※この記事は、「【特集】スマートCRM最前線――「顧客に伝える」より「顧客を知る」ことこそスマホの価値(前編) 会員カードをスマホアプリ化、購買履歴に応じたクーポンを配信する良品計画」の続きです。
流通業や飲食店のスマートフォン活用はこれまで、チラシ配信や一律のクーポン配信といったO2O(オンライン to オフライン)マーケティング、店頭「集客」が目的だった。もちろん、それは効果的な施策だが、様々な機能を持つスマートフォンの可能性を十分に引き出しているとは言い難い。
スマートフォンは、ECサイトなどのオンラインと、実店舗というオフラインをつなぐ“橋渡し役”に適したツールである。下図のように、企業アプリに様々な機能を盛り込むことで顧客の利便性を高められる。その一方で企業は興味・行動をきめ細かに把握する。
スマートフォンを活用することで多様なチャネルを横断して、(1)顧客をよく理解し、(2)より適切な提案をして、(3)店頭での接客を進化させることができる。これは、スマートフォンを利用して、顧客との関係構築を賢く進化させる「スマートCRM」と言えるものであり、MUJI passportは、その先進的な事例となるだろう。
潮目の変化に気付いた企業は、続々とこの新しいCRMに挑み始めた。顧客にいかに情報を届けるかに腐心する段階から、どれだけ顧客を深く知るかを競う時代へ。スマートフォンによってCRMが大きく変わろうとしている。

ロイヤルカスタマーに特化した、スマートCRM。スターバックスコーヒージャパンが6月5日から開始した新しい施策「STARBUCKS e-Ticket」を一言で表せば、そうなる。スマートフォンなどを通じて、より適切な提案をすることに知恵を絞っている。
これは同社が電子メールで配信したクーポンを顧客がスマートフォンなどで開き、店頭で示すことで、ドリンクやフードの無料提供やカスタマイズ無料などのサービスを受けられるもの。同社発行のプリペイドカード「スターバックスカード」を持ち、メールアドレスを登録している25万人のロイヤルカスタマーなどが対象となる。
スターバックスはこれまで、CRMの定番手法である割引クーポンやポイント制度などを一切実施してこなかった。積極的に出店する一方、既存店でも、週に何回も来店するようなロイヤルカスタマーが多く、十分な売り上げを確保できていたからだ。
値引きによるブランドイメージの棄損を嫌った面もある。米国シアトルで生まれた都会的でちょっと高級なコーヒー店。日本では同社にそうしたイメージを持つ人が少なくない。顧客の同社に対するロイヤルティーは同業他社と比較すれば、なかなか高い。クーポンやポイントの導入は、そうしたイメージを損う恐れがあった。
今回導入したe-Ticketも端的に言えば割引クーポンの一種である。しかし「値引きすることが目的ではない」とマーケティング・カテゴリー本部マーケティング コミュニケーション部WEB/CRMグループの長見明グループマネジャーは強調する。

ロイヤルカスタマーにより多く来店してもらい「普段頼まない商品を試してもらう。お気に入りのドリンクとフードを組み合わせて注文してもらい、いつもの商品をより美味しく感じてもらう。そうした新しい体験、それによる驚きを感じてもらうことが目的だ」と長見氏は言う。
実は顧客に新しい商品を提案したり、ドリンクと相性の良いフードを勧めたりといったことは店頭では既に実現できている。e-Ticketはそうした接客を、購買行動を分析することでより多くの顧客に提供しようとするもの。
「週に6、7回も来店するロイヤルカスタマーともなると、顔やお気に入りの商品をスタッフはよく知っている。だから注文の際に『いつものドリップコーヒーでいいですか?』などとさり気なく言える。時には『良い豆が入ったんです。お試しになりませんか?』などと勧める。ロイヤルカスタマーと当社は接客を通して、深い関係を築けている。ただ、そうした接客は来店していただかなければできない。e-Ticketなら、来店する頻度があまり多くない顧客にも、そうした接客を体験してもらえる」(長見氏)。
来店頻度が高いロイヤルカスタマーが多いからこそ、顧客を飽きさせないためのサプライズが重要となる。それをデジタルな仕組みで実現するe-Ticketのカギとなるのが先述の「スターバックス カード」である。現状、店頭での支払いの10%を占める。カード所有者はロイヤルカスタマーである可能性が高い。
同社は昨年6月、同カードの会員情報を、Web会員サービス「My STARBUCKS」に登録してもらうことで、会員一人ひとりの属性情報と購買履歴の把握を始めていた。その購買履歴などに応じて割引の内容や配信タイミングなどを適切に変え、e-Ticketとして配信できる環境がこの6月に整った。
6月5日から同カードに5000円をチャージするごとに1枚、e-Ticketを配信するキャンペーンを始めた(7月16日まで)。ドリンク1杯のカスタマイズが1000円分まで無料となるものだ。新サービスが始まったことをロイヤルカスタマーに知ってもらい、スターバックスの新たな楽しみを発見してもらう契機となるだろう。
配信シナリオを200種類作る
今後はどのような行動をした、どんな属性の顧客に、いつ、どんな内容のクーポンを送ると効果的か、といったシナリオを多数作り、そのシナリオに合致する顧客にカスタマイズしたe-Ticketを配信していく。そんなシナリオは「200種類ぐらいあってもいいはず」と長見氏は語る。
肝心のシナリオはどんなものになるのだろう。今は「データをためつつ、これから練っていく」段階にあるようだが、そのイメージについて長見氏は次のように語る。
「普段、東京・大手町の店でドリップコーヒーしか飲まない人が、休日にお台場の店でドリップコーヒーと(甘い味の)フラペチーノの2杯、さらにフードも購入しているというなら、彼女ができてお台場でデートをするようになったのかもしれないなどと考えられる。そうした仮説と、顧客の性別や年齢、購入場所(店)、利用時間帯といった情報を重ね合わせて、どうしたら楽しんでもらえるか、驚いてもらえるかを考えていく」
この例であればカップルでの来店を条件に何らかのサービスをe-Ticketで提供し、そのサプライズに喜んでもらうといったことが考えられよう。
ここまでで分かるようにスターバックスの仕組みはごくシンプル。来店、EC購入など様々なデータを蓄積し、打てる手も豊富な無印良品のCRMとは大きく違う。しかし、顧客のロイヤルティーや店頭などで築いた顧客との関係性に応じて、あるべきCRMは違ってくる。「人の心を動かせるのは人以外にない」(長見氏)と考える同社にとって、驚きのきっかけづくりに特化したe-Ticketは、十分に有効な仕組みとなる可能性を持っている。