昨年暮れ、クリスマス・イブの前日。東京・三田の伊藤ハム東京事務所には祝日にもかかわらず同社のファン13人が集まり、会議室でウインナー新商品のキャッチコピーを巡って議論が白熱した。
これは、ソーシャルメディアで人気の「ハム係長」をキャラクターに立てたオンラインコミュニティ「ハム係長の商品開発部」で、ハム係長ファンが参加して商品を開発する“共創”プロジェクト。2014年7月に開設したEC(電子商取引)サイト「ハム係長のセレクトキッチン」の一コーナーで、ここで開発したウインナーをECサイト限定で販売する。
いわゆる消費者参加型の商品開発企画だが、伊藤ハムの取り組みは本気度が違う。一般に企業が主催する参加型企画は、あらかじめ用意したパッケージ案などを人気投票によって決め、「みんなが作った」と称して発売するような、消費者フレンドリー感を打ち出すことが目的のケースが目立つ。だが同社の場合、商品コンセプトの企画から参画してもらい、オンラインとリアル双方で議論を重ねていく。
伊藤ハムは専用会議室を利用
手間がかかることをあえて手掛ける理由は、ずばり「ロイヤルカスタマーづくり」(同社加工食品事業本部事業戦略統括部の浦田寛之部長)だ。ハム・ウインナー類はスーパー店頭で3連パックで安売りの対象になりやすく、伊藤ハムか日本ハムか、あるいはプリマハムか丸大食品か、企業ブランドを意識して選ぶ買い物客はそう多くない。そんな環境下でも伊藤ハム選好度を高めるべく、ハム係長というほのぼのとした雰囲気が持ち味のキャラクターを立てて、愛されキャラに育ててきた。Facebookページのファン数は間もなく10万人に達する。商品開発の進捗状況を発信し、本気で商品に消費者の声を生かす姿勢を示すことは、ロイヤリティーの向上につながる。
開発商品を店頭では売らず、EC限定販売にしたのは、ハム・ウインナー好きな開発メンバーの嗜好を盛り込んだ商品にするためだ。ハム・ウインナーは老若男女が対象なだけにこだわりが強い商品は大量流通に向かない。ハム係長のFacebookページで積極的にコメント投稿するSNS常連客に参画してもらい、店頭商品とは異なるラインナップの商品を開発。昨年7月に新設した同社ECだけでその商品が購入できることを、彼らの声で告知し、拡散させることで、ECの認知、引いては売り上げの向上を期待している。
商品開発の流れは次の通り。昨年7月、まずFacebookページ上で商品開発部のメンバーを募集し、「幸せを感じるウインナー」づくりを目指すという方向性を提示。オンライン会議で、「幸せを感じる時」「幸せな記念日の食事」「幸せを感じるウインナーの利用シーン」について順に質問した。「大事な人とゆったりとお酒を飲みながら充実した時間を過ごせる食事」「満足感を得られる食べ応えのあるウインナー」といったアイデアが次々と寄せられ、それに逐一コメントを返信して具体的なイメージを引き出していった。
こうして挙がった声を整理分類して、「ガーリックの利いた大人テイスト」「上質感漂うハーブの香り」「強めのスモークをかけた食べ応えのある太めのウインナー」といった商品コンセプトに落とし込み、試作に入った。400人超の登録メンバーの中から東京でのリアルの会議に参加できる希望者を募り、15人を選抜して、10月13日に第1回の試食会を開催した。試作品4品を食べ比べ、味付けや食感、色合い、風味、形状などについて意見を出し合った。
一方、オンライン上では、商品のネーミングについて議論し、最終候補4点から「ハム係長の幸せウインナー」に決定。11月29日に試作品への意見を反映した改良バージョンの第2回試食会を実施した。そして12月23日の第3回会合で、商品パッケージのデザインおよびキャッチフレーズについて議論した。登録メンバーを対象に、年明けからパッケージデザイン案の投票を受け付けている。2月末からECサイトにて3商品を順次販売する予定だ。
なおオンライン会議の場としては、トライバルメディアハウス(東京都中央区)が提供する共創マーケティングプラットフォーム「ココスクウェア」を利用している。企業から質問・お題を投げかけるディスカッションボードや、アンケートの実施・集計ツール、メンバー向けに情報を共有するブログ機能などがあり、ユーザーはFacebookのアカウントで参加できる。同社は今後も第2弾、第3弾の商品開発を予定しているため、ココスクウェアを継続利用する方針だ。
森永乳業はFacebookページを利用
伊藤ハムのように今後も継続して取り組む予定はなく、たとえば周年イベントの一環など1回限りの共創プロジェクトの場合は、Facebookページをそのまま活用する手もある。森永乳業が昨年12月、「アロエヨーグルト」発売20周年を記念し、ファンの声を反映して開発した「シャンパンカクテルテイスト」がその例だ。3月中旬まで期間限定で販売している。森永アロエヨーグルトFacebookページのファン数は1万6000人余り。このファンを対象に、コンセプト会議、中身会議、パッケージデザイン会議の順で進めた。まず昨年7月にFacebookページ上で「こんなアロエヨーグルトを食べてみたい」というお題を投げかけ、さまざまな意見にコメントを返しながら「一日の終わりに食べるご褒美アロエヨーグルト」というコンセプトを決定。次いで中身について、アンケートページで甘さ、濃さ、脂肪分、粒の大きさなどの設問を立てて、その程度を選択してもらい、「甘さ控えめだけど濃い目で爽やかな後味」というテイストを固めた。デザインはデザイン案そのものから公募し、寄せられた30案から6案をノミネートしてアンケートにかけた。コンセプトには約200件、中身のアンケートには約3000件の意見が寄せられ、、パッケージデザイン投票には約2万票が投じられた。これらの数字は盛況といっていいだろう。
企画をリードした同社リテール事業部ヨーグルトマーケティンググループの土岐晃彦氏は、「アロエヨーグルトの主顧客層は、元々、健康に意識の高い中年女性が中心だったが、発売20周年を迎えて高齢化しつつあった。若い層も多いFacebookページ上で声を聴き、商品に反映することで、若い層に訴求したい」と狙いを語る。限定商品に対する反応はソーシャルメディア上の声を見る限り上々だという。この企画をきっかけにアロエヨーグルトを購入した若者層が、期間限定販売を終了する今春以降も、通常版のアロエヨーグルトを習慣として購入することを期待している。
伊藤ハム、森永乳業ともに参加型商品開発が極めて順調に進んだのは、両社とも参加メンバーの発言を促し、議論をリードしていくファシリテーション能力に長けていることが大きい。Facebookページ上でこまめにコメント返信していることで培われたスキルだ。ファン数の割にコメントやいいね!が少ない状態では、共創企画を呼びかけても反応は薄いだろう。その意味では、常日頃、ファンたちと密なコミュニケーションを取れているか否かが、共創企画の成否を握っていると言える。