最近、LINE公式アカウントを閉鎖する企業が増えていることにお気づきだろうか。彼らは必ずしも成果を上げられず、撤退するわけではない。その背景を探ると、LINEの企業活用には3つの誤解があることが判明した。

 無料通話・メールアプリ「LINE」の企業活用に異変が起きている。LINEが昨年6月に開始した、企業向けのマーケティングサービス「LINE公式アカウント」を閉鎖する企業が相次いでいるのだ。

 下図をご覧いただきたい。今年の5月以降、公式アカウントを閉鎖する企業が増加していることが、一目でお分かりいただけると思う。

 そればかりではない。現在、公式アカウントを利用している企業のうち、3社に1社は条件によってはやめることを考えている。そんな驚くべき実態も浮かび上がってきた。

 本誌は6月25日~7月8日に、LINE公式アカウント利用企業に対して、LINEのマーケティング活用に関するアンケートを実施し、全52社・ブランド中28社・ブランドから回答を得た。そのアンケートで「LINE公式アカウントは継続的に利用するつもりですか」と尋ねたところ、9社が「条件によってはやめるつもり」と回答した。本誌の取材に対し、「今回、初めてLINEが値下げに応じた。それがなければ、やめていたかもしれない」と明かす、LINE活用企業もある。

LINE公式アカウントを閉鎖した主な企業

 では、なぜここに来て、公式アカウントの閉鎖が相次いでいるのか。その理由を理解するには、まず、公式アカウントを閉鎖した企業の活用期間を知る必要がある。図を見ると、2~3カ月間で閉鎖している企業が多いことが分かるだろう。これは、LINEの料金体系に要因がある。

 LINE公式アカウントの料金体系は大きく2つに分かれている。アカウント開設時に適用される「エントリープラン」と、同プラン終了後に適用される「継続プラン」である。前者は原則、契約期間をベースとしたプランであり、後者は配信回数や有効友だち数(全友だち数からメッセージの受け取り拒否数を引いたもの)に応じて、利用料金が増加するプランとなっている。

 エントリープランは、さらに4つのプランに分かれる。4週間にメッセージを最大5通送れる800万円プラン、同様に8週間10通の1200万円プラン、12週間15通の1500万円プラン。この7月には、12週間7通の1000万円プランが加わった。

 つまりエントリープランは約1カ月から約3カ月が利用期間となっており、閉鎖した企業は、このプランのみで契約を終了したところが多いと考えられる。

 費用対効果を含めて、LINEの持つ力を最大限に活用する方法の1つは、エントリープランの期間だけ使うなど、活用期間のメドを付けておくこと。本誌はそう考える。

 その根拠として、2月に公式アカウントを開始し、200万人近い友だちを獲得しながらも、6月にアカウントを閉鎖してしまった日本ヒューレット・パッカード(HP)のケースをまずご紹介しよう。

誤解その1 LINEはソーシャルメディアなのか?

 日本HPは自社のブランド想起率を高めるために、ここ数年は、マス広告中心のマーケティングを展開してきた。ところがその後、同社を取り巻く市場環境が急速に悪化。マス広告を継続するのが困難になった。調査会社のBCN(東京都千代田区)によれば、3月のパソコン全体の販売台数は前年同月比で6.2%の減少。タブレット端末は前年同月比96.8%増と急伸しているが、ノートパソコン(同21.5%減)とデスクトップパソコン(同32.8%減)の減少をカバーするほどの規模ではない。

 パソコンの販売不振が深刻化してきたため「マス広告を継続して、もう一段階アウェアネス(ブランド想起率)を高めたかったが、もはや(多額の費用がかかる)テレビCMを展開していては、利益を取るのは難しい」(プリンティング・パーソナルシステムズ事業統括PPSマーケティング部の甲斐博一部長)と判断。マス広告に代わる「次の一手」を模索し始めた。そんな折、目に留まったのがLINEだった。

 「数百万人へのリーチを取りながら、O2O(オンラインtoオフライン)にも活用できる新しいメディア」。甲斐氏は、LINEに対してそんな可能性を感じたという。

 成果につながるかどうかは、実際に試さなければ分からない。そこで、液晶ディスプレイとキーボードが分離でき、タブレットとしても使える新タイプのノートパソコンの発売に合わせて、LINEを活用することを決めた。12週間プランの期間内でLINEの可能性を見極めることを目指して、同社は2月末に公式アカウントを開設した。

効果見極めのため、スタンプで大量の友だちを獲得

 開設後ほどなく、LINE上の大型絵文字「スタンプ」も提供した。8種類の提供で配信費は1500万円かかる。日本HPの公式アカウントへの登録をダウンロードの条件にして、友だちを獲得するのが狙いだ。「決められた配信回数の中で、LINEの持つ可能性を見極めるには、(短期間に)一定以上の友だちが必要になると考えた」(甲斐氏)。これにより、開始から数週間で友だちは150万人を超えた。こうしてメッセージを配信するための土台となる、友だち数という目標を達成した。

