マーケティングにおけるビッグデータ活用とは、「顧客のことを深く知る」ことに尽きる。その中核を担うと期待を一手に集めるのが「DMP=データ・マネジメント・プラットフォーム」である。どれほどのインパクトがあるのか、活用を始めた先進企業とサプライヤーの動向から探った。
現代の“ゴールドラッシュ”とも言うべき現象が巻き起こっている。企業内に散逸していた金の“鉱石”であるデータを掘り起こそうという動きだ。膨大なデータを集めて、解析すれば、マーケティング戦略の立案、商品開発・改善、広告配信の効率化などに生かせるのでは…。そんな可能性を感じて、先進企業がデータの発掘に大挙乗り出してきた。
ただ、鉱石だけにそのままでは金にはならない。この鉱石を精錬し、保管するのがDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)だ。サプライヤー側もゴールドラッシュの恩恵をこうむろうと、DMP市場への参入が相次ぐ。

しかし、多くの企業はそんな金の鉱脈につながるデータを知らず知らずのうちに、自ら捨ててきた。
「ブランドサイトで様々なキャンペーンを展開しているのに、すべてが単発で終わってしまう。もったいないので何とかしたい」。デジタルマーケティング支援のインフォバーン(東京都渋谷区)執行役員の城口智義氏は、企業からそんな相談を受ける機会が増えていると明かす。
広告などでキャンペーンサイトに集客したのに、データを何も取得していない。そのせいで、キャンペーン参加者、あるいはキャンペーンサイトの来訪者に対して後日、別のキャンペーンをアプローチすることもできない。
こうした機会損失を減らしたいと考える企業の間でDMPの導入が進み始めている。社内外にある様々なデータを統合して、マーケティングに生かすためのプラットフォームである。例えば、1カ月前にサイトを訪れ、旅行と音楽に関心が高い20代男性だけに広告を配信する。こんな風に活用できる。
集められるデータはWebサイトのアクセスデータにとどまらない。購買履歴などの会員情報、メールや広告への反応データや、共通ポイント事業者などの第三者が持つデータなど社内外のデータを集約可能。これまで、分散していたデータを統合すれば、まさにビッグデータそのものになる。
花王がDMPに寄せる期待
今まで、活用できていなかった複数のブランドサイトのアクセスデータを統合して、顧客を知る。そんな取り組みから、自社でデータを保有・利用するためのプライベートDMPを活用し始めているのが花王だ。同社は5月に広告配信業者のフリークアウト(東京都渋谷区)のDMP「MOTHER」を、化粧品と一部のブランドを除くすべてのブランドサイトに導入。点在していたアクセスデータを集約して、サイトの来訪者が、花王のサイトのどんなページを閲覧しているかを俯瞰できるようにした。
花王メディア企画部門デジタルコミュニケーションセンターの本間充企画室長は、DMPを導入した理由を次のように説明する。「性別や年齢で広告を出し分ける従来型のターゲティング広告だけでは、キャンペーンに興味がある人を取りこぼしてしまう恐れがある」。従来の「30代女性向け」といったターゲット設定ではなく、ブランドやキャンペーンに興味のある人に適切にメッセージを届ける。そのためにも「DMPを活用して顧客のインサイトを明確にすることが必要だ」(本間氏)。
下図のように、DMPに統合できる「データソース」は主に4つに分類できる。(1)自社が所有するデータ、(2)第三者の所有するデータ、(3)メディアのオーディエンスデータ、(4)広告やメールの配信結果のデータだ。この(1)~(4)のデータを使って、「セグメント」を作り広告やメールなどの「チャネル」を通じてメッセージを届ける。そしてPDCA(計画、実行、評価、改善)を回すのがDMPの基本的な活用法だ。

データの統合や連携にはブラウザーに付与するCookie(クッキー)を使う。個人情報をひも付けない形で、クッキーに連携した情報だけを加えることもできる。
ターゲット設定の正否も確認、マーケティング戦略見直しにも道
花王はこのうち、(1)の自社が保有するデータの活用から始めた。DMPを導入した花王のブランドサイトを訪れた人のブラウザーに対して、クッキーを付与する。この人が花王のほかのブランドサイトを訪れると、その利用状況が分かる。最初のステップとして、このデータからブランド間の親和性の高さの分析を始めた。

ブランド間で来訪者の重なりが大きいほど、ブランド同士の相性が良いと推測できる。年内には、相性の良いブランドサイト同士でバナー広告を張り合って、相互誘導する計画だ。
例えば、飲料ブランド「ヘルシア」と育毛剤ブランド「サクセス」のサイト間で来訪者の重複が多いことが分かったとする。その場合には、ヘルシアのサイトの訪問者のうち、サクセスのサイトを訪れていない人に対して、サクセスのバナー広告を見せて誘導する。その逆にサクセスのサイトの訪問者のうち、ヘルシアのサイトを訪れていない人にはヘルシアのバナー広告を配信して誘導する。

もちろん、すべての人が両方のブランドに興味を持っているとは限らない。単に相互誘導したからといって、皆がブランドサイト間を行き来してくれることはないだろう。それでもハードルの低い取り組みから始めることで、その施策のデータをまたDMPに取り込んでいく。そうした施策の積み重ねで、データを活用したマーケティングを少しずつ推進していく。将来的には、マーケティング戦略全体の改善にも活用できる可能性があると本間氏は期待を寄せる。
例えば、新商品を発売する際、ブランドの責任者は商品特性から主なターゲットや目標シェアを決めて、マーケティング施策を展開する。その後、目標シェアを達成したかどうかだけが成果指標となり、設定したターゲットが合っていたかどうかは分析しきれていなかった。DMPを活用すれば、それが検証可能になる。
DMPは特定の人(ブラウザー)の様々なサイト利用状況を捕捉し、その人の利用者の年齢や性別を推測する。単純な例だが、若年女性向けサイトをよく見ている人は、若い女性の来訪者だと推測できる。このデータを使い、マーケティング施策の展開後にサイトの来訪者を分析して、全く異なるターゲットが多く訪れていれば、ターゲット設定が間違っていたと判断できる。
次に、サイトに多く訪れていた層を新たなターゲット層に据えてターゲティング広告を配信すれば、再度、その効果を検証ができる。そこで得た知見は、マス広告など、ほかのマーケティング施策にも生かせるだろう。