iPhone向けアプリ「RoadMovies」のダウンロード数は130万件を超えた

 「休日に仲間と連れ立って、クルマでドライブに行く。最近では、そんな若者がめっきり少なくなっている。このスマートフォンアプリを通じて、クルマに乗ること、ドライブに行くことの楽しさを再発見してもらえたら。そんな意識を持って、制作した」

 ホンダが開発したiPhone向けの動画作成アプリ「RoadMovies」の提供意図について、インターナビ事業室事業推進ブロックの三河明広主任は、そう話す。

 RoadMoviesは旅行先へと向かう車内からの眺め、あるいは子供が近所の公園で無邪気に遊んでいるシーンといった日常の風景などを、iPhoneのカメラ機能で撮影。アプリ上で編集したり、再生時に流す音楽を選んだりといった簡単な操作で“趣きのある”24秒間のショートムービーを作成できるもの。「YouTube」や「Facebook」への投稿も簡単にできる。

 提供開始は昨年11月だが、今年4月ごろから人気が高まり、ダウンロード数は130万を超えた。本誌のiPhoneアプリランキングでも、7月の「日本総合無料アプリ」で4位につけている。実際、YouTube上で「RoadMovies Honda」で検索すると、該当する動画は約2万5400件。盛んに利用されていることが分かる。

スマホが同業他社との競争上の焦点に

 動画を撮影・投稿できるiPhoneアプリは激戦区で、米ツイッターや米フェイスブックなどネット大手も参戦する。そんなアプリの開発に、自動車メーカーであるホンダがなぜ力を注ぐのか。むろんそこには自動車メーカーならではの明確な狙いがある。

 狙いの第1は三河氏が語っているように、クルマ離れが進んでいる若年層などにクルマに対する興味関心を喚起すること。そして第2は、ライバルメーカーとの差異化である。

 現在、自動車メーカー各社は通信機能を備えたカーナビゲーションシステムなどを軸とする「テレマティクス」サービスの拡充に力を注いでいる。

 これは自動車から速度情報などを吸い上げて渋滞状況や急ブレーキが多い場所などを把握し、それらを集約してカーナビに送信して表示させるといった通信、情報配信の仕組みである。自動車の販売において、クルマの走行性能や省エネ性ばかりでなく、テレマティクスのようなソフト面の付加価値は極めて重要になっている。

 ホンダは2002年に双方向通信サービスが可能なカーナビの提供を開始し、この分野に力を注いできた。三河氏は「当社のテレマティクス技術は世界で先端のレベルにある」と胸を張る。

 このテレマティクス分野において近年、スマホとの連携が一大テーマとして浮上している。基本的に乗車時しか使わないテレマティクスと、24時間持ち歩くスマホを組み合わせることで、より高度で幅の広いサービスが提供できると期待されているのだ。

 テレビがスマホと連携して「ソーシャルテレビ」に変わろうとしているのと同様に、自動車メーカーはスマホという「セカンドスクリーン」を取り込むことで、テレマティクスの進化を目論んでいる。

 RoadMoviesなどのスマホアプリの開発に力を入れるのは、そうした大きな戦略が背景にある。今後、スマホをより戦略的に活用するためにも、自社のアプリ開発能力を高めておくことは欠かせない。

 ホンダは9月以降、新たなスマホアプリの提供を予定している。カーナビアプリ「インターナビポケット」の新版であり、自分のクルマの走行状況を、後からスマホ画面で振り返って見られる機能を加える。

 「どのルートを通ったかという確認はもちろん、(道路に問題があり)急ブレーキが多発しているような場所がルート上にあったのか、そこで自分は急ブレーキを踏んだのか、といったこともスマホの画面から振り返ることができる。よく利用するルートに、急ブレーキ多発地帯があるなら、次回通る時に、より注意をして走行できるだろう。こうした情報をスマホでいつでも見られることが、安全な運転にとって有益だろうと考えている」(三河氏)。

 実は、9月に発売予定の小型車「フィット」のカーナビにも、走行中に「この先に、急ブレーキが多発している交差点があります」といった表示をして、注意を喚起する機能を盛り込む予定。だが、インターナビポケットのように走行状況を振り返る機能はない。

 走行状況を振り返るのは帰宅後などと考えるのが自然であり、カーナビ専用機よりはスマホアプリでこそ活用される機能だ。結果的に、こと「安全確認」の面においては、カーナビ専用機よりスマホアプリの方が高機能である、とも言えるのだ。

 より安全に走行してもらうことは自動車メーカーの責務だと言える。インターナビポケット提供の一義的な狙いはそこにある。だが同時に、このアプリはホンダ車ユーザーしか登録・利用できない仕組みになっており、他社に対する差異化ポイントにもなる。

スマホは新興国市場を開拓するカギ

 ホンダがスマホアプリに力を入れる狙いの第3。それは、成長著しい新興国市場の攻略に役立てることである。

液晶ディスプレイ付きのオーディオ装置「ディスプレイオーディオ」。ナビゲーションアプリをインストールしたスマートフォンを接続すると、カーナビゲーションシステムとしても利用できる(ホンダの軽自動車「N-ONE」の例)

 自動車業界で今、注目を集めている「ディスプレイオーディオ」というものがある。その名の通り、6インチ程度の大型液晶ディスプレイを備えた車載用オーディオ装置である。単体ではFMラジオやCDなどが聞ける、ごく普通のオーディオ。しかしスマホを接続すると、簡易的なカーナビゲーションシステムとしても機能する点に最大の特徴がある。

 日本や欧米などの先進国で主流になっている多機能なカーナビよりも価格は手ごろで、操作も簡単というメリットがある。このため中国などアジアの新興国市場などでは、多機能なカーナビと同じくらいディスプレイオーディオの人気が高まる、との見方もある。

 昨年7月に矢野経済研究所が発表した2015年時点におけるカーナビ関連機器の市場予測によると、全体の出荷台数は5580万台。このうちディスプレイオーディオは1020万台と、カーナビ(1850万台)の半分程度まで普及すると予測されている。

 ディスプレイオーディオの“心臓部”はスマホアプリであり、クルマに対する需要の伸びが高い新興国市場を攻略するのにも欠かせない武器になる、というわけである。

 スマホを制するものは市場を制する。巨大な自動車市場の行方を小さなスマホが左右しかねない時代が、猛スピードで近づいている。

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