「アルコール離れ、ライト化、低価格化というマストレンドがある一方、嗜好性の強い、クラフト志向のビールが支持されている。いま米国ではプレミアムビールの市場が10%ほどあり、日本にも可能性はきっとある、そう見込んでいた」
キリンビールが自らスペシャリティプレミアムビールとうたう「GRAND KIRIN(グランドキリン)」の開発と、発売後のブランディングなどを手がけた同社マーケティング部商品開発研究所新商品開発グループの山口洋平氏は、「モバイル&ソーシャル WEEK 2013」の講演で、そう語った。

山口氏に課せられたのは、既存の市場にはない高付加価値の商品を開発するというミッションだった。また、この商品はコンビニエンスストア「セブンイレブン」で先行限定発売されることが決まっており、従来のテレビCMを大量投下するようなマス広告とは違うプロモーションも求められた。
山口氏によれば、ビールの開発においてできることは、それほど多くない。シンプルに言えば、中身(味)、容器、デザイン。ポイントはこの3つに絞られる。
缶が並ぶ棚にも収まるよう設計
山口氏はまず、醸造技術者と対話することから開発をスタートさせた。技術者たちは「今の日本のビールはおもしろいものが少ない」と考える一方、「ビール愛好家が驚くようなものを作りたい」という強い思いも持っていた。そこで約2年をかけて200回以上の試験醸造を実施。キリンビールとして過去最大の量の麦芽を使用し、ディップホップ製法という新しい技術を投入することで、芳醇なコクと深く香る余韻を実現した。これがのちのPR活動にもつながっていく。
容器を開発したのは、定年を間近に控えたベテラン技術者だった。「新時代の瓶容器を最後に実現したい」。そんな思いから開発に没頭。通常、瓶は330ミリリットルで260gだが、これを140gへと4割も軽量化することに初めて成功した。直接瓶から飲みやすくし、香りも感じられるように広口にもしている。
さらに500ミリリットル缶と同じ高さ、同じ直径とすることで、従来はコンビニに棚の最下段に並べられる宿命の瓶ビールが、そのまますっぽりと500ミリリットル缶のスペースに収まるようになった。缶が並ぶ中に瓶が加わる、という意外性が演出できるようになった。
担当デザイナーは山口氏にこう話したという。「新しいビールの佇まいをつくりましょう」。
ビールと言えば普通は白、金などを基調にして、オーバル形状の丸いラベルを印象づけるようなデザインが一般的だ。「それとは違うものにしたい」。そこでジョニーウォーカーなどの洋酒を参考に、品格、嗜好品らしさをイメージしながらデザインしたという。
では、開発者の思いが詰まったこのビールをどうPRしていくのか。
コンビニで先行発売されることから、「比較的、若い世代へのアピールが求められる」と考え、発売直前に主にウェブメディアに向けて特別試飲会を実施した。そこで主に情報を発信したのは、中身と容器の開発者。山口氏は黒子に徹した。
通常のビールのように、ゴクゴクと飲み、そののどごしを味わうのではなく、温度変化を楽しみつつ、じっくりと飲む。そんな飲み方を具体的にレクチャーした。商品へのこだわりを丁寧に伝えたところ、招いたウェブメディアはこの商品を「マーケットを無視した本物のビール」「キリンの本気!とんでもないビール」などと伝えた。
山口氏の目論見通り、ソーシャルメディアなどを通じて拡散した。「発売が楽しみ」「セブンへ急げ」といったリツイートも多かった。
もっと試したくなる驚きを作る
そして迎えた発売日から1週間で、グランドキリンは、売れ筋のプレミアム商品に比べて約5倍の販売量を記録した。「初期のトライアルは見事に成功した。そこで次は、もっと試したくなる驚きをどう作るか、既成概念を破るような、異質な情報をどう発信するか、それを考えた」と山口氏は言う。
ビール=ギフトという、意外に根強いこれまでのイメージは残しながら、堅苦しいお中元、お歳暮という形ではなく、SNSを絡ませてセブンイレブンの店頭で新しいことが何かできないか。そんな観点でアイデアを膨らませた。
その結果、生まれたのが、メッセージをひとこと添えてグランドキリンを友達に贈ろうという「BEER to friends」なる施策だ。もらう側の友人のFacebookのウォールやTwitterのタイムラインには、贈り手からのメッセージ画像とチケットが届く。
そのチケットを手に最寄りのセブンイレブンに立ち寄るとグランドキリンと引き替えられる、という仕組み。いわゆるO2O(オンラインtoオフライン)施策である。
「誕生日などのちょっとしたお祝いに、1本だから安価ですし、熨斗じゃなくメッセージをつけて、宅急便でなくコンビニで好きなときに手に入る。SNS世代をイメージして、その層への浸透を狙った」。実際、このサービスを既に約150万人が利用し、SNSを通じて延べ2000万人に拡散したという。
グランドキリンのTwitterアカウントには約7万人、Facebookページには約5万人のコアなファンがついた。2012年6月の発売当初、月間8万ケースだった販売量は、8月には13万ケース、11月に16万ケースとなり、当初目標の2倍を達成した。
「住所なんか知らなくても、ビールを贈れる時代です」。山口氏は最後にそう話した。