クレジットカードの利用情報を活用したマーケティング支援サービスであるCLO(カード・リンクト・オファー)の本格展開に向けて、スマホアプリを活用した実験が相次いでいる(「CLO」の用語解説記事)。
三井住友カードは昨年11月、ゴルフ大会「三井住友VISA太平洋マスターズ」において、スマートフォン向けの大会公式アプリに、会場内に設置したビーコンを通じてクーポンなどを配信した。大会会場内の施設や近隣の店舗への送客とその効果分析、大会に関する情報の配信による来場者の満足度向上が狙いだ。

ネットビジネス事業部の細谷友樹氏は「加盟店などに提供できるCLOサービスを展開しようにも、送客実績がなければ提案しづらい。本実験を含め、送客実績を作った上で、加盟店に営業をかけていく」と実験の狙いを語る。
実験をする上で、十分なデータを取得するには、アプリの利用者が一定数必要になる。そこで、事前に大会のサイトなどで告知した。その結果、大会開始前にダウンロード件数は約2000となった。ただ、最もダウンロードに効果的だったのは、大会開始後の会場内での案内だ。会場内で選手がいる位置などが分かるといった利便性を伝えたことで、ダウンロード件数が大きく伸長。最終的に約5000件となった。
プッシュ通知の開封率は約29%
このアプリに対して情報を発信した。デジタルガレージやO2O(オンラインtoオフライン)マーケティング支援のアイリッジ(東京都千代田区)の協力を得て、会場内で協賛企業のブースや、飲食店エリアなど、10箇所以上にビーコンを設置。大会の公式アプリ利用者が、ビーコンから15メートルの距離に入ったときにプッシュ通知で情報やクーポンを配信した。配信する情報やクーポンは全部で約50種類を用意。時間や場所で、配信する内容を変えた。例えば、昼食時には、飲食店エリアから数百メートル離れた場所にある蕎麦屋へ送客するために、トッピングが無料になるクーポンを配信した。入場ゲートでは午前は「いらっしゃいませ」、午後は「ありがとうございました」と配信するメッセージを変えた。

プッシュ通知の配信総数は約1万9000件で、そのうち約29%が開封された。単純比較はできないが、「高くて1%程度のメールに比べて、大幅に高い数値となった」(細谷氏)。蕎麦屋のトッピング無料クーポンでは、アプリ利用者の3.2%が利用した。「離れた場所にある店舗にも誘導導線を作れることが実証された」(細谷氏)。蕎麦屋の売り上げは、昨年と比べて2倍近くに伸びた。
大会の来場者を、会場がある静岡県御殿場市内の店舗に誘導するためのクーポン配信にも取り組んだ。13店舗が参加して、15種類のクーポンをアプリを通じて提供した。その結果、アプリ利用者におけるクーポンの利用率は全店で3.4%となった。細谷氏は「CLO事業の展開に向けて十分アピールできる数値となった」と見る。
将来的には、利用明細などが確認できるカード会員向けサービス「Vpass」のアプリと連携したCLOの提供を視野に入れながら、来年度には加盟店を募った、新たな実証実験に取り組む方針だ。
キャッシュバッククーポンで実験したセディナ
既にCLOの実証実験を終えたのが、同じ三井住友フィナンシャルグループのクレジットカード会社、セディナだ。昨年8~10月の実証実験では、セディナカード会員向けスマートフォン向けアプリ「セディナキャッシュバッククーポン」に対して、小売店8社から「購入金額の3%キャッシュバック」などのクーポンを配信した。加盟小売店に対して新規顧客を送客すると同時に、カードの総利用金額、件数を増やすことを狙った。

例えば、三井アウトレットパーク木更津店のようなリアル小売店の場合、GPS(全地球測位システム)を活用してユーザーの位置を判定し、アウトレットモールに入場したユーザーに対して、モール内の原則どの店舗でも使えるキャッシュバッククーポンを配信した。またディノスのような通販会社の場合は、「セディナカードを使った自社での購買履歴はないが、他社で購買履歴のあるユーザー」などと指定したユーザーに対して、1週間のうちのある指定した時間帯に複数のクーポンを配信した。
キャッシュバッククーポンを受け取ったユーザーは、クーポンを発行した小売店でセディナカードを使ってクレジットカード決済をすれば、利用料金請求時にクーポン指定のキャッシュバックが反映される仕組みだ。実証実験には、野村総合研究所が開発したCLOサービス向けプラットフォームを利用した。
ユーザーのカード利用金額は昨年同期比1.2倍に
実験を終え、結果を分析したところ、「予想以上の効果を得られた」(ネットビジネス推進部Web企画グループ小島英紀グループ長)と言う。アプリのダウンロード件数は当初目標とした1万を超える約1万4000に、実際にログインしたユーザーは約1万1000人に達した。
実証実験を実施した3カ月間の間にキャッシュバッククーポンを利用したユーザーの割合は2%。しかし、「利用金額や件数はクーポンのおかげで大きく伸び、ログインした1万1000人全体の利用金額や件数を前年同時期の3カ月と比べると、利用金額は1.2倍、カード決済の利用件数は1.4倍に伸びた」(小島氏)。
小売店にとっても、キャッシュバッククーポンを利用したセディナカードのユーザーのうち、「40%強がその小売店にとって全くの新規ユーザーだったケースもあり、新規顧客の獲得で一定の成果が得られた」(同氏)。
このため、今年夏頃までに、セディナの加盟小売店に対してキャッシュバッククーポンを軸とするCLOを売り込み、本格展開を始めることが決まった。その時点では実験で分かった問題も改善する予定だ。まず、小売店側の管理画面のユーザーインターフェースを改善し、クーポンを送ったユーザーの実際の反応などまで閲覧できるようにする予定。その後には、ユーザーからの声に応えて、スマートフォンだけでなくパソコン画面でもキャッシュバッククーポンを受け取り、表示できるようにする方針だ。
「カード会社はもちろん、カードユーザーにも加盟小売店にもメリットがあるため、クレジットカード業界全体がCLOに積極的に取り組むのが望ましい」と小島氏。既に米国では1億5000万人以上のカードユーザーがCLOを利用している。ユーザーがいつも持ち歩き、位置情報を基にした情報提供が可能なスマホはクーポン配信にうってつけだ。三井住友カードやセディナのスマホCLOサービスの展開で、日本でもCLOの普及が加速しそうだ。