寿司皿にICチップを取り付けて、単品管理をし、売れ筋から需要を予測する。ネタごとに決められた距離を回ると自動廃棄されて、商品の鮮度を保つ。回転寿司チェーンのあきんどスシローは店舗運営にデータをフル活用するビッグデータカンパニーだ。そのスシローが、データのマーケティング活用にも本格的に乗り出す。

 同社は6月中に、スマートフォン向けアプリ「スシロー」を活用したチェックイン機能を、店頭の整理券発券システムに搭載する。スシローの基幹システムとも連携しており、アプリ利用者が何人で利用したか(組人数)、利用金額はどれほどか、といったデータの分析が可能になるという。スシローはこうしたデータを蓄積した上で、CRM(顧客関係管理)や広告配信に生かすことを目指す。

クーポン機能を搭載しない理由

アプリから順番待ちの整理券を“発券”できる

 スシローが提供するアプリは、地域を選ぶなどすると表示される店舗一覧に、店ごとの待ち時間が表示され、それを見て、来店予約ができることが特徴だ。飲食店チェーンが提供するアプリの多くが搭載するクーポン機能はない。その理由は、顧客の声にある。「利用回数が減少している顧客にアンケートを実施したところ、混雑していて待たなければならないという理由が最も多かった」(森井理博執行役員マーケティング本部長)。スシローでは夕飯時など一部の時間帯に来店が集中しがちで、そのために待ち行列ができることが、離反につながっていたのだ。一方で、価格面では不満の声はほとんどみられないという。

 こうした声を受けて、価格に不満が少ないなら利益を圧迫する一律配信のクーポンは必要ないと判断。混雑の軽減と来店数の平準化こそが、解決すべき課題だと捉えた。簡単に待ち時間が調べられ、席の予約ができる機能に特化させたのには、そうした背景があった。

 アプリ経由で来店予約をする方法は2種類ある。まずは、来店日や時間を決めて座席を確保する、一般的な事前予約の方法である。

 もう1つは、アプリからその日(当日)の、個別の店舗での来店を申し込む方法だ。

 スシローの店舗では、事前に予約をせずに来店した顧客は、店頭の発券システムで整理券を取り、その番号順に呼び出される。この順番待ちが、来店しなくても(来店する前でも)できる、というものである。この方法で順番待ちを申し込むと、席へ案内する時間の30分前と、10分前に、アプリにその旨の通知が配信される。それを見て、時間に間に合うように来店すれば、待ち時間ほぼゼロで着席できる。

 席に案内する時間は、アプリから順番待ちを申し込んだ時点での待ち人数などから推定している。そのアルゴリズムは、スシローが独自に開発したものだという。

 予約の仕組みを、このような2段構えにした理由を、森井氏はこう説明する。「一般的な予約の仕組みでは、混雑する時間帯に予約が集中することを回避できず、予約ができなかった人は結局は並ばなければならない。これでは抜本的な不満解消にはつながらないと考えた」。

 この機能は、アプリと発券システムとを連携させる必要があったことから、席予約のASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)などを利用するのではなく、イチから自社開発して実現した。

デモグラより行動データ重視

 まずは一部店舗でテスト運用をしたが、「最初は待ち時間を算出するアルゴリズムの予測精度が低かった。テストを通じてデータを貯めていき、精度を高めていった」(森井氏)。そして十分に精度が高まったと判断し、2月から全店展開を始めた。このアプリを通じたユニークなサービスを店頭で案内したり、テレビCMでも告知したりした結果、アプリは既に140万件以上ダウンロードされているという。

 ただアプリの提供を始めた後、新たな課題が浮上した。それは、アプリから順番待ちを申し込みながら、来店しないケースが散発したことだ。プッシュ通知を切っていて来店し忘れたり、気が変わって来店しなかったりなど、理由は様々だろう。

 案内予定の時間から30分が経過するとキャンセル扱いにはなるが、それまでの間、顧客が来店したかどうかを、店舗のスタッフが確認しなければならず、大きな負担となっていた。店頭の発券システムでチェックインする機能を追加開発したのは、その解消が大きな狙いだった。
 
 具体的には、アプリから順番待ちを申し込んだ顧客は、その後、来店したら、店頭の案内パネルで事前に通知された番号を入力して、来店を登録すると案内される。案内予定の時間までにチェックインをしないと、キャンセル扱いになる。

 このチェックイン機能の導入によって、席ごとの人数、利用金額などのデータが、アプリで取得したスマートフォンの識別IDとひも付けて管理できるようになる。

 「当社にとって、最も優先度の高いデータは来店頻度、組人数、そして利用金額だ。チェックイン機能の導入で、アプリ利用者ごとに最も必要なデータを得られるようになる」(森井氏)。

 順番待ちの申し込みをするだけなら、利用者はアプリから個人情報を入力する必要はなく、スシローはデモグラフィックデータは得られないが、森井氏は問題視していない。「デモグラフィックデータはそれほど重視していない。それよりも、鮮度の高い行動データを重視している」からだ。

一部店舗で展開中のテイクアウトサービスを、間もなく全店展開する

 ただ、「もう間もなく、テイクアウトサービスを全店展開して、アプリから申し込めるようになる」(森井氏)。テイクアウトサービスの利用には会員登録を求めているため、同サービスの利用が広がれば結果的にデモグラフィックデータも集まる可能性がある。

 こうして、まずはアプリ利用者ごとのデータを取得できるようにする。並行して「本格的なCRMのプラットフォームも現在開発中だ」と森井氏は明かす。今後、過去の注文履歴から量を重視するような顧客であれば、その行動に合わせたメニューやキャンペーンをプッシュ通知で告知する、といった施策を実現可能にする。

 また、DMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)の導入も検討しており、スシローの持つデータと、DMP事業者などが持つ第三者のデータを突合させることで、例えば、来店頻度が高い人と近しい行動をネット上でとっている人に対して広告を配信するといった、ネット広告の最適化にもデータを活用することを目論む。

 一方で、まだ課題も残っていないわけではない。「アプリの提供の最大の狙いは、空いている時間の来店率を高めることだが、まだそこまで劇的な成果は出ていない。また、アプリのアクティブな利用者は3割程度にとどまるなど、アプリを便利に使うための利用法を啓蒙するなどしていく必要がある」(森井氏)。こうした課題を解決しながら、データのマーケティング活用の本格化を目指す。

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