東京・銀座の一角で百貨店「松屋銀座」を運営する松屋が、ウェブサービス会社tab(東京都千代田区)と提携して、ユニークなオムニチャネル施策に乗り出している。スマートフォン向けEC(電子商取引)サイト「tabモール」に商品を掲載して販売するが、その全てが松屋銀座の店頭での取り置きになり、通常のECのような宅配サービスは一切ないというものだ。

昨年11月から始めている、このECサービスの仕組みは、こんな具合だ。まず、消費者はスマートフォンからtabモールで好みの商品を探して予約する。松屋が掲載している商品の場合、受け取り場所は松屋銀座となる。1回の予約につき5点まで取り寄せができる。
サイトに掲載している商品には松屋の店頭にもあるものと無いものとがある。店頭になく、取り寄せるなどして商品が確保できると、消費者のスマートフォンにメールが届く。消費者は松屋を訪れて商品を試着し、気に入ったらその場でtabモール上で決済し、商品を持ち帰る。気に入らなかった場合は購入しなくてよい。その場合でもキャンセル料などは掛からない。消費者が商品を購入した場合は、購入額からtabに支払う決済手数料を差し引いた額が松屋の収入になる。
松屋は百貨店で初めてtabと提携した。背景には、流通各社が取り組んでいるオムニチャネル戦略に、百貨店らしさを生かして対抗していくという狙いがある。
アマゾンジャパンは昨年、ローソンと提携して、店頭からAmazon.co.jpの商品を注文したり、ローソンの店舗で商品を受け取ったりできるようにした。セブン&アイ・ネットメディアが展開するECサイト「セブンネットショッピング」でも、顧客がネットで注文した商品の既に約8割が、セブンーイレブンの店頭でピックアップされている。
百貨店各社も、ECとリアル店舗をシームレスにつなぐオムニチャネルに取り組んでいるが、松屋は同業とは一味違う戦略で差異化する道を選択した。全品が店頭受取りになるこのECサービスなら、“ヒトによる接客”という百貨店の強みを最大限に発揮できる、というわけだ。
競合する百貨店の多くは多店舗展開しているため、仮にtabのサービスに関心を持ったとしても、導入しにくい面がある。店舗ごとの事情などにより、同じのれんを掲げていながら、A店では取り置き可能だがB店ではできないなどと対応が分かれる事態も想定されるからだ。一方松屋は事実上、銀座店だけを百貨店として運営しており、だからこそ、先頭を切って導入に踏み切れたとも言える。
店舗面積の拡張を意味する
この新サービスは松屋銀座に様々なメリットをもたらす。
まずは、取り扱い商品点数を大きく拡大できることだ。松屋銀座の床面積は3万平米強で、大型化が流行する最近の百貨店としてはやや手狭だ。近隣の競合店である三越銀座店や高島屋日本橋店などと比べても、見劣りしていた。このため、「これまでは家電製品や一部のスポーツ用品など、需要はあっても取り扱いを断念せざるを得ない商品ジャンルがあった」(松屋の古屋毅彦取締役執行役員本店長)。tabモールを活用すれば、取り扱い商品の数や幅を広げられる。
2つ目は、商品を試着するために店舗を訪れた消費者が、店内の他の売り場を“回遊”し、別の商品を購入する可能性や、スマートフォンをよく使う若い人たちなど、これまで松屋銀座を訪れたことのない客層にもリーチできる可能性が高まること。
消費者からすると、店頭よりも豊富な色やサイズの中から商品を選べる可能性が広がる上に、実際に試着してから購入するかどうかを決められるメリットがある。
1月時点でtabモールに掲載しているのは、ワールドやワコールなど約50社の取引先から集めた約4万2700点の商品。「当初の目標であった月商500万円には届かないが、悪くはない売り上げ」(古屋氏)を毎月稼ぎ出している。
現在は松屋銀座の3階にtabモール専用コーナーを設けたり、期間限定の特別商品としてドンペリニヨンのシャンパンを1本だけ市価の半額程度の価格でtabモールに出したりして、松屋銀座とtabモールの認知度向上に努めている。
当面の目標は、「松屋銀座の店頭とtabモールを合わせた婦人靴の在庫を2万点まで増やし、日本で最大の婦人靴売り場を目指すこと」(古屋氏)。将来は「インバウンドで入ってくる訪日外国人に利用してもらったり、外商の営業ツールに活用してもらったりすることも考えていく」(古屋氏)という。