見込み客のWebサイト利用状況などから、必要としているであろう情報を把握し、それに沿ったコンテンツをサイトやブログなどに掲載する。そうして、検索エンジンなどを通じて発見してもらい、その見込み客のニーズを満たすことで、問い合わせにつなげる。問い合わせを受けた後も、さらにサイトの閲覧状況を把握、分析しながら、営業を支援する――。
こうした手法はインバウンドマーケティングと呼ばれ、注目が集まっている。
産業機器向けのスイッチやセンサーを扱うパナソニックの制御機器事業部は、このインバウンドマーケティングにいち早く取り組み始めている。
「(製品情報サイトなどの)コンテンツの優劣で、商売の成否が決まってしまう可能性がある時代だ」
パナソニックオートモーティブ&インダストリアルシステムズ社制御機器事業部戦略企画室マーケティングGの岩見泰志氏は、BtoB企業のマーケティングにおける製品情報サイトやブログに掲載するコンテンツの重要性をこう言い表す。
勝負が検索段階で決まってしまう可能性も
ネットの利用が広がる前、同部では、営業担当者が顧客を獲得してきて、さらに継続的な取り引きにつなげて、LTV(顧客生涯価値)を拡大する、という王道的な手法を中心に売り上げを作ってきた。
しかしネットの普及によって、状況は大きく変わりつつある。顧客企業の担当者は、自社に必要な製品やサービスに関する情報をネットを使って自由に探せるようになった。営業担当者が訪問した時、既に顧客はネットで情報を調べ、他社製品とも比較済み、といったことも珍しくなくなった。Webサイトに必要なコンテンツが用意されていなければ、事前の検討段階で購入先の候補から外されてしまう恐れもある。
こうした変化は、チャンスでもある。事前の検討段階で、自社の製品に興味を持ってもらえるようなコンテンツを用意し、見込み客のニーズを満たして満足度を高められれば、顧客が“自発的に”問い合わせをしてくれる可能性を高められるからだ。

「顧客が興味関心を抱いた初期段階で、いかに有利なポジションに就けるか。それが極めて重要になる。そのためには(見込み客を)探すより、(見込み客に)探してもらえるようにする」(岩見氏)。そんな方針の下、昨年からインバウンドマーケティングに取り組み始めた。
もちろん、闇雲にコンテンツを拡充しようというわけではない。見込み客のニーズに合ったコンテンツは何かを見極めて、それを拡充する必要がある。
そこで同部は、マーケティング支援会社のマーケティングエンジン(東京都渋谷区)が販売するツール「HubSpot」を導入することで、見込み客のニーズを把握している。
HubSpotを導入すると、見込み客が、自社サイトのどのページに興味を持っていて、どういったキーワードで検索をしているのかといった情報を見込み客ごとに把握、解析できるようになる。いわゆるアクセス解析ソフトの一種だが、簡易的なCMS(コンテンツマネジメントシステム)の機能も備わっている。HubSpotの、この機能を使うことで、データの解析から、その結果に基づくマーケティング施策の実行までを、一貫して実行できるようになる。
データ活用で優れた営業手法を実現
具体的には、自社サイトやブログで、半導体リレー製品「PhotoMOSリレー」のスペックなど基本的な情報をまとめた資料のダウンロードページをHubSpotで制作し、サイト来訪者に対してダウンロードを促している。HubSpotはその管理画面から、用意した資料をダウンロードした見込み客が、どのような経路でサイトを回遊しているかといったことが、一目で把握できる。そのアクセス状況や検索キーワードから、見込み客が欲している情報はこうしたものだろう、という仮説を立ててコンテンツを作り、Webサイトやブログなどで発信できる。
実はこうしたことは、優秀と言われる営業担当者は当たり前に実践していることでもある。「能力の高い営業担当者は、見込み客や顧客が情報や製品を欲しいと思ったタイミングを捉えてアプローチし、受注につなげている」(岩見氏)。
会話の内容や、提案に対する反応などから、相手が何を求めているのかを察し、それを提供できる高いコミュニケーション能力があるからだ。
HubSpotはこうした対応を、ネットのデータを分析することで可能にするツールだと言える。アクセス解析をすることで見込み客が求める情報が何か、それが変化しているかどうかなどを把握。最適なタイミングでアプローチできる可能性を高めることもできる。
岩見氏によれば、この取り組みには同社の営業部門も高い関心を寄せているのだという。「以前は、営業活動とデジタルマーケティングのつながりが希薄だった」と岩見氏は振り返る。
たとえ、サイトのアクセスが増えたとしても、それが直接的に売り上げの増加につながるかというと、必ずしもそうではなかった。だから営業部門の関心も薄かったわけだ。それがHubSpotの導入で大きく変わった。
見込み客ごとに、求めている情報やニーズの強さがデータで把握できるので、営業活動をより高度にサポートできるようになった。「HubSpotが営業とデジタルマーケティングをつなぐハブの役割を担っている」(岩見氏)。
問い合わせがあった際、営業担当者にHubSpotによるアクセス解析情報を渡せば、見込み客のニーズにより合致した提案が可能になる。その後もアクセス状況などを把握し続けることで、より適切なフォローを、メールなどで実施することも容易になる。

ただ、営業部門との連携はまだ始まったばかり。パナソニック制御機器事業部における、HubSpotのデータを介した営業部門との連携は、これから本格化する見込みである。
HubSpot導入後から半年間は、「これまで作ったことのなかったコンテンツを作れる体制の整備」(岩見氏)などに注力してきた。以前のサイトは、製品のスペック情報などが中心で、コラムなどのコンテンツの制作経験が乏しかったためだ。
HubSpotを導入した後は、ブログ「制御機器コールセンターのブログ」を開設するなどして、顧客ニーズに合った情報配信に取り組んでいる。具体的には、HubSpotで分析した検索キーワードとコールセンターへの電話問い合わせを付き合わせて、よりニーズが高いであろうコンテンツをブログ記事として公開している。
こうしたコンテンツの制作体制の整備や、見込み客の解析作業などが一段落したことから、今後は営業との連携などの取り組みを本格化させる方針だ。