文具メーカー・キングジムは、同社のTwitter公式アカウント「@kingjim」の運用を担当する広報室の女性に2014年の社長賞を授与した。社長賞は年間で最も活躍した社員1人に贈るもので、ヒット商品の開発担当者や大口契約を決めた営業担当者などが受賞するのが恒例。広報室という“裏方”の受賞は極めてまれだ。
社長賞を決める会議でTwitter担当者を強く推したのは、他でもない宮本彰社長本人だ。Twitterアカウントの開設も、社長の鶴の一声がきっかけ。自ら担当者を指名し「何を書いてもいい、責任は私が取る」と一任。ネットユーザーの“ツボ”を心得た発信が支持を広げ、人気アカウントに成長した。
社長自身が「SNS大好き」

宮本社長は「SNSが大好き」。会社のアカウントを始める前から個人で非実名アカウントを運用。「マニアックなことをつぶやいたほうがフォロワーが付いてくる」ことが分かった。「私は趣味でリクガメを繁殖させているが、Twitterでその話題を書くとリクガメファンがフォロワーになり、マニアックな会話が始まる。特殊な趣味や言語で特殊な話題を話すと特殊な人が集まってきて面白くなる」と宮本社長は話す。
この経験を通じ、キングジムの商品はTwitterと相性がいいのではないかと直感した。同社は、テキスト入力専用端末「ポメラ」など、一部に熱狂的なファンを持つマニアックな製品を積極的に開発している。「ネット社会はマニアックな商品を求める特別なユーザーに確実に情報を届けられる」と指摘する。
2010年初め頃。宮本社長は広報室を訪れ、若い女性社員に「Twitterに企業アカウントを作ってつぶやくように」と命じた。当時は企業アカウントもまだ少なく、指名された女性はTwitterを使ったことがなかったが、社長の説得を受けてしぶしぶスタートした。
つぶやいた内容を上司に批判され、彼女がへそを曲げて発信を中断するなどトラブルもあったが、「無難なことばかり話していたらフォロワーは離れてしまう。責任は取るので思った通りにつぶやいてくれ」と宮本社長が説得した。彼女はその後も試行錯誤を続け、ネットスラングを駆使した“ゆるい”ツイートで人気を博した。「企業や商品のPRは3割まで、7割は消費者とコミュニケーション」がツイートのベストバランスだと彼女は話しているという。
Twitter発信、2000万円の利益に相当
15年4月現在のフォロワー数は8万5000人と、「キングジムの企業規模を考えれば異常に多い数字」だと宮本社長は評価している。フォロワー数は2014年の1年間で3万人も増え、エンゲージメント率(ツイートへの反応率)は他社平均の何と10倍。Twitter運用の効果を広告費に換算すると3000万円相当となる。フォロワー獲得プロモーションなどに約1000万円かかったが、差し引きで2000万円分の利益を稼ぎ出したと計算している。
Twitterから公式Webサイトへの流入は前年比で約10万セッション増加した。他社EC(電子商取引)サイトでの自社商品のセールをTwitterで告知するとあっと言う間に完売するなど、「売り上げにもかなりつながっている」(宮本社長)。他社の有名アカウントとコラボレーションをして開発した商品が話題になったり、ツイートがきっかけでテレビ取材を受ける機会が増えたりするなど、商品や企業の認知拡大に大きく貢献した。
社長賞を決める会議では様々な意見が出たが、「会社に貢献した“裏方”に陽が当たる機会を作る良いチャンスだ」と社長が強く推薦した。
ただ、この成功は「たまたま」だったと宮本社長はみている。キングジムのアカウントは、「中の人」や「オフトゥン」といったネットスラングを駆使し、ネットユーザーに愛されて支持を拡大してきた。これらの用語は社長も「意味が分からない」そうで、担当者のセンスがあって使いこなせると指摘した。このセンスは指導できるものではなく、担当者の素質が向いていたからこその成果だ、と考えている。
「スターバックス」を全国で展開するスターバックスコーヒージャパンは、自社サイトなどオウンドメディアやTwitterで効果的な発信を行い、実売につながる成果を上げている。
自社サイトにオリジナルコンテンツを積極的に掲載し、Twitterでは顧客の「気持ち」に寄り添う発信を続け、190万ものフォロワーに支持されている。「スタバというコンテンツを独占的に使えるメディア」。同社マーケティング・カテゴリー本部WEB/CRMグループマネージャーの長見明氏は、オウンドメディアやSNSを、こう考えながら運用してきた。
オウンドメディアは「独占スポンサー」

長見氏は、オウンドメディアもSNSも「メディア」だと定義している。テレビや雑誌といった一般メディアは複数のスポンサーから資金を得て情報発信する。対してオウンドメディアは、スポンサーが自社1社きり、という違いがあるため、情報発信が一方的になりがちだと指摘する。
その宿命と戦うのに大事なのは「ログ」。スタバの自社サイトでは、様々な情報発信を試し、どんな記事にどんな反応があったかをログとして蓄積している。どのような内容がページビュー(PV)を稼げるかを分析してきた。ログの蓄積があれば、媒体力を高めるのに効果的な発信内容が分かってくる上、上司など社内のスポンサーを数字で説得でき、建設的な議論ができると長見氏は話す。
2009年に公式ブログを始めた。前年にブロガーイベントを開催し、ブログからの情報の波及の様子を確認した際、「自分たちもブログで発信すれば、情報発信の拠点になれるのでは」と考えたためだ。ブログは月間数十万PVを稼ぐようになり、著名ブロガーと同等の影響力を持つことに成功した。
ブログは社内で執筆している。情報源に一番近いため最新の情報を記事に反映できる。顧客の反応がPVという形でリアルに書き手に伝わるため、「編集する力やクリエイトする力が養われるメリットがある」。
Twitterで「気分」に寄り添う
Twitterは2011年の東日本大震災直後にアカウントを取得した。「ほっとひと息つける」内容を目指して更新してきた。フォロワー数は加速度的に伸び、14年夏にFacebookの「いいね!」数を超えた。「Facebookは仕様変更に振り回されているが、Twitterは一貫して同じ仕組み。アカウントのレコメンドシステムなどを通じ、強いアカウントに味方してくれているのではないか」と長見氏は推測する。
Twitterも、新しい情報を迅速に提供する「メディア」としての運営を意識している。「人が知らない情報は価値がある」からだ。例えば、新製品情報を発信する場合、発売1週間前、当日午前、当日午後の反応数を見ると、早いほうがインプレッションが大きいのだという。
さらに「お客様の気分に寄り添う」ことが大事だと長見氏は続ける。月曜日には「週明けの1杯は、ほっとやさしい味わいのホワイトモカではじめませんか」とつぶやくなど、季節や曜日、天候などに応じた顧客の「気分」を推測し、気分と商品をマッチさせた投稿を心がけている。カフェ店員と顧客の会話に近いイメージである。
公式アカウント側から積極的にフォロワーに話しかける「アクティブサポート」は行わない。「強引なお声がけはせず、お客様のプライバシーに踏み込まない。コーヒーの香りが感じられ、常にそこで安心させてくれる存在感を、アカウントを通して出していきたい」と長見氏は話した。