アマゾンジャパンのトラフィック&マーケティング事業本部長の川謙氏

 日経デジタルマーケティングは10月9日、読者無料セミナー「デジタルで実現する顧客との関係深化戦略」を開催した。最初の講演は、日本最大級のEC(電子商取引)サイト「Amazon.co.jp」を運営する、アマゾンジャパンのトラフィック&マーケティング事業本部長の川謙氏が登壇した。「Amazon.co.jpが考える顧客との関係構築」をテーマに数々のマーケティングの取り組みを紹介し、その根源にある哲学「顧客からスタート」(顧客起点)を説明した。

 1995年に米国で創業したアマゾンは、2000年に日本向け事業をスタート。現在では、月間のユニークビジター数が4800万(comScore 2012年7月調べ)、登録商品数が5000万以上となり、2012年の日本での売り上げは78億ドルにまで達している。これだけの成長を遂げた今でも、創業時の理念である「地球上でもっともお客様を大切にする企業であること」「地球上でもっとも幅広い品揃えを提供し、オンラインで購入できるeコマースサイトであること」を大切にし続けていると川氏は語る。

注視すべきは競合か、自社か、顧客か

 川氏によれば、一般的にビジネスを成長させるための考え方は3つあるという。1つ目が競合の他社にフォーカスし、それをベンチマークとする方法。ライバル企業の動向を注視することは、業界全体の行く末を見つめることでもあり大切なことだが、同時に「他社の後追いばかりになる」(川氏)危険性もある。2つ目が、自社の強みを拡大する方法。しかし、それだけにこだわってしまうと、将来のビジネスが過去の延長線上にとどまってしまう恐れがある。

 そして、最後の顧客からスタートすることこそ、アマゾンが選んだ成長戦略だ。なぜなら、顧客の行動や考え方、また欲しているものは、場所や時、そして技術の変化に左右されず、大きく変化しないものだからだという。単なる「顧客重視」ではなく「顧客からスタートする」という言葉は、講演の中で繰り返し強調された。「顧客からスタートしてこそ、革新的なサービスの実現や、イノベーションを推進できる」と、川氏は熱弁した。

 顧客からスタートを重視するアマゾンが、顧客ニーズを満たすために重視するのが、「品ぞろえ」「低価格」「利便性」の3つだ。品ぞろえを充実させれば「探しているものが何でも見つかるサイト」という顧客の期待に沿うことができる。また、いつでも安心して買うことができる価格を示し、かつ手数料や送料なども含めたトータルバリューによって「アマゾンなら安い」と顧客に印象づける。そして利便性とは、求める商品を簡単に探せ、迅速に商品が届くというECにとっては重要な要素だ。

 アマゾンにとってのイノベーションとは、この3つの柱をプロセスと技術によって強化していくことを意味している。決して、技術ありきでも、ライバルと比較してでの改善でもない。この「顧客からスタート」によって実現したイノベーションは、外部のパートナー企業も巻き込んだ取り組みに発展している。その1つが、アマゾン限定商品の開発だ。

 カゴメが9月24日に発売した「カゴメ プレミアムレッド」は、アマゾンと共同開発し、Amazon.co.jpで限定販売するトマトジュースだ。開発に際しては、商品レビューやカスタマーサポートへの意見など顧客の声を共有し、顧客が「トマトジュースに求めるもの」を探るところからスタート。そこから得られた「体に良いけど、野菜臭さが苦手」というインサイトにもとづいて、トマト本来の甘みを重視したものになっている。

 また、この商品はEC専売のため「陳列方法に左右されないパッケージデザイン」が可能になっている。店頭で缶を縦に置くことはない。だから横向きにデザインしてパッケージに大きくトマトを描くことができ、「アマゾンで買えるトマトジュース」というイメージ訴求も実現している。

商品やサービスを重視したマーケティングプログラム

 アマゾンでは数々のマーケティングプログラムを実施していることは、アマゾン利用者ならよく知るところ。なかでも顧客との接点という意味で、直接コミュニケーション可能なメールをアマゾンでは重要視している。しかし、一方的なコミュニケーションとならぬよう、「お客様との長期的な関係を大事にして、関連性の低いメールは極力送らない」(川氏)ことによって、顧客の体験(カスタマーエクスペリエンス)をより良いものとすることを心がけている。

 さらに顧客との関係強化という点において象徴的なのが会員制プログラムだ。小さな子どもを持つ家族向けに紙おむつや日用品を割引する「Amazon Family」や、学生向けに書籍などを割引する「Amazon Student」がある。いずれも、子育てや学習といった特定のライフステージにある顧客に対して、長期的な関係性を築くことを可能にしている。

 以上のように、アマゾンが実施するマーケティングプログラムは、すべて商品やサービスに焦点を絞ったものになっており、ブランディングや一時的な売り上げ拡大を狙うものではないことに特徴がある。その背景には、川氏が繰り返し強調するように「顧客からスタート」するという理念が、社内で深く浸透しているという事実がある。

 この考え方を示すエピソードがある。

 「創業当時、ジェフ・ベゾス(CEO)の指示で会議には空席の椅子を1つ用意していた。それは出席していないが、もっとも重要な人がいることを示すため」(川氏)。

 常に空席の「お客様の席」を用意することで、社員に理念を徹底したというわけだ。今ではあえて空席を用意することはないが、それは椅子というシンボルを必要としないほど、ビジョンの共有が進んでいるためだ。

 アマゾンは、サービス産業生産性協議会が実施する2013年度JCSI(日本版顧客満足度指数)第2回調査において、総合通販部門の第1位を獲得している。川氏は「顧客満足度は信頼の積み重ね。お客様に頼んで信頼が得られるわけではない。一歩一歩、地道に獲得する必要がある」と、顧客からスタートこそがすべての原点であることを重ねて強調して、講演を締めくくった。

■修正履歴
記事掲載当初、米アマゾンの創業年が間違っておりました。本文は修正済みです。[2013/10/16 16:15]
この記事をいいね!する