※日経トレンディ2018年7月号の記事を再構成

学生時代、父親に薦められた名著が若い層にも読み継がれている――。発行部数200万部を超えるベストセラー『漫画 君たちはどう生きるか』誕生の背景には、職場の30代の男女が口にした「愛読書です」との言葉と、そこから得た気づきがあった。

名著とマンガの掛け算で、読み返し&ギフト需要を喚起し200万部(画像)
名著とマンガの掛け算で、読み返し&ギフト需要を喚起し200万部(画像)
名著とマンガの掛け算で、読み返し&ギフト需要を喚起し200万部(画像)
鉄尾周一氏
取締役 第二編集局 局長
書籍・ムック出版局 局長
1983年にマガジンハウス入社。「an・an」編集長、書籍編集部編集長などを経て2013年から書籍の編集局局長。「美女入門」シリーズ(林真理子)や「村上ラヂオ」シリーズ(村上春樹)をはじめ、手掛けた書籍は多数

 吉野源三郎氏による原作『君たちはどう生きるか』は、1937年に書かれた児童文学。出版社を変えながら書店に並び続け、82年から発行する岩波文庫版だけでも累計130万部に達する超ベストセラーだ。学業優秀な少年「コペル君」と「叔父さん」の交流を通じて、生き方や考え方の指針に触れられる。

 「いい本は世代を超えて読み継がれる。だが、よりよく伝わる手段は時代によって異なる」(鉄尾氏)。名著をマンガ化すれば、既に読んだことのあるシニア世代を中心に“読み返し需要”を掘り起こせる可能性がある。さらにマンガなら、普段は本を読まない人や子供にも気軽に「読んでみては」と手渡すことができる。自分が父親に薦められて読んだように、シニア世代が周囲に薦めることが増えると見込んだ。戦略は的中。発売直後からシニア世代が子供に買う動きが見られ、その後もテレビで紹介されたのを機に母親が子供へ、さらに教師が生徒へなど、ギフト需要が部数伸長の一因となった。

 難解な本をマンガ化する手法は以前からある。しかし、鉄尾氏が成し遂げようとしたのは、「マンガでよく分かる」ではなく「マンガとして読んで面白い作品にする」ことだ。

 とはいえ、マガジンハウスはマンガに縁のある出版社ではない。そこで知人を介して知り合ったのが、マンガ家の羽賀翔一氏。同氏の作品を読んだところ、「原作に合う誠実かつ素朴な絵で、コペル君のイメージが湧いた」。羽賀氏が手掛けた、タイトルの強さに負けない“顔面ドン”の表紙は店頭で手に取らせる一因となった。

 また、マンガ化に当たり「おじさんのノート」はあえて活字にし、コペル君が手に取って読んでいるかのような体裁にした。ノート部分もマンガにするとページ数が多くなるとの物理的な理由もあったが、それ以上に大きかったのが、「マンガの途中で活字が出てくると“引っ掛かり”ができ、考えるきっかけになる」という点。マンガだからこそ可能な演出を考え抜いて“掛け算”したからこそ、従来のマンガ化タイトルをはるかにしのぐ部数を記録。マンガの可能性さえ広げる事例となった。

 販促手法で特筆すべきは、メディアで継続的に取り上げられるよう、その時々で話題になりそうな著名人や団体などに継続的に献本を行ったことだ。例えば、2017年末から18年初旬にかけては、世代を超えて人気を集める箱根駅伝の出場校や平昌五輪の出場選手などに、積極的に書籍を送った。「提案できるネタを仕込み、事件を生み出す。だから(部数が)停滞しない」。ブームは当分続きそうだ。