ヒット。スーパードライに集中するため、93年にやむを得ず缶・瓶の製造を終了しました。

 以降は、飲食店の要望を受けてたる詰めの生ビールとして販売してきました。しかし今、酒税改正で、再びビールの需要拡大が見込まれる。スーパードライと並ぶ柱にしたいと、改めてマルエフ缶の再発売を決断しました」(大場氏)

 ブランドパーパス(存在理由)は「心にあたたかな灯をともし、ぬくもりある日本をよみがえらせる」に設定。CMでは、飲食店で愛されてきた歴史や、スーパードライとは異なる「まろやかな味わい」も伝えたいと考えた。

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新垣結衣と竹内まりやの起用理由

 これらのオーダーに応え、CMを企画・制作したのは、電通のクリエイティブディレクターで、コピーライターの郡司音氏だ。

 「オリエンテーションを聞いて、このビールは心にもうまい、ハートを温めてくれるものじゃないかと思いました。そこで提案したのは、『Heart Warming Beer』というワード。慌ただしく閉塞感もある世の中、みんなを癒やすビールになってほしいと思いました。

 ストーリーは、今の世相を描き、次に記憶の中の飲食店、最後にそれを思い出しながら部屋でビールを飲むという3部構成に。論理的に考えたので、最後は少し肩の力が抜けた言葉があった方がいいんじゃないかと、『おつかれ生です』というフレーズを考えたんです」(郡司氏)

 そのフレーズを発するキャラクターとして起用したのが、新垣結衣だ。

 「『癒やし』『心に灯り』といったイメージを、説得力を持って伝えられる人は多くはありません。『日本のみなさん、おつかれ生です』というセリフも、人によっては大上段な物言いをしていると感じられてしまうかもしれない。新垣さんなら、そこもクリアできると思いました」(郡司氏)

 音楽は、マルエフが発売された80年代後半から90年代前半のヒット曲にしたいと考えた。

 「当時を知る40代以上には懐かしく、若い人には新しく感じられるような“ニューレトロ”の文脈にある曲がいいなと思いました。そこで30~40曲をリストアップして、ビデオコンテ(絵コンテを映像化したもの)に当てたのですが、『癒やし』や『ぬくもり』を説得力を持って伝えられる曲はなかなかなかったんです。そうして行き着いたのが、竹内まりやさんの『元気を出して』。特にラストの『♪人生は、あなたが思うほど悪くない』という部分がCMの内容に合っていて、そのフレーズの後にアウトロ(楽曲の終わりの部分)があるところも良かった。最後の『アサヒ生ビール、復活』という新垣さんの声が乗りやすいと思ったんです」(郡司氏)

 こうして2021年9月から第1弾CMを放送すると、発売と同時に完売が相次いだ。

 「3日後には一時休売を発表し、CM放送も止めて順次体制を整えました。そして11月から再販売したので、まだまだブランドの世界観が浸透していないはず。年末の第2弾、年始からの第3弾でも、評価をいただいた第1弾の構成を続けて、しっかり世界観を受け取っていただけたらと思いました」(大場氏)

 放送再開後は、CM総合研究所の銘柄別CM好感度調査で、12月前期に1位、1月前期に2位を獲得するなど好調だ。

上から2枚が第2弾、下が第3弾。基本的な構成は第1弾と同じだが、キラーフレーズの「おつかれ生です」は、毎回言い方を変えているという。また、最後に商品を飲んで「ほっ」とする表情にもこだわっている
上から2枚が第2弾、下が第3弾。基本的な構成は第1弾と同じだが、キラーフレーズの「おつかれ生です」は、毎回言い方を変えているという。また、最後に商品を飲んで「ほっ」とする表情にもこだわっている

賭けだった「おつかれ生です」

 郡司氏が一貫して力を入れてきたのは、飲食店のリアリティー。

 「仕事帰りに一杯飲んで帰りたくなるような店のセットを作り、店員と新垣さんのやりとりや、楽しそうにみんなが飲んでいる雰囲気にもこだわりました。ちなみに第1弾で店の大将が『たっぷりぷりぷり ぷりっぷり』と言ってビールを新垣さんに渡す場面は、アドリブ。そこが新垣さんのすごいところで、『だいたいこんなことを話してほしい』と伝えると、フリートークをしながら引き出してくれるんです」(郡司氏)

