昨年12月25日、トヨタ自動車が新型「クラウン」の報道発表会の会場に選んだのは、銀座、赤坂周辺の格調高いホテルではなく、若者が集まる複合商業施設「渋谷ヒカリエ」だった。そこで、さらなるサプライズとしてピンク色のボディーカラーをまとったクラウンが登場する。

 「ReBORNのメッセージを一番分かりやすく伝えるためのチャレンジ」

月別ツイート数(キーワード:ピンク×クラウン)

 クラウンらしからぬ発表について、豊田章男社長はこう述べていた。

 このピンクのクラウンは大きな反響を呼び、発表から半年が経過した今もTwitterなどソーシャルメディア上で数多くつぶやき続けられている。新車効果は3カ月と言われるほど新商品があっという間に飽きられる時代に、なぜこれほど話題となっているのか。

サプライズを起こすためのピンク

 トヨタは企業広告キャンペーン「FUN TO DRIVE, AGAIN.」の一環として、2011年よりReBORNをキーワードに広告展開している。ビートたけしが豊臣秀吉に扮する大河ドラマ風ロードムービーと、ジャン・レノがドラえもんを演じるシリーズと、それぞれが別々に放送されてきたが、新型クラウンのテレビCMでは、ここで初めて2つのシリーズが交錯する仕掛けとなっている。モノだけでなくコミュニケーションにもサプライズをという狙いがあるという。

 「トヨタのReBORNを象徴するモデルという位置づけであり、このクルマが変わらないとトヨタが変わらない。そういう意識が社内にもあった。お客さんが驚くような変化を見せなければいけない。そうした中でドラえもんシリーズに登場する(ピンク色の)どこでもドアや、また日本の桜というイメージから、一見すると似つかわしくないと思われるかもしれないが、実は一番クラウンにふさわしいということでこの色を選んだ」

 トヨタマーケティングジャパンのマーケティング局の細谷聡氏はピンクにたどり着いた経緯をこう話す。

 しかし、単にキャンペーン用に車体をピンク色に塗ったのではない。トヨタは今年12月にこのピンクのクラウンを実際に発売する予定だ。

 発表後は渋谷ヒカリエをはじめ全国7都市でピンクのクラウンの展示会を実施。箱根駅伝や名古屋ウィメンズマラソンの先導車としての露出やテレビCMなどとの相乗効果もあり、従来であれば恐らくクラウンには見向きもしなかったであろう老若男女が、こぞって写真を撮る姿が見られたという。

 3月19日にはキャンペーンの1つの集大成として「SHIBUYA CROWN」というシークレットイベントを開催。前日の新聞と特設サイトでティザー広告を打ち、イベントの模様はリアルタイムでウェブ上にて報告した。

3月19日に東京・渋谷で開催したイベントにはピンクのクラウンが10台集結した

 当日は東京・渋谷の「代官山 蔦屋書店」に10台のピンクのクラウンが集結。「ピンククラウンが似合う、愛されオヤジ10人」に選定された10人の著名人がそれぞれピンクのクラウンに乗車し、渋谷のイベント会場へと向かう。会場でクラウンやピンクにまつわるトークを繰り広げた後、1時間ほどピンクのクラウンは渋谷の街をデモ走行した。その日、それらを目撃した人たちから寄せられたツイート数は約800件になるという。そのつぶやきは特設サイトに、「PINK TWEETS」として収録されている。

 デジタルの仕掛けというと、すぐに公式Facebookを立ち上げてといった話になるが、自動車のような商材の場合、メーカー主導で話題を拡散するのは難しい。そんな知見からクラウンでは公式アカウントを用意していない。

 「多くの人はソーシャルに上げるための話題を探している。ピンクのクラウンはプロダクトに強烈な個性があるので、リアルなイベントとの組み合わせで、自然発生的なクチコミが生まれることを意図していた。結果としてそもそものユーザー層である60代の方だけでなく若い方にも、そして女性からも支持の声があがっている」

ピンクのクラウンはトヨタのReBORNを象徴する

 こう語るのはトヨタマーケティングジャパンのプロデュース局WEBマーケティング室主任の吉田智之氏。

 この日を境に、それまでおよそ1日1500PV(ページビュー)だった特設サイトへのアクセスが激増。ティザー告知をした18日には約14万PVとなっており、イベント、クラウン自体への注目度の高さがうかがわれる。

 また、日本全国に50社あるトヨタ系列の販売会社に向けて、各社1台ずつ、計50台の展示車を用意。これらはあくまで展示用車両であって公道走行はできない。しかし、思いのほかの反響の大きさで、展示車両が行き届かない販売店が、独自で試乗車をラッピングするなどしてピンクのクラウンを製作。それが公道走行することで地方などでも目撃ツイートが飛び交うといった現象も起きている。

自動車自身が主役の広告戦略

 「商品化して何台売れるか分からないものを本当に販売するべきなのかという葛藤もあったが、販売店をまわってみると、セールスから本当に欲しいと言ってくれる顧客がいるとの声も寄せられている」(細谷氏)

 自動車の広告戦略として、タレントやキャラクターなどそのモチーフに注目が集まることはあっても、商品自体が脚光を浴びることは極めてまれだ。

 「豊田(社長)からも、今回は商品がヒーローになっていて良いと言われている」(細谷氏)

 正式受注はまだで、生産台数も未定というが、販売店ではピンクをきっかけにクラウンを見てもらえる機会は確実に増えているようだ。また投稿内容も「見かけた」「かわいい」といった内容のものから、「欲しい」「いつ発売されるのか」へと購買に近いものへ変容してきている。

 クチコミ効果に関しては、販売につながるかどうかまでは測定できない。また同社でも、それはしていない。ただ、認知の拡大、そして従来の古くさい、親父くさいといったネガティブなイメージをどの程度払拭できたかを見ているという。そういう意味で、あの“ピンクのクルマ”ではなく、“ピンクのクラウン”として世に認知されたことは大成功と言えるだろう。

 「ReBORN、そしてピンク、までは伝わったと思うが、これからはクラウンがハイブリッドになったということを浸透させることが課題」(細谷氏)

 これまでこの企画が順調に進んでいるのは、リアルにこだわって話題を提供し続けるという戦略によるものだろう。ピンク、渋谷、といった従来のクラウンでは想像できなかったキーワードを掛け合わせ、しかも広告宣伝の世界にとどまらず、50台もの展示車両を全国に用意、時間をかけて塗料の開発を進め、発表から1年後に本当にピンクのクラウンを販売する。クチコミの原点とは驚き、意外性、まさにサプライズの連続なのだ。

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