2014年は、利用者の過半数がスマートフォン経由になるサイト、サービスが続出するだろう。スマホは単に「対応」するものでなく、最優先で「最適化」させるものとなる。デジタルマーケティングはどう変わるのか、注目の4分野を展望する。
マイクロソフトのシェアは約70%から24%に激減──。
最近、米ニュースサイト「Business Insider」の記事に掲載された1枚のグラフが話題を呼んだ。2009年から2013年6月にかけての世界のコンピュータプラットフォームのシェア推移を示すものだ。
パソコンの世界で独占的地位を築いてきたマイクロソフトを追い落としたのは、もちろんスマートフォンだ。同記事によれば、今年6月はAndroidだけでも60%近いシェアを誇るという。ネットを利用する端末=スマホ。世界的にはそんな時代に突入した。
国内でもその勢いは同様だ。調査会社のMM総研は、2014年度末に携帯電話契約数に占めるスマホの比率が53.6%に達すると予測する。

パソコンよりスマホからのアクセス数が多いサイトも出ている。右のグラフはオールアバウトが運営する情報サイト「All About」にある、スマホでの表示に最適化した65カテゴリーのうち、ページビュー(PV)の過半数がスマホからとなったカテゴリーの比率をグラフ化したものだ。この半年ほどで急増した。

どのようなカテゴリーでスマホからの利用が多いのだろうか。それをランキング化したのが、右下の表だ。「恋愛」(81.7%)、「ヘアカタログ」(80.5%)など女性がよく利用するカテゴリーは突出して、スマホからのアクセスが多い。こうした女性のスマホの利用動向の変化は、本誌が実施した調査でも顕著に傾向が表れている(関連記事)。
一方、「土地活用」(75.3%)、「退職金・老後のお金」(72.9%)など不動産や金融はまだパソコンからのアクセスが占める割合が高い。だが、All About編集長の西村俊彦取締役は、「分かりやすいデータだが、今はパソコンの比率が高かったとしても、それをスマホへの投資の判断基準にするのは危険だ」と指摘する。カテゴリーの中でも、スマホでよく見られるコンテンツ、パソコンでよく見られるコンテンツの傾向があるという。さらに細かく、消費者の動向を見据えてマーケティングを実施しなければならない。
企業はこの変化にどう向き合うべきか。スマホ普及に影響を受ける「オムニチャネル」「アドテクノロジー」「メールマーケティング」「サイト構築」の4つの分野に絞り、企業事例を織り交ぜながら2014年を展望していこう。
【オムニチャネル】SPA中心に対応が相次ぐ、実現のための3条件とは
店舗で洋服を見ながら、スマートフォンのアプリで商品をお気に入りに登録。帰宅後にアプリを立ち上げて昼間に見た商品を吟味し、欲しい商品を決める。そして、アプリから最寄り店舗での試着予約を申し込む─。
オンライン側のEC(電子商取引)サイトやソーシャルメディアと、オフライン側の店舗や紙のDM。これらすべての消費者接点を統合して、シームレスな購買体験を提供する。こうした考え方は「オムニチャネル」と呼ばれ、流通企業を中心に注目を集めている。イオンやセブン&アイ・ホールディングスはオムニチャネルの推進を経営戦略として掲げる。
2014年はオムニチャネル元年とも言える年になりそうだ。注目を集める背景には、スマホを片手に買い物を楽しむ消費行動の変化がある。企業はより消費者に寄り添って手助けする必要がある。そこに気付いた企業がオムニチャネルへの対応に動き始めている。
注目は高まる一方だが、意外にオムニチャネルというキーワードの定義は確立していない。本誌はNTTドコモや東京急行電鉄などを顧客に持つオムニチャネル専門コンサルティング会社Leonis & Co.(東京都新宿区)の伊藤圭史共同代表の協力を得て、オムニチャネル実現の条件を3つにまとめた。それは「情報の統合」「物流の統合」「チャネルの統合」だ。

