既存の宣伝販促手法の効果低下、優良顧客層の高齢化、顧客の離脱防止の難しさ…。これらは国内企業の多くが抱えるマーケティング上の課題だろう。この課題克服へ、宅配寿司「銀のさら」を展開するライドオン・エクスプレス(東京都港区)が選んだ戦略はデジタルマーケティングの強化だ。昨年10月、直販サイトを担当するWEB企画室を、テレビCMや紙のダイレクトメール(DM)などを使った宣伝販促活動をする営業企画部に統合。宣伝販促と直販サイトの連携を強化してCRM(顧客関係管理)施策を実施し、LTV(顧客生涯価値)の向上を狙っている。
顧客と直接関係を築く直販サイト

銀のさらは2つの大きな経営課題を抱えている。まず、顧客層の偏りだ。銀のさらでは月1回以上注文する顧客を優良顧客と位置付けている。その優良顧客のうち、7割を50代以上が占めているという。顧客全体で見れば、日本の年齢構成と近似しているものの、「寿司という商品特性上、(優良顧客は)可処分所得の多い層に偏っている傾向がある」と、営業企画部WEB担当の渋谷和弘部長はみる。
もう1つの課題は、宣伝販促活動の主な手段である郵便ポストに投函する紙のチラシの効果の低下だ。銀のさらは、チラシをテレビCMの放送に合わせて大量に撒く。そして、テレビCMを見た人が手元のチラシを見ながら電話で注文するというのが必勝パターンだった。しかし、チラシ配布禁止のマンションが増えるなどが原因で、徐々に効率は下がっているという。
同社はこうした2つの課題の解決を目指し、組織を改革して、デジタルマーケティングの強化を進めている。

主な投資先が直販サイトだ。同社は従来、夢の街創造委員会が運営する出前専門のEC(電子商取引)モール「出前館」へ出店し、その注文機能を自社サイトにも実装してネット注文を受け付けてきた。しかし、自社で会員情報を持てないため、独自のCRM施策は展開できない。そのため、自社サイトを持つべきと経営陣が判断して、出前館への出店は継続しながらも、2011年に直販サイトを開設した。この直販サイトを中心に広い年代の優良顧客化を目指したCRMや、新規顧客開拓を目指した広告施策を展開している。新規顧客の獲得においては、テレビCMの番外編などを「YouTube」で配信して、若い層にも銀のさらに興味を持ってもらうための活動を強化している。
プレゼントも顧客が選ぶ
それ以上に力を入れるのは、CRMによる優良顧客の拡大だ。例えば、6月に新規顧客を優良顧客に引き上げることを目指して、自社サイト限定のプレゼント企画を始めた。施策開始から日は浅いが、早くも一定の成果を上げつつある。
同社の顧客が優良顧客化するまでの最初の大きなハードルが、2回目の注文だという。最初の注文後、1年以内に2回目の注文をする人は約4割。しかし、2回目の注文をした顧客が1年以内に3回目の注文をする確率は、6割以上にまで高まる。最初のハードルを越えさせることができれば、多くが優良顧客になることが期待できる。
プレゼント企画は、最初のハードル越えを狙うもの。企画自体は比較的単純だ。直販サイトで、初めて注文した顧客に対して、商品の配達時にプレゼントの引換券を渡す。そして、この顧客に最初の注文からおよそ1カ月後をめどに、メールや紙のDMを送って引換券の利用を促す。この顧客が直販サイトで2回目の注文をすると、券と引き換えにオリジナルの醤油皿がもらえる。直販サイトとDMを組み合わせた施策を柔軟に展開できるのも、サイト運営と宣伝販促の部署を統合したからこそだ。
プレゼントの魅力を高めるために、賞品はサイトの会員へのアンケート調査で決めた。醤油皿、醤油差し、湯のみなどの候補の中からどの賞品が欲しいかを尋ね、1000人以上の回答結果から、醤油皿を選んだ。こうしたアンケートを実施して、顧客が求めるものを探ることも、直販サイトならではの魅力だろう。
営業企画部の須藤潔部長は、企画を始めたばかりであることと、銀のさらの直販サイトの売り上げのうち新規顧客による比率は約2割と母数が少ないと前置きしながらも、「かなりの効果が出ている。確実に良い施策になる」と手応えを口にする。DMの送付やノベルティの作成といった一定の費用はかかるが、この結果、優良顧客が増えるのであれば採算は十分取れるはずだ。
リターゲティング広告でCRM
CRMの強化はこれだけでは終わらない。近いうちに宅配寿司店ならではのリターゲティング広告活用に挑戦する方針だ。
通常、ECサイトがリターゲティング広告を活用する場合は、サイトで閲覧した商品やカートに入れた商品を、離脱直後から複数回にわたって再訴求して購買を促すことが多いだろう。ところが、そうした活用法は銀のさらには向いていないという。その理由を渋谷氏はこう説明する。
「物品は買わなかった後に、再訴求されれば再び欲しくなる可能性は高い。一方、寿司は(離脱直後に)再訴求されてもお腹がいっぱいだったり、(一度食べるとしばらくは)寿司を食べたい気分じゃなかったりして見向きもされないこともある」
実際、同社は一度はリターゲティング広告を活用したものの、効果が薄かったことから配信をやめていた。しかし、宅配寿司店ならではの活用があるはず──。渋谷氏が考えた策が、既存顧客に向けたリターゲティング広告だ。銀のさらの一般的な注文頻度は、おおよそ1カ月~1カ月半に1回。つまり、一度注文した人に対して、1カ月後にリターゲティング広告を配信すれば、再度注文してくれるのではないか。そう仮説を立てた。
注文後に週1回程度、メールを送る。さらに1カ月後にはリターゲティング広告を配信したり、DMを送付したりする。メールやDMとネット広告を併用することで、顧客が銀のさらを目にする機会を増やし、出前を頼もうと思ったときに、銀のさらが選択肢の1つに入るように、ブランドを刷り込んでいく。そんな施策を展開予定だという。
「手探りな部分も多いが、やるからには売り上げの半分を直販サイトで稼ぎたい」と渋谷氏は意気込む。テレビCMとチラシによって新規顧客の獲得に注力するモデルから、直販サイトとその会員情報を活用したCRMによって優良顧客を増加させるモデルへ。銀のさらはデジタルマーケティングの活用で、その収益構造を大きく変革しようとしている。