 大場氏がこだわったのは、商品の魅力を伝えるシズルカットだ。

 「スーパードライとは味わいも情緒も違うので、やはり、それに応じたシズルで見えるべきだと思いました。そこでグラスに注ぐカットは、まろやかに見えるように。『おつかれ生です』のところでも、グラスの中のビールが雲海のように泡から液へじわ~っと黄色に変わっているタイミングで撮りたくて。1テイクごとに、グラスを変えていただきました」(大場氏)

 また、郡司氏はビールを飲んだ後のリアクションにもこだわったという。

 「普通は『クーッ! うまい!』というリアクションになると思うんですけど、飲んで『ほっ』とするビールはあまりない。他社のビールとの差別化という意味も含めて、飲んだ後に『はぁ~』と緩む感じを大事にしています」(郡司氏)

 さらに編集では、視聴者がゆったり見られるよう心を砕いている。

 「カットをバンバン入れた方が、ビールのCMらしく感情が高ぶります。でも大場さんの方から、『癒やしやぬくもりは、心にゆとりがあるからもたらされるもの。あまり忙しくならないようにつなぎましょう』というお話があって。全体のカット数を減らしたりして、オーダーに応えました」(郡司氏)

 こうして「マルエフらしさ」を着実に落とし込んだことが、シリーズの成功要因だろう。そして視聴者の心に刺さったのが、新垣の「おつかれ生です」だ。SNSには「癒やされる」といった声が多いが、郡司氏は「賭けだった」と話す。

 「マルエフが発売された80~90年代のCMには、例えば『ちゃんとちゃんとの味の素』のように、みんなに愛されるキャッチフレーズがありました。そんな肩の力が抜けた言葉にしたいと『おつかれ生です』にしたんですけど、言ってしまえば、オヤジギャグじゃないですか(笑)。『ダジャレだね』で終わっては意味がないので、最後まで入れるか悩みました。でも、現場で新垣さんがその言葉を発したときに、みんなが『おおっ!』と、のけぞったんです(笑)。その様子を見て、ちゃんと心に響く言葉として機能するんだなと実感しました」(郡司氏)

 そのキラーフレーズは、毎回、ニュアンスを変えているという。

 「子どもの頃、映画評論家の水野晴郎さんの講演会に行ったことがあるんです。そのときに、解説をされていたテレビ番組の『金曜ロードショー』での決めぜりふ、『映画って、本当にいいものですね』という言葉について、毎回込める思いを変えているという話をされていて。例えばアクション映画と恋愛映画では違うし、そこに批評も入っているらしいんですね。それに近いことをやれたら、1作ごとに『おつかれ生です』の意味合いが違ってくるんじゃないかと思って、新垣さんとディスカッションしながら決めているんです。例えば、第1弾は緊急事態宣言下だったので、包み込むような優しさを。年末の第2弾は1年を思い返すように。第3弾は新年に期待して浮き立つような気持ちで語りかけていただきました」(郡司氏)

 ウェブでは、新垣が曜日ごとに異なる「おつかれ生です」を言ってくれる動画「#今夜のガッキー」を展開。年始には、初夢や年賀状について語り、最後に「おつかれ生です」を放つ動画も展開した。

 「テレビCMは、非常に重要なコミュニケーションのチャネルだと考えています。ただ、今の時代はSNSとの両輪でコミュニケーションしていくことが広くみなさんに知っていただくことにつながると思いますので、撮影スケジュールにねじこんでいただいてます(笑)。今後も様々な展開で、このブランドのぬくもりや癒やし、ホッとする感じを消費者の方に受け取ってもらえたらいいなと思っています」(大場氏)

 2月15日には「アサヒ生ビール黒生」も発売。狙い通り、スーパードライと並ぶ「金看板」になるか、注目される。

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