 LINEで本格的にメッセージを送り始めたのは、翌3月に入ってからだ。店舗誘導効果を高めるために、まずは製品の特徴を伝えた。

 3月中旬以降は、LINE活用の第2段階として、店舗誘導を本格化させている。具体的には、ビックカメラの11店舗にある日本HPの展示スペースで新しいパソコンを試用し、その場でアンケートに答えるとパソコンなどの賞品が当たるキャンペーンを実施した。その場でパソコン画面に抽選結果が表示される企画だ。

 日本HPの公式アカウントのLINEメッセージに記載したパスワードを店頭のパソコンに入力すると、当選確率が高くなる優遇策をとり、LINEから店頭への誘導効果を高めた。店頭でパソコンを試すという、なかなかハードルが高い企画のため、「全く来店につながらない恐れもあった」(甲斐氏)が、目標以上の来店数という結果になった。

 こうして当初目標に置いた友だち獲得数、来店数、売り上げについては「最終的には目標のROIを達成した」(甲斐氏)にもかかわらず、6月初旬で利用を終了した。「利用し続けても、同じ水準でROIを取り続けることは難しい」(甲斐氏)との判断だ。

日本HPは短期間で成果を出し、継続運営はROIが取れないと判断した

 開始当初ならスタンプを提供して獲得できるのはすべて新規の友だちだ。しかし、もう一度スタンプを提供しても、新たな友だちを同程度獲得することは難しいだろうと考えた。また、継続プランではメッセージ配信料金が数倍に上がる(仮に有効友だち数150万人なら1回312万円程度)ため、それに見合う店舗送客効果を上げるのは困難になる。

 LINEをやめることには、社内から反対の声も上がった。200万人近い友だちがいたのだから当然だろう。甲斐氏自身も「かなりの勇気が必要だった」と振り返る。だが、「シミュレーションをどれほど重ねても、ベストケースでようやく、初期の水準と同様のROIを取れるという結果にしかならない。むしろ、取れない可能性の方が高い。ROIが取れない施策を続ける意味は薄い」。甲斐氏はそう断言する。

躊躇なくLINE公式アカウントの閉鎖を決めたガリバーインターナショナル

 「LINEの友だちを“資産”と考えるのは危険だ」

 中古車売買のガリバーインターナショナルのマーケティングチームの北島昇氏はこう言い切る。同社は昨年11月にLINE公式アカウントを開設。今年6月に閉鎖した。北島氏に躊躇する気持ちはなかったようだ。

 ガリバーはLINE公式アカウントを活用して、友だち限定プレゼントキャンペーンを毎月実施してきた。商品はクルマ。「クルマのプレゼントに反応する人たちの中には、クルマの買い替えなどを検討している人が一般より高い割合で含まれる。これまでの経験からそれが分かっていた」(北島氏)。

 買い替え予備群を獲得するため、キャンペーン応募の完了画面では、クルマの査定や買い替えの相談などを告知し、利用を促した。その結果、「キャンペーンに関連して獲得した顧客による売買の売り上げだけで黒字になった」(北島氏)。

 十分にペイしていたのなら、なぜ公式アカウントを閉鎖したのか。LINEにおいて潜在的な顧客を獲得しきったと判断したことが閉鎖の一因ではあるが、さらに大きな要因はマーケティング戦略の転換にある。

 ガリバーは検索連動型広告を中心とした、ネット広告の効率を重視したマーケティングを展開してきた。しかし、顕在化した需要を刈り取るような広告だけでは獲得数は頭打ちになりつつあった。「広告頼みのマーケティングは中長期的には効率が悪い」(北島氏)。そこで同社は、広告にかける費用を自社サイトのコンテンツ拡充などに投じる「オウンドメディア強化」戦略へと転換したのだ。

LINEは友だちを獲得、維持するのに金がかかるペイドメディア

 Facebookなどのソーシャルメディアも、「ガリバーにとってはオウンドメディアの範疇に入る」と北島氏は言う。価値ある情報を投稿していけば、「いいね!」やシェアを通じてクチコミで潜在顧客に出会える可能性があるからだ。

 では、Facebookに力を入れる一方で、LINEはなぜやめたのか。北島氏は、こう語る。「LINEは、友だちを維持するのに莫大なコストがかかる。それがFacebookとの大きな違いだ」。

 LINEは友だち集めと維持にコストがかかるペイドメディアである。それを理解せず「LINEをソーシャルメディアと考える」と、投資対効果に合わないコミュニケーションを続けてしまう。これがLINEを巡る第一の誤解だ。

 公式アカウント閉鎖企業は、必ずしもLINEで十分な効果を上げられなかったからやめたのではない。新製品発売やキャンペーンに合わせた利用など、LINEが強力なペイドメディアという特性を見抜いた結果ともいえる。

■調査概要

調査方法:対象企業に個別に依頼し、インターネットで回答を受け付けた
調査対象:6月25日時点でLINE公式アカウントを開設していた52社・ブランド
調査期間:6月25日~7月8日
有効回答数:28社・ブランド
調査主体・実施:日経デジタルマーケティング

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