みずほ銀行は、同社のWebサイト上で操作や情報へのアクセスに「困っている」とシステムが自動的に判断した利用者に対して、チャットに招待して問題解決を図る新サービス「みずほ Messenger」の提供を始めた。操作や情報アクセスの仕方を有人のチャットでサポートすることで顧客満足度の向上を図るところから始めて、将来的にはアウトバウンドセールスへも利用を拡大したい考えだ。

 みずほ Messengerは、リアルタイムでWebサイトへのアクセス状況を解析して、自動的に有人の「チャット」にWebサイト利用者を招待できるようにしたシステムである。実際の利用は下記のような流れになる。

 みずほ銀行のWebサイトにアクセスした利用者のうち、長時間閲覧を続けていたり、特定のページを繰り返し閲覧していたりする場合に、Webサイト上で何らかのアクションを起こそうとして「困っている利用者」とシステムが判定する。そうした利用者のブラウザーに、自動的に「何かお困りですか。」と示したチャットへの招待画面を表示する。利用者が「チャットで相談する」のボタンをクリックすると、センター側の担当者と文字ベースのチャットが始まるという仕組みだ。

特定の行動をする利用者に「何かお困りですか。」と表示しチャットに招待する

 みずほ銀行個人マーケティング部リモートチャネルマーケティングチームの西本聡参事役は「オンラインバンキングのみずほダイレクトにログインできなかったり、何かの情報を知りたくて見つけられなかったりしていて困っている利用者が潜在的には多い。しかし、コールセンターに電話をかけてくるのは困っている利用者のごく一部に限られる。Webサイト上のアクセス情報を使うことで、リアルタイムの利用者ニーズを捉えることができる」と説明する。

 実際には、SSLによって暗号化されているページを除く同行の個人向けWebサイトのページ全てで利用者の動きをリアルタイム解析する。みずほダイレクトの申し込みページでしばらく入力がない場合や、特定のページ遷移をたどっている場合など、約15のシナリオを作成。シナリオに合致した利用者のブラウザーにチャットの招待を表示する。

 チャットを承諾すると、コールセンターのチャット対応専門オペレーターとの間でチャットが成立し、ログインの仕方であったり、投資信託の情報の見方であったり、利用者がそのときに「困っている」ことに対処する。「電話と異なりURLを貼り付けることもでき、Webサイトの利用サポートがしやすい」(西本氏)メリットもある。

将来の金融のチャネルへ育成

 みずほ Messengerはどのような位置づけのサービスとして企画されたのか。西本氏は「イメージとしては、有人店舗やWebサイト、コールセンター、みずほダイレクトなどと肩を並べるチャネルになると考えている」と言う。「利用者がWebサイトにアクセスしているときは、目的があるとき。その適切なタイミングでアプローチできるため、利用者のニーズに最も応えられるチャネルになり得る」(西本氏)。

 システムの導入の背景には、将来の金融の姿を検討する社内プロジェクトの存在があった。5年後、10年後の金融機関の姿を考える中で、顧客へのアプローチの仕方やニーズの収集の仕方についても検討が進められていた。

 そうしたときに、サイト利用者の状況を判断してチャットでサポートできる米ライブパーソンの「ライブエンゲージ」に出会った。西本氏は、「チャットで顧客をサポートするシステムは米国などでは4~5年前に広がっていた。日本でも無料通話・メールアプリの『LINE』の普及などによりチャットへのハードルが下がっていると感じていた」(西本氏)。ライブエンゲージが提供するチャットが、顧客への新しいアプローチ手法として活用できると判断した。

 導入に当たって、最も懸念したのがアクセス数の多さだった。「みずほ銀行のサイトは月間で数千万のアクセス数がある。これを処理できるシステムであることが必要条件だった。ライブエンゲージは、米国で市中銀行上位10行に全て導入実績があったことから、アクセス数への懸念を払拭できた」(西本氏)。また、電通国際情報サービスとパートナーシップを結ぶことで、国内で適切なサポートも得られることも導入の決め手になった。ライブエンゲージはクラウドを利用したASPサービスの形態で提供されており、自社導入すると同行の規模やセキュリティリスクへの対応から考えて数億円、数十億円にも上ると見られるシステム導入コストが不要だったことも導入を後押しした。

利用者は85%が「満足」

 昨年12月8日にサービスを開始したみずほ Messengerは、想定を大きく上回る満足度を得ているという。みずほ Messengerでは、利用者の個人情報は一切取得しない。画面にも「個人情報をお尋ねすることはありません」と明記するほど。現時点では個人情報を取らないことで、セキュリティリスクに対応する方針だ。

 その一方で、満足度に対しての期待はさほど高くなかった。「利用者を特定できないため一般的な対応にならざるを得ない上に、最終的には店舗やコールセンターへのアクセスが必要になる場合も多く、満足度に過度の期待はしていなかった。ところが、チャット終了後のアンケートでは約85%が満足と回答し、びっくりしているほど」(西本氏)と言う。

 それだけ、自らの目的に対してサイトなどの“入り口”で戸惑っている利用者が多いことの裏返しでもあり、顕在化しなかった利用者ニーズに対応できているわけだ。これは顧客満足度の向上に加えて、ブランド価値の向上にもつながる。

 One-to-Oneマーケティングでは、できるだけ自動化を進めて人件費を抑制することが主流の中で、あえて有人の「チャット」を導入した理由は、顧客満足度の向上だけはない。将来を見据えたチャネル効率化ももう1つの目的だ。西本氏は、「チャットは同時に複数の利用者に対応ができるため、1対1のコールセンターの約2倍の対応が可能。シナリオを調整して、困っている利用者を上手にチャットに招待できれば、コスト面での効率化も見込める」と語る。

 顧客満足度と効率化の両側面から、シナリオの最適化は不可欠だ。チャットに招待した中で、チャットを利用する「承諾率」などを指標にしながら、シナリオの調整は続く。「12月はほぼ毎日、シナリオをチューニングした。落ち着いてきた1月でも1週間に1回は調整している」(西本氏)。

 現行サービスの最適化だけでなく、みずほ Messengerは今後の機能向上やサービス拡張も視野に入っている。「利用者との接点として重要なスマートフォンへの対応は、早ければ2014年度内にも実施したい。顧客の情報を結びつけたきめ細かい金融サービスの提案も、2015年度には提供したい」(西本氏)。カードローンや住宅ローンなどの他商品との連携も検討に上る。これまで見えなかった顧客ニーズをWebサイト上の足取りから類推し、有人のチャットで先回りして対応する。みずほ銀行はこうした小さな「おもてなし」のチャネルを、着実に育てている。