ロボット掃除機「ルンバ」に乗った猫が、掃除をするルンバともども部屋の中を右に左に動く。その様子をひたすら追いかける47秒の動画「Roomba Driver」がネットで大きな話題を集めた。一般消費者が投稿した動画だが、その再生回数は現在までに790万回にも上る。消費者が何気なく撮った1本の動画が、ルンバの国内総代理店であるセールス・オンデマンド(東京都新宿区)のマーケティング戦略に少なからぬ影響を与えた。
Roomba Driverは家庭用ビデオで撮影されたもので、映像がキレイなわけでも、驚くようなシーンが出てくるわけでもない。ネットのクチコミを誘発して再生回数を伸ばしたのは、ルンバの上にちょこんと乗った猫の愛らしさゆえだろう。ルンバ購入者であれば誰でも撮影できることもあり、日本でも似たような動画が続々と投稿され始める。「ルンバねこ」というこの種の動画一般を表す言葉まででき、ネットで拡散した。
今でも投稿は続く。YouTubeから「ルンバ ねこ」で検索すると該当動画が1万4000本も見つかる。Roomba Driverは海外で撮影されたものだが、日本から投稿された動画「ルンバに乗るネコ」も240万回以上再生されている。猫が登場しないルンバ単体の動画も多い。YouTubeで「Roomba」で検索すると24万7000件、「ルンバ」では2万9700件の動画が見つかる。
セールス・オンデマンド自身もルンバの普及に際して、ネット動画の活用には力を入れてきた。自社サイト内にルンバの紹介動画コーナーを作ったのは2008年。YouTubeが日本語対応した翌年のことだという。
現在、同社サイトの「ムービーギャラリー」には25本の動画が並ぶ。ルンバのモデルチェンジなどに伴い、多くが入れ替わったが、動画による商品説明を始めた当初から一貫して変わらないものがある。消費者が抱くであろう疑問などを先手を打って解消しようという姿勢だ。
「ロボット掃除機とは?」を動画で

円盤型をしていて、自ら部屋を動き回ってゴミを集める。一般的な掃除機とは形状ばかりでなくコンセプトも大きく違う。「ロボット掃除機とはどのようなものでどのように動いて掃除をするのか」。それを消費者に理解してもらうには動画を使って、その動きを見せるのが有効。そうした考えに基づいている。
「壁際のゴミも」「テーブルの足回りも」といったタイトルが付いている動画はその典型だ。「円盤型をしているので壁際のゴミなどは吸い取り残してしまうのではないか」。ルンバに興味関心を持った消費者の多くが抱く疑問を、実際にルンバを動かし掃除をして見せることで解消する。自社サイトの動画コーナーにはテレビCMのロングバージョンを載せているだけといった企業に比べれば、同社の動画活用の狙いは明確で巧みさがうかがえよう。
同社が動画活用に力を注ぐのは、あまりに低かった製品認知を、動画をきっかけとするクチコミによって上げるという狙いもあった。
今や人気家電製品の1つになったルンバだが、国内販売が始まった2004年当時、その認知は「ほぼゼロだった」(経営企画本部の徳丸順一取締役)。販売面でもかなりの苦戦を強いられた。それが一転。「ここ数年は、倍々ゲームの勢いで販売台数が拡大している」(徳丸氏)。この10月には累計販売台数が100万台を超えるなど業績は好調だ。
この間、ルンバの認知と販売台数の拡大に大きな役割を果たしたのが動画という訳だ。当初は同社制作の「公式動画」が、その役割を担った。しかし、本当に大きなインパクトを与えたのは「勝手動画」だろう。ルンバねこなど、一般の消費者がYouTubeなどに勝手にアップした動画が、公式動画をはるかに超える再生回数を稼いで、ルンバ人気に火を付けたのだ。
だからこそ、同社に与えた衝撃は大きかった。実際、これを契機に同社は公式動画に力を入れつつも、より直接的にクチコミなどを誘発できる新たな戦略へとシフトしていく。
三菱地所レジデンスと組んで、2012年に実施した「ルンバ対応型マンション」というキャンペーン企画はその1例。ルンバが掃除しやすいよう、モデルルームには脚下が空いた家具ばかりを使い、ルンバをそこで動かした。マンションの購入オプション品にもルンバを入れた。そうした目新しさでマンション購入客などの興味関心を引き、クチコミの拡散を狙った。その目論見は当たり、ネットでは一定のクチコミが生まれ、マンション自体も早期完売したという。
2014年に向けては、ネット動画でもクチコミ誘発施策に取り組む。
人気YouTuberとコラボへ
「HikakinTV」というYouTube上のチャンネルをご存じだろうか。Hikakin(ヒカキン)という20代の若者が開設し、登録者が84万人を超える人気チャンネルの1つである。掲載動画は様々だが、「カルピスとコーヒーを混ぜると美味いらしいから試してみた!」「ルンバ買ってみた!ロボット掃除機ルンバ780! iRobot Roomba!」など、Hikakinが顔出しでしゃべりつつ、自腹で購入した新製品などを試す様子を自撮りするパターンが多い。
Hikakinは、HikakinTV以外にも3つのYouTubeチャンネルを持ち、その合計再生回数は4億回を超えているという。人気の高さには目を見張る。
実は今、このhikakinのような人気ネット動画を自ら作成・投稿する「YouTuber(ユーチューバー)」などと呼ばれる人たちの可能性に企業が着目。動画広告などの制作を依頼する動きが広がろうとしている。人気者とはいえ彼らの生活は一般の消費者のそれとさほど変わらない。だからこそ消費者目線の動画が作れ、消費者の共感も集まりやすい。新しい動画広告のあり方として、注目が集まっているのだ。
セールス・オンデマンドは2014年、そんなユーチューバーとのコラボレーションに乗り出そうというのである。
同社はルンバの新たな製品PR用の動画広告をユーチューバーと協力して制作すべく既に社内検討を始めている。「影響力の強いユーチューバーと組むことで、ルンバのクチコミを増やし、認知のさらなる向上につなげる」(営業本部宣伝部広報・PRの坂井奈央氏)ことを目指す。ロボット掃除機という製品ジャンルを日本で確立することに成功した同社。ユーチューバーとのコラボ動画広告でも先駆者となれるだろうか。