我々はどこまでテクノロジーを高度化させればいいのか――。米国サンフランシスコで5月20-21日に開催された「ad:tech San Francisco 2015」の会場からは、そんな来場者のため息が聞こえてきそうだった。

 広告やマーケティングに関する意思決定をシステムによって自動化する「プログラマティックアドバタイジング」や「マーケティングオートメーション」など、従来よりも高度なテクノロジーの導入が企業のマーケティング部門に求められるようになった一方、IT企業ではない一般の企業にとって、テクノロジーそのものが悩みの種になっている実情が、カンファレンスから浮かび上がった。

消費者の「瞬間」を狙うグーグル

 今回のad:techの“表の主役”は米グーグルだった。基調講演には、同社の広告/コマース部門の総責任者であるシュリダール・ラマスワミ上級副社長が登壇し、グーグルのモバイル広告に関する最新の方針である「マイクロモーメント(瞬間)」を説明した。

 ラマスワミ上級副社長は、「スマートフォンの利用動向から、消費者の『マイクロモーメント(瞬間)』における『インテント(意図)』をリアルタイムに捉えられる。消費者の意図を正しく理解することで、消費者により正しい答えを提供し、より正しい意思決定を支援できるようになる」と主張する。

TrueView for shoppingは、動画広告に関連商品が買えるページへ誘導する広告「カード」をプレーヤーの下に表示する(米グーグルのブログより)
TrueView for shoppingは、動画広告に関連商品が買えるページへ誘導する広告「カード」をプレーヤーの下に表示する(米グーグルのブログより)

 スマートフォンの利用動向から、消費者の「瞬間的な意図」が分かるのはなぜか。ラマスワミ上級副社長は、「今の消費者は何かをしようとする時に、まずスマホを使ってその『やり方』を調べている」からだと指摘する。特によく閲覧されているのは「最近、『YouTube』で急増している『ハウツー動画』」(ラマスワミ上級副社長)。料理を始める時にはレシピを動画で、水回りの修理をする時にはそのやり方を動画で確認する。そんな消費者が増えているのだという。

 消費者がスマホで「ハウツー動画」を見ているその瞬間、その消費者は高い確率で、その動画が説明する“コト”をやろうとしている。その瞬間に、その“コト”に必要な情報やサービスを提供するというのが、グーグルの「マイクロモーメント」というコンセプトだ。

 消費者のマイクロモーメントに対応した広告サービスの第一弾としてラマスワミ上級副社長は、YouTubeの動画広告に商品購入サイトへのリンクを埋め込むという新しい広告サービス「TrueView for shopping」を発表した。例えば、部屋の模様替えのためのハウツー動画であれば、家具の購入サイトへのリンクを埋め込めるのだという。

スマホを通じて消費者に寄り添う

ad:techで講演する米グーグルのシュリダール・ラマスワミ上級副社長(広告/コマース担当)
ad:techで講演する米グーグルのシュリダール・ラマスワミ上級副社長(広告/コマース担当)

 ラマスワミ上級副社長は、消費者のスマホ利用動向からそのマイクロモーメントを把握することで、企業は消費者の購買行動プロセス全般をサポートできるようになると主張する。位置情報の活用もその一つ。グーグルは、消費者が外出中にスマホを使って商品名を検索したのであれば、EC(電子商取引)サイトではなく、その商品を購入できる近くの店の広告を表示しているという。こうすることで、消費者のオフラインの買い物までサポートできるようになったと語る。

 ラマスワミ上級副社長の基調講演では、米Macys.comのダレン・ストール グループ副社長や、米インターコンチネンタル・ホテル・グループ(IHG)のマイケル・メニス上級副社長などとの討論も行われた。

米Macys.comのダレン・ストール グループ副社長
米Macys.comのダレン・ストール グループ副社長

 Macys.comのストール氏は「我々は消費者に対して価格だけでなく、ソリューションや答えも提供したい。そのためには消費者の瞬間的な意図を理解して、消費者の生活そのものに近づきたい」と、グーグルの主張に賛同した。Macys.comは2012年にモバイルアプリケーションを提供し始めたが、今ではモバイルアプリの利用件数が、パソコン向けWebサイトの2倍に達するという。モバイルアプリの利用動向の分析が、今後はより重要になるとの見解を示した。

