日経BP社が主催するマーケティング関連イベント「モバイル&ソーシャル WEEK 2013」が「六本木アカデミーヒルズ49」で始まった。多数のマーケティング関係者が集まり、会場は熱気に包まれた。イベントでは、O2O(オンラインtoオフライン)、無料通話・メールアプリ「LINE」やソーシャルメディアのマーケティング活用事例など、マーケティングの先端を走る識者の講演に参加者は聞き入った。
初日の基調講演には「無印良品」ブランドを展開する良品計画の金井政明社長が登壇した。「SNS時代の経営は3要素+1」と題した講演で、ソーシャルメディアが経営に影響を及ぼす時代に、良品計画が一貫性を持った情報発信をして顧客からの支持を得ている背景にある思想を紹介した。

「ソーシャルメディアは単体で考えるべきではない。経営の根幹となる3つの要素を盤石にすることで、ソーシャルメディア上で発信する情報に一貫性が生まれて、顧客の共感につながる」。金井氏は聴講者にこう訴えかけた。
金井氏の言う3つの要素とは、企業理念や目標を表す「ヴィジョン」。独自価値や、自社の強みを持つ領域を作る「競争戦略」。そして、それらを実行に移す現場の力を示す「オペレーション」である。
これら3つの要素と連携しなければ、「+1」の要素であるソーシャルメディアなどの双方向メディアで大きな共感を呼ぶのは難しい、というのが同社の考えだ。金井氏はこの考えこそが重要であることを示す象徴的な事例として、食料品「ごはんにかける ふかひれスープ」を巡ってネット上で巻き起こった騒動を紹介した。
無印商品の理念に反する商品だと主張
事の発端は3月にさかのぼる。ある動物保護団体が、ネットで署名を集められるWebサイト「Change.org」上で、良品計画のふかひれスープの製造・販売停止を求める署名を始めた。良品計画がふかひれスープに使う「ヨシキリザメ」が国際自然保護連合(IUCN)により準絶滅危惧種に指定されていることが主な理由だ。同団体はふかひれスープは、人と環境に配慮するという良品計画の理念に反していると主張。6万人以上の賛同者を集めた。
当初、良品計画は静観する姿勢をとっていたが、騒動はグローバルに拡大。海外の良品計画のFacebookページにも同団体の関係者や支持者から意見が投稿され始めたことから、消費者の間で誤解が広がる恐れがあると判断して、対策を検討し始めた。そして、6月7日に「無印良品ごはんにかける ふかひれスープの販売中止を求めるご意見について」と題したリリースを配信し、同団体に“反論”した。
リリースで伝えた内容は大きく2つ。まず、サメの生産地と用途について。この商品に使っているふかひれの約7割は宮城県気仙沼港産で、マグロ漁の際に水揚げされたサメであり、残りの約3割はスペイン産。
いずれもヒレだけを取って残りを捨てるような漁獲法ではなく、身はすり身にして練り物製品に利用し、皮革は工芸品に利用するなど、様々なものに利用されている。スペインや米国はヒレだけを切り離して、そのほかの部位を海上で投棄するような行為は禁止しているが、そのような漁獲方法の原料は使っていない。そして原料のトレーサビリティーを一層強化した上で、すべてを国産に切り替える方針だということもリリースで伝えた。
あえてソーシャルメディアを使わず“反論”
もう1つは、漁獲規制に関する点だ。ヨシキリザメは、保護団体が主張する通りIUCNの準絶滅危惧種に指定されているものの、分類上では低リスクと評価されていて、国内外どこでも漁獲規制はされていない。
これらの理由に加えて、生産者である宮城県気仙沼市の地場産業の一助ともなることから、販売を継続することが妥当と考えているとした。
「我々は、無印良品というブランドの立場で独自の価値を探している。何が正しくて、何を提供すれば消費者の生活に豊かさを与えられるか、企業理念に照らして常に考えている。このことを伝えるために、リリースを配信した」(金井氏)。
つまり、無印良品の理念に基づき商品の正当性をきちんと評価した上で、独自の価値を付けて、販売している商品だということを伝えるために、自社サイトにリリースという形で掲載した。自社のソーシャルメディアアカウントにはあえて投稿しなかった。消費者が、この情報を判断して、正しいと思えば自らソーシャルメディアで共有してくれると考えたからだ。
事実、このリリースは良品計画の企業姿勢に共感を覚えた消費者によって、ソーシャルメディアで拡散された。関連ツイートは5000件に上り、延べ75万人以上に届いたという。自社の理念に則った適切な情報開示によって、良品計画は消費者を味方につけた。
一方、保護団体はこのリリースを受けて自身のFacebookページで、良品計画のリリースが我々の主張を認めた、といった趣旨の投稿をすると、コメント欄には良品計画を擁護する投稿が相次いだ。現在は、その投稿どころか、同団体のFacebookページ自体が削除されている。
一連の騒動を経て、ふかひれスープの売り上げは400%増となったという。
金井氏は「ソーシャルメディアが台頭しており、革命のまっただ中にいるという意識を持つことが重要だ」と認識しているという。そうした時代だからこそ「経営における3つの要素に基づいた一貫性のある情報発信をすることが重要。それが最も伝えたいことだ」(金井氏)として、講演を締めくくった。