顧客とより長期的な関係を築き、LTV(顧客生涯価値)を高めたい。こう考える企業は多いだろう。CRM(顧客関係管理)施策に取り組む企業も増えている。ところが、中には顧客との長期的な関係を築くことが事業の特性上難しい業態もある。

 例えば、婚礼プロデュース事業もその1つ。婚礼プロデュース事業会社のプランナーは、請け負った結婚式に向けて、毎週のように結婚予定のカップルと式の内容について打ち合わせをする。それだけ顔を合わせていれば、顧客と親しくなるプランナーもいるだろう。

 ところが、「顧客とどれだけ親密になっても、結婚式が終われば、せっかくの関係が終わってしまう」と婚礼プロデュース事業を手がけるノバレーゼの子会社タイムレス(東京都中央区)の竹本英高社長は課題を口にする。ノバレーゼグループでは、顧客との長期的な関係構築が、大きな経営課題になっていた。

 既存ビジネスの枠内では、この経営課題は克服できない。そこで、重要になるのがデジタルマーケティングだ。ノバレーゼグループでは、デジタルマーケティングを駆使することで、顧客との長期的な関係構築の実現を目指し始めた。打ち出した施策は、「結婚式情報のデジタル化」と「ギフトEC(電子商取引)サイト」の2つだ。

 この2つの施策。一見、何の関連性もなさそうに見えるが、実は非常に密接な関係にある。デジタルの活用で、既存事業から新規事業への橋渡しをする。そんな戦略に基づいている。まずは、結婚式情報のデジタル化から紹介しよう。

結婚式の準備をデジタル化

 ノバレーゼは結婚式の準備をサポートするシステム「WEDO(ウィードゥー)」を開発して、昨年6月から運用を始めた。結婚式は、式当日から遡ること10カ月~1年前に式場を予約するカップルが多いという。予約後はプランナーと打ち合わせをしながら、ウエディングドレスや参加者にふるまう料理、式次第、式中に流す音楽などを順次決めていく。「従来、準備作業の大半は紙を使って進めることが多かった」と竹本氏は言う。

ノバレーゼが開発した、結婚式の準備をサポートするシステム「WEDO(ウィードゥー)」

 打ち合わせの都度、プランナーがメモを取り、決まった事項を紙にまとめて、コピーを取って顧客に渡す、あるいはFAXで送るといった、アナログな手順で進めていた。WEDOは、これをデジタル化した。ノバレーゼグループで受注した結婚式については、すべてをWEDOで管理しているという。

 ノバレーゼは、顧客となったカップルに、WEDO用のIDとパスワードを付与している。WEDOのログイン画面で、付与されたIDとパスワードを入力すると、管理画面が表示される。同画面から、プランナーとの打ち合わせ日程の管理やウエディングドレスの種類の選択、式中でかける音楽の選定、進行表の作成などができる。管理画面にあるプロフィール情報ページには、出身校や趣味などを入力してもらう項目を用意している。こうした情報は、結婚式で司会者が使う台本にそのまま流用することができる。

 管理画面から入力した情報は、式を担当するノバレーゼのプランナーとも共有しており、打ち合わせ前でも、自分たちで決められる情報を入れておけば、プランナーも確認できる。打ち合わせでは、それ以外の項目のみを相談すればよく、結果として、打ち合わせの効率化につながる。

 WEDOでは、顧客がより使いやすくなるよう、コンテンツも充実させている。引き出物の選び方に関するページには、喜ばれる商品や、一人当たりの予算の目安、参加者の年齢や性別に合わせて贈り分ける際の注意事項といった情報を掲載している。「当社が持つノウハウすべてをコンテンツとして掲載して、顧客をサポートする」(竹本氏)ことで、顧客満足度の向上を目指している。

 顧客単価を引き上げる工夫も随所に見られる。例えば、式中の音楽を決めるページではオプションメニューのバンドによる生演奏の動画を掲載し、利用を促している。式中に流す映像についても、自社制作のサンプル動画を掲載して、受注増加を狙う。「プランナーの中には、オプションメニューを積極的に提案できない人もいる」(竹本氏)。WEDO上でオプションメニューを案内することで、オプションの認知を高め、受注につなげている。

 このようにWEDOは、結婚式の準備をより効率的にすることで顧客満足度を高めたり、オプションメニューの提案で顧客単価を高めたりできる可能性を持つ。しかし、それだけがノバレーゼグループの狙いではない。WEDOは顧客との長期的な関係を築くための、重要な機能も持つ。結婚式の参加者リスト管理機能である。この参加者リスト機能では、WEDO利用者が招待客の出席状況の管理や、招待状の印刷の発注などができる。ノバレーゼグループはこのリストに目をつけた。

結婚式の参加者をギフト送付の候補者にする

 結婚式に招待するのは友人、知人、同僚、上司などに加えて、前職の同僚などが含まれることも多い。カップルがそれぞれ親しくしている人たちであり、今後も付き合っていこうと考えている人々だろう。そのリストは挙式後に、そのまま中元や歳暮といったギフトの送付先となる可能性がある。

 ここに注目したノバレーゼは、子会社タイムレスを通じて3月にギフトECサイト「TIMELESS for ANNIVERSARY」を開設して、ギフトEC市場に参入した。元々、ノバレーゼでは顧客から引き出物の手配などを請け負っていた。ギフトに適した商品を持つ様々な企業と取引実績があり、商品の調達は容易だった。サイト開設後から順次商品を増やし、取り扱う商品は500種類を超えた。もちろんターゲットとなるのは、WEDOを利用して結婚式を挙げたカップルだ。

ノバレーゼは、結婚式の出席者リストをギフトECサイト「TIMELESS for ANNIVERSARY」に登録してもらい、簡単にギフトを贈れるようにすることで、顧客との関係維持を狙う

 WEDOの利用者は、WEDOで入力した結婚式の参加者リストを、そのままギフトサイトでも送付リストとして流用できる。現時点ではWEDOからデータをダウンロードして、ギフトECサイトにアップロードする必要がある。今後、WEDO上でボタンをクリックするだけで、リストを移行できるようにする。また、WEDOの最終ステップで、顧客にお祝いのメッセージを伝えつつ、ギフトサイトを紹介するといった告知方法にも取り組み、WEDOとギフトECサイトのつながりを強化していく考えだ。

 ギフトECは、百貨店のECサイトや楽天といった大手EC事業者など、強者がひしめく市場だ。参入しただけでは、勝ち目はないだろう。ノバレーゼグループは、結婚式というという人生の大きな節目にかかわっているという事業の強みを生かして、ギフトECサイトのブランドスイッチを狙う。

 また、ノバレーゼはタイムレスを通じて、WEDOをASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)形式で、ほかの結婚式場にも販売している。WEDOの利用が広がれば、結果として、ギフトECサイトの顧客拡大も期待できる。ただ、WEDOを導入してくれた式場に何の説明もせず、顧客をギフトサイトへ誘導すれば、反発を招く恐れもある。WEDOの販売先に、自社の考えを説明し、相手の理解を得ながら、長期的な関係を築ける顧客を増やしていく考えだ。

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