 IHGのメニス氏は「当社のモバイルアプリだけで、顧客が旅行している間の全てのニーズを満たせるようにしたい」と語る。「顧客は旅行中、常にモバイルを使っている。モバイルが顧客の旅行体験を形作っているといっても過言ではない。その旅行体験全般に寄り添うことが必要だ」(メニス氏)。

米インターコンチネンタル・ホテル・グループ(IHG)のマイケル・メニス上級副社長
米インターコンチネンタル・ホテル・グループ(IHG)のマイケル・メニス上級副社長

 IHGのメニス氏は、消費者の端末利用がパソコンからモバイルにシフトする中で、デジタルマーケティングのKPI(重要業績評価指標)も変わると指摘する。「これまでは、デジタルマーケティングによって売り上げがどう向上したかだけを考えていればよかった。これからは、モバイルアプリを通じて顧客の満足度をどう向上できたかが重要になる」(メニス氏)。

広告からマーケティングへシフト

 筆者がad:tech San Franciscoに参加するのは、2007年以来8年振りのことだが、ad:techの議論は、消費者の購買行動プロセスの前段階(広告)に限定した議論から、購買行動プロセス全般に関する議論、つまりマーケティング全般の議論にシフトしていた。

 例えば、RTB(リアルタイムビッディング)に代表される、広告出稿に関する意思決定をプログラムによって自動化する「プログラマティックアドバタイジング」のセッションよりも、マーケティングに関する意思決定全般を自動化する「マーケティングオートメーション」に関するセッションの方が、多くの来場者を集めていた。

 MAツールのベンダーである米LiveRampのアネカ・グプタ副社長は、「デジタル広告で使用しているオンラインの消費者データと、CRM(顧客関係管理)システムが管理するオフラインの消費者データとを結びつけることで、より精緻な消費者の行動モデルが構築できるようになり、商品レコメンデーション(推薦)の精度が向上する」と主張した。

誰がテクノロジーを担当する?

 テクノロジーの果てしない進化に、広告主は戸惑いも見せ始めている。例えば、「Going Programmatic In-house or Agency」というセッションでは、プログラマティックのようなシステム開発に関わる取り組みを「自前開発」で行うべきか、エージェンシーに任せるべきかという議論がされた。

 例えば米アクセンチュアのモーガン・ヴァウター氏は、「プログラマティックを実現するためには、マーケティング部門には従来のコンテンツマネジメントに関する知識だけでなく、ビッグデータやデータサイエンスにまつわる知識を求められる。マーケティング部門が自前でやれる範疇を超えているので、エージェンシーに任せた方がよい。データサイエンティストをたくさん集められるのはエージェンシーだけだ」と主張。

 それに対して、ひげ剃りの定期購入サイト運営の米ダラー・シェイブ・クラブのニック・フェアバーン氏は「機械学習などを使って消費者の行動を分析し出すと、行動予測モデルを作っては試すという作業を何度も繰り返す必要がある。このような作業を外部に任せることはできない。テクノロジーを活用するためには自前開発が不可欠」などと主張した。

 フェアバーン氏の指摘で見逃せないポイントは「プログラマティックを外部に任せると、それがブラックボックスになってしまう」ということだった。プログラマティックは、企業の広告に関する意思決定を、プログラムによって自動化しようというもの。プログラムの開発が外部に委ねられた場合、プログラムによる意思決定が正しいかどうか、企業が検証できなくなるという指摘だ。

 フェアバーン氏に限らず、米国の広告業界では、テクノロジーに対する「不信感」が広がり始めている。ad:techでは期間中、6回の基調講演が行われたが、そのうちの1回は「(Un)Truth in Advertising」と題して、デジタル広告の不正問題を議論するパネルディスカッションに当てられた。「広告のクリックがボット(ロボットプログラム)によって水増しされているのではないか」といった広告主の不信感に対応するのが狙いだ。テクノロジーの高度化に苦悩する一般企業、そして広告業界の姿が浮き彫りになった。

 米国のad:techはこれまで、年に2回、ニューヨークとサンフランシスコで開催されていた。しかし2016年のad:techは、サンフランシスコではなくロサンゼルスで開催される。最後の基調講演のタイトルは『Escape to LA』であった。ad:techが、テクノロジーの都であるサンフランシスコから、メディアの都であるロサンゼルスに「逃げ出す」のだ。逃げ出すという言葉が、ad:techの「テクノロジー疲れ」を象徴していると言えそうだ。

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