人気映画「サマーウォーズ」の舞台になったことで若者の聖地訪問が増えている長野県上田市。長野新幹線が停車する上田駅から県道沿いに徒歩15分ほど、千曲川に架かる橋を渡った先にある調剤薬局「なみき薬局」が今年、医薬品のネット販売解禁を受けて一躍“ドラッグウォーズ”の震源地として注目を集めている。

 1階の薬局は、近所の顔なじみのご老人と店主が世間話に花を咲かせるアットホームな雰囲気が漂う。だが2階で運営している医薬品販売サイト「ドラッグ・フォートレス」には、その雑談の最中にも全国からひっきりなしにオーダーが舞い込む。

 楽天市場やAmazon.co.jpなどのショッピングモールサイトで医薬品名を検索すれば、すでに出店店舗によって値付けが異なっていて価格競争が始まっていることが見て取れる。今年1月の最高裁判決後、中小の薬局が先手を打って第1・2類医薬品の安売りに乗り出した。ドラッグ・フォートレスもその一角である。

最安値を保証する「ドラッグ・フォートレス」

 そんな中、同サイトが際立って注目を集めるのは、ボタン1つで最安値を表示する「最低価格保証」を導入しているため。プログラムでショッピングモールやEC(電子商取引)サイトをクロールして価格調査して、自動的に最安値の店より安い値付けをする。

 なみき薬局を買収し、薬局免許を得てドラッグ・フォートレスを運営しているメディール(長野県上田市)の田中克明社長は、「再販制度が撤廃されてからもメーカーの意向が価格に強く影響する業界独特の商慣行に風穴を開けたい」と意気込む。

 実際にその値付けを見ていこう。10月14日にアクセスしたところ、第1類医薬品の胃腸薬「ガスター10」12錠(希望小売価格1659円)は、楽天市場での最安値1117円に対し、同サイトは10円安い1107円。同じく第1類で発毛に有効なミノキシジルを5倍配合した人気の「リアップx5」は残念ながら品切れしていたが、従来品の「リアップ」120ml(同9975円)は、楽天最安値8610円に対し87円安い8523円だった。第1類は大手ドラッグストアなどでほとんど値引きしないため、割安感が大きい。

楽天市場より981円安い

 ネット最安店からの値引き幅は必ずしも数十円単位とは限らない。判決前から販売が許可されていた第3類医薬品の滋養強壮剤「キヨーレオピンNEO」60ml×4本(同1万185円)の場合、楽天市場最安値9980円に対し、同サイトは981円安い8999円を提示していた。田中社長は、「システムが自動的に値付けしてしまうので、たとえ仕入れ値を割っても迷う余地なく最安値で販売せざるを得ない。また、一定の利幅が確保できている医薬品は他店の値付けがどうあれ大胆に値下げするようなプログラムになっている」と説明する。

価格競争はすでに始まっている(価格は10月11日時点)

 田中社長自身、薬剤師ではあるが、その経歴は異色だ。東邦大学薬学部を卒業後、製薬メーカーの研究所に勤めたものの、27歳で会社を辞め世界の遺跡巡りの旅に出た。そこで出会った旅行者が手足に施していたファッション性の高い入れ墨に魅了され、帰国後カジュアル入れ墨ビジネスを起業し、一山当てた。

 その後旅行ガイドやイラストレーターを経てIT企業家としてモバイルサイト、ゲームアプリを手掛ける。軌道に乗ってはいたが一時的に体調を崩し、リアルの世界で仕事をしようと“昔とった杵柄”の薬剤師として働き始めたそのタイミングで、医薬品ネット販売解禁の機運が高まった。昨年4月にネット販売を認める東京高裁判決が出たことで、薬剤師兼IT企業家の血が騒ぎだし、メディールを設立。すぐさま販売サイトを立ち上げ、年明けから第1・2類医薬品の販売を開始。5月には黒字化し、月商は現在4000万円に上る。

「価格競争の先」が勝負どころ

 買収候補先の薬局はいくつかあったが、あえて東京を離れて上田市を選んだのには理由がある。地域の薬局・薬剤師が加入する薬剤師会の中でも上田は特に対面販売を推進してきた地域であり、その上部組織に当たる長野県薬剤師会も薬剤師のスキルアップ研修に力を入れる一方で、ネット販売解禁阻止の署名活動を展開するなど、反対派の旗振り役を担ってきた経緯がある。田中氏は「ここで認められれば、ネット販売への理解も進む」と考え、逆境に飛び込んでいった。

 「変革を起こすのは『若者、よそ者、バカ者』と言いますよね。私はもう若者ではないけれど、あとの2つは当てはまる(笑)」(田中氏)。医師、薬剤師、製薬メーカーなどから成る医療界のヒエラルキーからすればアウトロー的な存在の田中氏が、ネット販売の先導者として時代をリードしている格好だ。

 むろん、大手小売業者が医薬品ネット販売に本腰を入れて大量仕入れと資本力を武器に安売りに乗り出せば、中小事業者は消耗戦の末敗れるシナリオも考えられる。だが田中氏は「それは織り込み済み」として価格競争の“次”を見据えている。

 「価格競争が一段落して適正価格に落ち着いてからはサービスの質の勝負になるだろう」。そう睨む田中氏は、現状の薬剤師1人、登録販売者1人の計2人体制から10人以上にスタッフを増強し、きめ細かい情報提供や24時間相談できる体制など手厚いサービスに舵を切る方針。ネット販売によって薬剤師の活躍の場が増えるような形を作ることで、薬剤師の理解と協力を得たい考えだ。

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