次に、ここ1~2年で共創に取り組み始めた企業として、キリンビールの事例を見ていこう。

 同社は2012年春にキリンビールとして公式FacebookページとTwitterアカウントを開設。翌2013年夏にFacebookからログインできるコミュニティ「キリンビール カンパイ会議」を設置した。トライバルメディアハウス(東京都中央区)が提供する共創マーケティングプラットフォーム「ココスクウェア」を利用している。

「カンパイ会議」の発言内容から消費者インサイトを探る

 既に挙げている成果としては、「はまっ子ビール」プロジェクトがある。神奈川県在住・出身の20~34歳の若者約300人がオンラインで理想のビールについて議論し、うち30人がリアルの商品開発会議に参加して、2014年3月に「YOKOHAMA ~港の風薫る生~」を発売した。

 ただこの商品、販売は横浜工場内にあるレストラン「スプリングバレー」のみで、一般流通に乗っていない。期間も3月下旬からゴールデンウイーク過ぎまでの限定で短かった。「若者のビール離れ」が喧伝される中で若者のキリンビールファンとせっかく共創した割にはスケールが小さいと感じる読者もいるだろう。

参加型開発はワン・オブ・ゼム

 カンパイ会議を主宰するキリンCSV本部デジタルマーケティング室ソーシャルメディアチームの小川直樹氏は、カンパイ会議を運営する意味について、「今日、明日の売り上げをつくる場ではなく、次世代の種まき」と位置づける。小川氏は自社ブランド愛好者をピラミッドの下層から「ゆるやかな参加層」「キリンファン層」「ロイヤルカスタマー」「エバンジェリスト」と熱意の度合いで4分類している。下2層はFacebookやTwitter、メルマガなどでつながり、上2層はカンパイ会議に参加。会議での発言やイベント参加を通じてロイヤルカスタマーからエバンジェリストに進化し、自身のキリン体験をオンラインで積極的に語ることで下層のファンが上位ステップにシフトしていく好循環を目指している。

キリンビール「カンパイ会議」の狙い

 カンパイ会議の役割は大きく4つ。1つ目は商品サンプリング。モニターを募集して感想を投稿してもらう。街頭サンプリングなどよりも確実、スピーディーに有意義な感想を得ることができ、試飲者の声として販促物に盛り込むことも可能だ。

 2つ目はMROC(マーケティング・リサーチ・オンライン・コミュニティ)。週に数本お題を設定して飲酒習慣や環境について自由に語ってもらうことで消費者インサイトを引き出す。3つ目はコンテンツ共創。会員参加型の商品開発企画だ。そして4つ目がアンバサダー企画。「一番搾り検定」や工場見学など、オンライン、オフライン問わずに楽しんでもらい、会員のキリン体験を良好なモノにする。

 従って共創ビール企画はあくまで会議の役割のワン・オブ・ゼムだ。次世代のキリンビールを支えるような大ヒット商品を共創で生み出せればそれに越したことはないが、もっと現実的に、メーカーとして日頃接点を持ちにくい一般のキリンビール愛好者と直接相対して得られる気づきに価値を見いだしていると言える。

 MROCについては、「ていねいなくらし」をキャッチフレーズに昨年秋発売した女性向けの発泡酒「オフホワイト」でモニター60人を募集し、飲んでみた感想や合いそうな食べ物、シーンなどについて、オンラインでグループインタビューを実施した。結果、「柑橘系の香りが良い」「苦みが抑えられている」といった特長を表す言葉、「食事に合う」「気軽に飲める」といった飲用シーンにおける利点を表す言葉が飛び交った。合いそうな食べ物としては、「パスタ・ピザ」「生ハム」などビールのつまみとは対照的で白ワインと合いそうなメニューで意見が一致。そのほか、マッチするシーンとして「ホームパーティー」「女子会」、“オフホワイト女子”のイメージには「アラサー女子」「ナチュラルでLOHASな感じ」という設定したペルソナ通りの声が上がる一方、仕事も趣味も両立している大人の雰囲気のアラフォー女性というイメージも浮上した。

 小川氏は「事前の想定とのズレに耳を傾けることで、新たなターゲット層や別の切り口の訴求方法が見つかる。最初に飲んだ直後と、何度か飲んで数週間を経てからではイメージが異なる場合があるが、モニターには継続して調査できる」とカンパイ会議をMROCの場として活用するメリットを語る。

 “種まき”が主眼ゆえに、即時的な売り上げ貢献は見込みにくいが、それでも「定期的にカンパイ会議の会員に実施しているアンケート調査では、1カ月のキリンビール商品購入点数や友人への商品推奨意向がコミュニティに属することで高まっている」(小川氏)。地道なインサイトの探求が、商品開発や広告表現で花開く可能性は十分にありそうだ。

れん乳アンバサダーが28年ぶりの新容器開発

 こうした共創プロジェクトに取り組めるのは、キリンのような大企業や、じゃがりこのような強いロングセラーブランドに限られるのではないか──。そんな懸念をお持ちの方もいるかもしれない。コアなファンをたくさん集めてリサーチパネルを充実させるには確かに有名ブランドが有利だが、中小規模のマーケットでも共創は成立する。

 該当事例となるのが森永乳業のれん乳商品。森永製菓のミルクキャラメルの原料であるれん乳を製造する子会社として設立されたのが森永乳業のルーツで、国内れん乳市場は全体で数十億円規模。直近は夏場のかき氷専門店人気で業務用の需要が伸びたが、BtoC(消費者向け)市場はいちごの豊作・不作に左右される性質がある。

 安定需要を作り出すにはどうしたらよいか。2012年にれん乳ファン20~30人が集うブロガーミーティングを開催し、各家庭での利用シーンを目の当たりにした同社リテール事業部食品マーケティンググループの鈴木いずみ氏は、直接声を聞く面白さと重要性に目覚め、コアな自社商品ファンを「れん乳アンバサダー」として招聘した。

 人選は、ブログマーケティング支援のアジャイルメディア・ネットワーク(東京都渋谷区)が、ブログの投稿内容から選別して、就任を依頼した。「れん乳は飲み物」と豪語する30代男性など、筋金入りのれん乳ファン6人が参画することになった。

 同社が一般消費者向けに実施したアンケート調査では、れん乳を購入していた人が使わなくなった理由として、「使う機会がなくなった」「買っても使い切れずに余らせてしまうため」が上位を占めていた。

れん乳アンバサダーと商品開発した森永乳業

 この課題を克服すべく、アンバサダー6人は、2013年8月のキックオフミーティングから隔月ペースで計6回、1年にわたって東京・田町の本社でミーティングを開催した。議論を重ねた結果、1回使い切りのディスペンパック入りタイプが浮上し、2014年11月に新商品発売にこぎつけた。1986年に現行のチューブ入りタイプを発売して以降、2010年に同じチューブ型でチョコミルク味の追加はあったが、新形状の商品は実に28年ぶりのこと。それをアンバサダー発の意見で投入したのは画期的だ。

 さらに派生商品として、湯を混ぜるだけでできるお手軽デザート「れん乳プリンの素」が2月に、使い切りタイプでれん乳とジャムが出てくる2色パックが3月にと、アンバサダー発の第2弾、第3弾アイデア商品を発売している。共創プロジェクトは一旦終了するが、今後もファンミーティングを開いてれん乳レシピや活用アイデアを探っていく考えだ。

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