事業部門それぞれが広告予算を持ち、個々に広告を出稿するために、例えば、複数の部門が同じキーワードで検索連動型広告を重複出稿して、“競合”してしまう──。ネット広告運用で、こんな縦割り組織の落とし穴に、足を取られている企業は少なくないのではないか。

 この難題に組織改革をもって臨み、ネット広告の全体最適化に挑んでいるのがヤマハだ。この春、楽器やオーディオ製品の販売とマーケティングを担当する子会社ヤマハミュージックジャパン(東京都港区)を設立。同社のWEB・CRM推進課という組織に、ネット広告の出稿窓口を一本化した。その結果、同課を中心に、部門横断でネット広告の効果測定をして、消費者ごとに最適な広告を効率的に配信する体制が整いつつある。

 例えば、この10月にはネット経由で大人向け音楽教室の体験レッスンを申し込んだ人にリターゲティング広告を使い、楽器のレンタルサービスを告知する取り組みを始めた。それぞれヤマハミュージックジャパン内の別部署が手がける事業だが、これ以前に複数部門が連携して広告を出稿したことはなかった。

無料体験レッスンの参加者に、楽器レンタルの広告を配信した

 「体験教室を申し込む人の中には、楽器を持ってない人もいる。そんな人にネット広告も使って楽器のレンタルサービスを勧める」(事業企画部WEB・CRM推進課の前田武敏アシスタントマネジャー)ことが狙いだ。

 趣味として、楽器に興味を持って体験教室に申し込んだものの、高額なものも多い楽器を購入することをためらう人もいるだろう。そんな人に楽器レンタルサービスを勧めるわけだ。

 ヤマハがネット広告の出稿窓口の統合に動き始めたのは昨年5月。従来は部門間の連携に乏しく、他部門が、いつ、どんな広告キャンペーンを展開しているかを把握できなかった。

検索連動型広告で社内競合も

以前は部門ごとにネット広告を出稿

 例えば、検索サイトで「音楽教室」というキーワードで検索すると、大人向け、子供向け、オンラインで受けられる音楽教室など、ヤマハが出稿した複数の広告が表示され、互いに競合する状況だったという。こうしたことから前田氏は、「もっと全体最適を考えて、広告を配信すべきではないか」と危機感を募らせていた。

 また、部門間で、広告効果の指標も統一されていなかった。広告の効果検証のため、事業部門が複数参加する報告会は実施していた。が、それぞれが異なる広告代理店を使っていることなどから、設定しているKPI(重要業績評価指標)も違っていた。

 その報告会では、音楽教室の生徒を募集する広告なのに、そのコンバージョンに講師の応募数が含まれているなど、ネット広告に関する担当者の知識が不十分なケースも散見された。「ただ数字を確認するためだけの会議になってしまい、運用をどうするかといった話し合いはできていなかった」と前田氏は振り返る。

 そこで、ヤマハのWebサイトを統括している広報部などにも協力を仰ぎながら、それまでは手つかずだった広告運用、出稿窓口の一本化に向けた取り組みを進めていくことにした。

 もちろん、この改革は容易ではなかった。事業部門は、自部署の売り上げを増やすために頭をひねり、専門ではないとはいえ、ネット広告にも取り組んできた。「全体最適」という錦の御旗があっても、すぐに「広告運用をWEB・CRM推進課に任せよう」とはならないだろう。同課に任せたとしても、自部門の売り上げが落ちたときに困るのは自分たちなのだから。

上層部も巻き込み統合を推進

 そこで、出稿窓口を一本化することが会社にどの程度、プラスになるのかを推定するための前段階として、社内で使われていたネット広告の総費用を確認した。その結果、「億単位の広告費が使われていることが分かった」(前田氏)。これだけの額の広告費を最適化できれば業績に与えるインパクトも大きいはず。この資料を前田氏は、上司を通じて経営層に提出した。

 この金額には経営層も驚きを隠さなかったという。「今までと同じ体制では、最適化できないだろう」。そうした判断が下り、構想にとどまっていた広告出稿窓口の一本化が、プロジェクトとして正式に動き始めた。

 最初に議論したのは、予算のあり方だった。案は2つ。1つ目は、ネット広告の予算をすべてWEB・CRM推進課に集約する。もう1つの案は、広告予算は現状のまま各部門に残し、出稿の窓口のみ一本化するというものだ。

 最終的には、後者の案が採用された。「全体最適化を図る過程で、自分たちの予算が、他部門に奪われてしまうのではないか」といった懸念が多かったからだ。経営層も「各部門に予算を持たせて企画を考えさせないと、代理店に丸投げしている状態と変わらない」という意見だった。

 次に、事業部門ごとの売り上げ目標に対して、ネット経由のコンバージョン数に関する目標の擦り合わせをした。その際、次のような実例を紹介して、事業部門を説得したという。

 ヤマハには見た目は普通のピアノだが、ヘッドフォンを接続すると音が出なくなる「サイレントピアノ」という商品がある。この商品のプロモーションで検索連動型広告を出稿したところ「サイレントピアノのページ」への訪問者数は増加したという事例である。

 一見、成功例のようだが、アクセスデータを解析したところ、「ピアノのページ」への訪問者数は減少しており、トータルの訪問者数はほぼ同じだった。「ピアノのページからサイレントピアノのページを訪れていた導線が、広告経由に変わっただけのこと。広告を使わず、ピアノのページでサイレントピアノを強く訴求するだけでよかった可能性もある」と前田氏は分析した。

 この事例を引き合いに、広告効果を最適化することの難しさを実感してもらいつつ、広告出稿窓口を一本化するメリットを粘り強く説明した。

 その努力が実り、この春から、一部例外はあるが、ネット広告出稿の窓口がWEB・CRM推進課に一本化された。その成果も少しずつ表れ始めている。

 6月にサイレントピアノの担当部署からネット広告の出稿を打診された際には、「検索連動型広告は止め、商品認知を目的としたディスプレイ広告を中心に出稿すること」を提案した。消費者調査から49%の人がサイレントピアノを知らず、商品認知が低いことが明らかになったからだ。その結果、6月のサイレントピアノのページのページビュー(PV)は86%増、ピアノカテゴリーも全体で20%増となった。 WEB・CRM推進課の挑戦は始まったばかり。今後、さらにデータをためて、ネット広告のさらなる最適化を目指していく。