今や安倍政権が成長戦略の目玉として掲げる医薬品のネット販売解禁だが、これを勝ち取った主役はケンコーコムである。2009年の改正薬事法施行に伴ってネット販売規制を定めた厚生労働省令の取り消しを求める行政訴訟を起こし、以来3年半にわたって国を相手に戦ってきた。

 だがケンコーコムが開いたネット販売解禁の扉は、価格競争スタートの号砲でもあった。ケンコーコムとウェルネット(横浜市戸塚区)の2社が起こしたのは、医薬品をネット販売する権利を確認する当事者訴訟で、その効力は訴訟を起こした当事者にのみ及ぶ。だが判決がネット販売を禁じた省令は違法で無効という内容だったため、中小の薬局・ドラッグストアが早々に見切り発車で販売を開始。ケンコーコムよりも安い値付けをする業者が目立った。

 前編で取り上げたドラッグ・フォートレスはその象徴的な存在だ。ワンクリックで「安い順」にソートできるECにおいて、ネット販売の道を切り開いた功労者が埋没してしまう恐れはないのか?

 少なくとも現状においてその不安は杞憂のようだ。第1・2類医薬品の販売再開当初、同社の1日当たりの医薬品売り上げは約500万円で再開前の約5倍に増加。現在も同4.5倍のペースで売れ続けているという。年換算で約13億円の増収だ。2013年3月期のEC事業売上高は約160億円であることから販売再開の効果は相当に大きい。

自社名を指名した検索が増加

 消費者のケンコーコムに対する期待は、売れ筋商品のラインアップから把握できる。トップ15品目の内訳を見ると、1位・2位ともに第1類で、第1類は計4品、第2類が7品(指定2類含む)、第3類が4品という構成。増収分はほぼそのまま1・2類の売り上げに該当し、1・2・3類の売り上げ比率は大まかに2:2:1の割合。1類と2類では若干1類が上回っている。

ケンコーコム 医薬品売れ筋トップ15

 一方、富士経済(東京都中央区)の調査によると、一般用医薬品の市場規模は約6000億円で、1類は5%弱、2類が約4000億円で3分の2を占め、3類が3割弱。ケンコーコムの売り上げ構成とは大きなズレがある。昨年までネットで販売できなかった1・2類、特に1類をネットでなら購入したいニーズが高かったことがうかがえる。

 他店の安売りは脅威の一つには違いないが、「医薬品 ケンコーコム」といったキーワードでのサイト来訪が増えており、裁判での勝訴が知名度およびブランドイメージの向上、そしてアクセス増へと結びついている。そこで同社は、安心・安全に販売する仕組みづくりを最優先に取り組んでいる。

 同社業務部長で薬剤師の倉重達一郎氏は、「お客様の購入履歴を基に、一定期間内に同種の医薬品を複数回注文するといった懸念点がある場合は薬剤師が直接お客様に問い合わせをして販売してよいかを判断している。こうした個別の確認は月100件程度。うち2割ほどは最終的に販売をお断りしている」と安全対策の一端を説明する。

 また、ロキソニンなど医療用医薬品から転用されて日が浅く、リスク評価が完了していない第1類医薬品の購入客には、この9月から注意喚起メールの送信を開始した。服用後に副作用が起きていないかを確認し、起きていた場合は早期発見、適切な受診勧奨、副作用事例の収集・報告に役立てる。

一部の第1類医薬品の購入者には、注意喚起メールを送信

 購入履歴が残るネットのメリットを生かし、むしろ実店舗の店頭販売よりも安全性が高いことをアピールしていく。こうした安全のための取り組みにはそれ相応のコストがかかるため、同社は当面安売りに打って出る予定はない。大手ドラッグストアの店頭価格を目安にして、割高感が出ないように値付けしている。

 そもそも一般消費者は医薬品のネット販売に賛成なのか反対なのか。マクロミルを利用して20~30代男女500人に尋ねたところ、賛成派が7割を超えたが、うち4割は「条件付き賛成」。その条件としては、安全性、安心感を求める声が圧倒的だった。「医薬品といえばケンコーコム」というブランド力に安住せず、安心・安全に投資することが顧客の信頼につながることを同社は実証しようとしている。

ドラッグストアも一転、対応に走る

 薬剤師会と並んでネット販売に難色を示していた団体として、ドラッグストアの業界団体である日本チェーンドラッグストア協会がある。一般用医薬品の約6割はドラッグストアが販売しており、ドラッグストアが取り扱う化粧品や日用品、食品などさまざまな商品ジャンルの中で医薬品は最も利幅が大きい商品だ。ネット販売解禁で安売り競争が必至となれば、ドラッグストアにとって底堅い収益源を失うことになりかねない。

 だがすでに号砲は鳴ってしまった。協会もネット販売の自粛要請を解除した。各大手チェーンは、好むと好まざるとにかかわらず対策に乗り出す必要がある。

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