まず、情報の統合では、会員情報と在庫情報の大きく2つが該当する。これらを店舗とECサイトで統合する必要がある。これによりECサイトでお気に入りに入れた商品をスマホを使って店舗で探す、店舗で見て後から欲しくなった商品をECサイトから取り置きするといったことが可能になる。
次に物流の統合。店舗に在庫がある商品をECサイト経由で売る場合、店舗から配送する必要がある。情報を統合した上で、それぞれの在庫をきちんと配送できる体制を整えるべきだ。
最後にチャネルの統合。ここで言うチャネルとは店舗とECという販売チャネルだけではなく、ソーシャルメディアやメールマガジン、DMといった情報発信のチャネルも含む。例えば、Facebookで実施したキャンペーンで取得したクーポンをスマホに保存してECでも店舗でも使えるようにする。こうして、クーポンを取得したサービスから利用した場所までを一貫して把握することで、顧客の理解が深まる。
オムニチャネルに先駆的に取り組むのがSPA(製造小売り)だ。SPAは、生産数や自社店舗への配荷状況などにより在庫情報を把握している企業が多い。ECサイトとつなぐだけで、情報とチャネルの2条件をクリアできる。
社長の号令でオムニチャネル急進
「すべての販促施策やマーケティング戦略をECと連携させ、O2O(オンライン to オフライン)を推進していく」
若年層向けファッションブランド「earth music&ecology」を展開するクロスカンパニー(岡山市北区)の石川康晴社長は7月、役員や統括マネージャーが参加する戦略会議で檄を飛ばした。同社は全国に約570店を展開する急成長中のSPAだ。

社長の号令からわずか3カ月後の10月、同社はECサイトを刷新するとともに、取り扱う全ブランドの商品を販売するスマホ向けECアプリ「CROSS COLLECTION」の提供を始めた。「購入する場としてだけなら、スマホ向けECでもよかった。だが、オムニチャネルの推進には、サイトだけでは機能の限界を感じた」と営業本部IT・通販事業部の鈴木雅也統括マネージャーはアプリ提供の理由を説明する。
10月のサイト刷新とアプリ提供のタイミングで、ECサイトとアプリの両方から店舗の在庫情報を見られるようにした。さらに2014年2月には、ECサイトと店舗の会員IDを統合。ポイントの仕組みも統合し、アプリに会員カードを搭載する計画だ。まさにオムニチャネルに必要な条件が揃おうとしている。
「ECと店舗の購買情報の統合によって、本格的にCRM(顧客関係管理)に取り組めるようになる。スマホの持つ位置情報やプッシュ通知などの機能も使いながら、顧客ごとにより最適な情報配信を目指す」(鈴木氏)。社長の号令で、同社のオムニチャネル戦略は一気に加速した。システム投資や様々な部署が横断的に関わるだけに、オムニチャネルの推進には経営陣の決断が求められると言えそうだ。
元々、商品在庫データベースを保有しているSPAに比べて、既存流通、とりわけ百貨店はすぐにオムニチャネルを実現するのは難しい。百貨店という売り場を用意して、そこに入居するテナントから賃料を得るという事業モデルのため、入居しているテナントの商品在庫や売り上げを詳細に把握してこなかったのがその要因だ。
O2Oから開始した東急百貨店
東急百貨店においては、「現時点で在庫情報を把握可能なのは、(ブランドなどから)買い取りしている商品だけで、全商品のうち1~3割程度」(営業政策室顧客政策部顧客政策担当の須?直哉課長)にとどまっている。
残りの7~9割の商品在庫データベースを作るとなると、コストも時間もかかる。しかし、そのコストを回収できる保証はどこにもない。そこで、東急百貨店では将来的に商品在庫データベースの構築や、東急グループの共通ポイント「TOKYUポイント」の会員IDをECサイトと統合することなどを視野に入れながら、まずはO2O領域での取り組みに力を入れている。
4月に提供を始めた、スマホ向け「東急百貨店アプリ」はその1つ。東京・渋谷にある3店舗とたまプラーザ店の合計4店舗を対象に、店舗情報を提供する。10月にはクーポン配信機能を加えた。このクーポン配信で、徐々に売り上げ貢献という成果が表れている。
東急百貨店は10月25日に、渋谷本店で2万円以上購入すると、先着5人にワインをプレゼントするクーポンをアプリで配信した。「当初は1人も引き換えに来ないと思っていたが、結果的には約1週間で定員に達した」と須崎氏は予期せぬ成果に喜ぶ。クーポンというと割引というイメージだが、こうした高額購入にひも付くクーポンも利用されることが分かった。小さな成功ではあるが、社内の評価も高いという。
今後は、まずアプリ利用者の拡大を目指す。店舗が限定されていることもあり、現時点でのダウンロード件数は8000件程度。これを来年には10万件まで拡大することを目指す。併せて、様々なクーポン施策などを展開して、徐々にO2Oの成果を示しながら、本格的なオムニチャネル戦略へと段階を進める方針だ。
店舗を持つ強みを発揮してEC専業に対抗する。オムニチャネル戦略の推進は2014年、多くの流通企業に喫緊の課題となるだろう。